懐かしい風景とカデリーの街
新しくテイムした大きな角を持つ鹿、エルクのエラフィには、今までオンハルトの爺さんが乗っていた馬の鞍を乗せた。
鞍が無くなった馬も、もちろん一緒に街まで行くよ。
そのまま、転移の扉がある場所まで地上を移動する。
カルーシュの街からも近い森の中に7番の扉が、そして目的のカデリーの街の近くには6番の転移の扉がある。
「案外、街から近かったんだな」
そんな事を話しながら、相変わらずの急な階段を手すりにすがって降り、俺達はいつものエレベーターホールに出た。
蹄のある馬や鹿も、あの急な階段をものともせずに平然と降りていたのには、密かに感心したよ。
ジェムモンスターや、魔獣の運動能力半端ねえっす。
「ええと、6番はここだな」
扉の上に書かれている数字を確認して、6番と書かれた扉の横にある呼び出しボタン(?)を押す。
妙に可愛い鐘の音と共に、ゆっくりと扉が開く。うん、何度見ても……エレベーターそのまんま。
やや窮屈だが、なんとか全員入る事が出来た。
ジェムモンスターはいざとなったら小さくなれるってのは、こういう時はありがたいよな。
これまた可愛らしい鐘の音と共に扉が開く。無事に6番の場所に到着したので、そのまままたあの急な階段を必死で登って地上に出る。
「おお、これはまた見事な廃墟だぞ」
苦笑いして振り返った今まさに出て来た扉のあった場所は、苔生して朽ちかけた小さな祠の足元にある石板だった。
「カデリーの街は、ここから近いのか?」
「ああ、とにかく外に出よう」
ハスフェルとギイの案内で、森の中を進んで行く。
小さな小川を渡った途端に森の景色が変わった。
今までは、明らかに鬱蒼とした森の深部って感じだったのだが、この辺りは明らかに人の手が入ってるっぽい。
足元に生えている雑草も刈った跡があるし、頭上の枝も明らかに邪魔にならない様に落とされている箇所が幾つもある。
更に進むと、ごく細いが明らかに作られた道に出た。
途中の道沿いの小さな森の木々に囲まれた草地で、買い置きのサンドイッチ中心の昼ごはんを食べた。
何故だか、シャムエル様は一度も姿を表さなかった。
「まあ、タマゴサンドくらい置いておいてやるか」
小さく呟き、タマゴサンドをいつもより少し多めに切り取って小皿に乗せてサクラに預けておいた。
「ここを進めばもう森を抜けられる。ケンはきっと、ここの景色は好きだと思うぞ」
ハスフェル達に何故だか笑顔でそう言われて、マックスの背の上で俺は首を傾げた。
「ええ、俺が好きって? どんな景色だ?」
そんな風に言われると、逆に気になって来た。
思わずマックスを急かせて駆け足になる。
先頭を進むハスフェルの乗るシリウスが横に避けてくれたので、マックスは嬉しそうにワンと鳴いた後、そのまま先頭に出て走り出す。
細い道を抜けた先に見えたその景色に、俺は自分でも気付かないうちに歓声をあげていた。
そう、俺の目の前に広がっているのは、遥か先まで綺麗に区画整理された、それは見事な田園風景だったのだ。
マックスの背から飛び降りて、転がる様にして田んぼに駆け寄る。果てが見えないほどに遠くまで広がる田んぼには、綺麗な緑色の細い稲の葉が風に揺らいでいる。
何故だか涙があふれてきた。
「田んぼだ……おお、まだ小さいけど、稲穂が実ってるよ……」
都会育ちの俺にとっては、馴染みの風景って訳では無いが、何故だか不思議と懐かしい、郷愁を誘う風景だった。
鼻を啜りながら、小さく呟いた。
「凄い……稲作がこんなに見事に展開されているんだ……」
カデリー平原とはよく言ったもので、確かに遥か先まで見事に平らだ。そして、あちこちに細い川や水路が見える。稲作に必要な豊富な水がある事もよくわかる。
