天罰と絆創膏
丁度脛当てを嵌めていたタイミングで、ハスフェルの声が念話で聞こえた。
『おはようさん、もう起きてるか?』
『ああ、おはよう。気持ちよく寝過ごしたみたいだけど、おかげで元気いっぱいだ。どうする? もう出掛けるのか?』
『まあ急ぐ旅じゃなし。まず何か食いたい。俺は腹が減ってるよ』
『俺も腹減った。それなら屋台で何か食ってからまた戻って来ればよかろう。ここは何処も通路が狭いから、大きな従魔達は連れて行かない方が良いからな』
ギイとハスフェルの念話が聞こえて、俺達は笑って頷く。
「じゃあそうしよう。悪いけど飯食ってくるから留守番しててくれよな」
そう言ってマックス達を全員順番に抱きしめてやり、それから出掛けようとしたら、水場で遊んでいたアクアゴールドがすっ飛んで来て俺の鞄に飛び込んだ。
「あ、ベリー、果物出しておくから、フランマやラパン達にも食べさせてやってくれよな」
サクラに頼んで、果物の箱を出してもらう。
「いってらっしゃい。ニニちゃん達の面倒も見ておきますね」
嬉しそうに箱を開けながらベリーがそう言ってくれたので、お願いした俺は、改めてアクアゴールドの入った鞄を背負った。
椅子の背にしがみついていたモモンガのアヴィが、俺の左腕にふわりと飛んで来てしがみつく。
軽い羽ばたきの音がしてファルコが左肩の定位置に留まり、いつもの猫サイズのタロンが走って来て俺の右肩に駆け上がって来た。いつの間にか座っていたシャムエル様と並んで器用に座る。
「あ、これって誘拐事件のあった時と同じ面子じゃんか」
笑ってそう言い、ベリーから葡萄を数粒もらいアヴィに持たせてやる。
それからすっかり綺麗になったシャムエル様の尻尾を突っついた俺は、扉を開けようとして立ち止まった。
「なあ、さっきのあれって……夢じゃないんだよな?」
「さっきのあれって?」
素知らぬ顔のシャムエル様にそう言われてしまい、首を傾げつつ俺は扉を開いた。
「ええと、あの騒ぎって……どこまでが夢で、どこから現実だったんだ?」
小さな声で呟いたが、シャムエル様は知らん顔だ。
ううん、なんか引っ掛かるんだけど、それが何か分からなくて妙に気になる。
だけどまあ、ここにいても始まらないので、とにかくまずは飯を食いに出掛ける事にしよう。
「おはよう、それじゃあ行くか……」
廊下へ出ると、丁度三人も出て来たところだったので、扉を閉めて鍵を掛けてから顔を上げて振り返った瞬間、三人が同時に吹き出した。
「お前、何やったんだ、その顔!」
物凄い勢いで吹き出したハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんもその場にしゃがみ込んで大笑いしている。
「へ、何の事だよ?」
驚いて自分の格好を見るが、特に変なところは無いと思う?
すると、笑ったオンハルトの爺さんが、懐から何かを取り出して俺の方を向けて見せる。
何事かと覗き込むと、それは金属をピカピカに磨いたメタルミラーだった。
そこには見慣れた俺の顔が写っていたのだが、なんだか俺の顔はとんでもない事になっていた。
俺の額には、まるで判子で押したみたい見事にまん丸で真っ赤な模様がついてる。
はっきり言って、めっちゃ目立ってます。
「ええ、何だよこれ!」
思わず、前髪を左手で掻き上げてメタルミラーを掴み、もう一度覗き込む。
額のど真ん中に、まあそれは見事なまでに、はっきりくっきり丸い模様が刻印されているよ。
呻き声を上げて膝から崩れ落ちた俺を見て、またハスフェル達が一斉に笑う。
「私の大事な尻尾に噛み付いたまま爆睡して、尻尾をよだれだらけにした罰です。今日一日、ケンはその状態でいなさい!」
ドヤ顔のシャムエル様にそう言われて、俺は本気でその場で土下座したよ。
「も、申し訳ありませんでした〜!」
「知らない! 今日は一日その格好でいなさい」
一瞬で床に現れたシャムエル様がそっぽを向く。
「ううあああ、だから申し訳ありませんでしたああああああ〜!」
「知らない!」
「お願いします〜!何卒お慈悲を〜〜〜〜!」
廊下で叫びながら土下座する俺と、笑いくずれる三人。
何だか俺も途中からおかしくなってきて、そのまま横に転がって笑い出したら止まらなくなった。
しばらく誰もいない廊下で、俺達はひたすら笑い転げていた。
「仕方が無いなあもう。そこまで謝られて許さなかったら、私が意地悪してるみたいに思われちゃうじゃない」
またしてもふんぞり返ったドヤ顔のシャムエル様に言われて、もう一度土下座した俺は頭を下げたまま頭の上で両手を合わせた。
うん、取り敢えず拝んでおこう。
「もう、仕方が