「この辺りは気候も穏やかでな。今のこれは二回目の稲だ」
オンハルトの爺さんの言葉に、俺は驚いて田んぼを見渡した。
確かに今は夏の終わり頃。俺の感覚ではもっと稲穂は大きく育ってないといけない。
「二回目って事は……へえ、二期作なんだ。そりゃあ凄いや」
感心した様にそう呟き、手を伸ばして稲に触れる。
「頑張って大きく育つんだぞ」
思わずそう呟き、そっと稲穂を撫でる。
「うん、確かに。俺の好きな風景だな」
感極まって泣くなんて柄じゃない。なんだか不意に恥ずかしくなって、誤魔化す様にそう呟いてマックスの背に駆け上がった。
「それで、カデリーの街は何処なんだ?」
ハスフェル達が笑って細い道を指差すので、俺は彼らの後ろについて、ゆっくりと周りの景色を眺めながら進んで行った。
田んぼの間に作られた農道みたいな細い道を進み続けていると、ようやく街道に突き当たった。
大きな背の高い木と、低木の植え込み。街道の作りは、どこもあまり変わらないみたいだ。
横道の農道から街道に入ると、いつもの様にどよめきと悲鳴があちこちから上がり、一気に俺達の周りから人がいなくなった。
「あはは、相変わらずだなあ」
ここまであからさまに怖がられたら、なんだか腹が立って来たぞ。
顔を見合わせた俺達は、それぞれの従魔に乗ったまま平然と列になって、街道の真ん中を堂々と進んで行ったのだった。
左右に延々と田んぼが広がる風景の中を、一段高くなった街道が真っ直ぐに伸びている。しばらく進んでいると、そのはるか先に小さな塔と城壁が見えて来た。
「あ、もしかしてあれがカデリーの街か?」
目を輝かせて振り返った俺の言葉に、ハスフェルとギイが笑って頷く。
「へえ、かなり大きな街みたいだな」
期待に胸を膨らませた俺は、マックスの上で更に伸び上がる様にして身を乗り出して遥か遠い街の様子を見ようとした。
「子供か、お前は」
笑ったギイにそう言われて、誤魔化す様に笑って肩を竦めた。
「ええ、だって初めての街って何だか楽しみじゃん。しかも、俺の故郷の味を探しに行くんだからさ、そりゃあ期待もするって」
「ああ、確かにそうだったな。それじゃあ、好きなだけ泊まって買い出しと料理をしておくれ。俺達はまたその間に、交代で従魔達を狩りを兼ねて外に連れ出してやるよ」
「ああ、そうだな、よろしく頼むよ」
まあ、弁当代わりの獲物が大量にあるらしいから、絶対出掛けないと駄目ってわけではないんだが、やっぱり思いっきり走りたいと思うのは本能らしい。まあ、それくらいさせてやらないとな。
以前マックスから聞いた話だけど、特に肉食の従魔達は、ずっと家の中にいると何とも言えない窮屈で息が詰まるみたいな感じがするらしい。
数日程度なら我慢出来るけど、室内生活があまり長くなると、従魔達にとってはかなりのストレスになるみたいだ。
「それじゃあ、その予定で行くか。買い出しと料理四人分……一週間くらいあれば大丈夫かな?」
小さく呟いた俺は、相変わらずガラ空きの周りを見渡して、小さなため息を吐いたのだった。
「はあ……ここまではハンプールの英雄の噂は聞こえて無いみたいだな」
こうなったら、アポンの街でやってた、賢くて大人しい従魔達を見てもらおう作戦再びだ。
しばらく並んで、ようやく城門まで辿り着いた。
俺達の従魔達を見て、ドン引きしている城門の警備兵にギルドカードを見せる。俺とオンハルトの爺さんは、初登録用割引きチケットをもらって、ようやく街に入ったのだった。
「さて、豆腐は果たして見つかるのでしょうかね」
小さく呟いた俺は、またしてもポッカリと開いた空間を見て、大きなため息を吐いたのだった。
よし、こうなったらここでまた『ほら見て良い子だぞ作戦』を実行してやる!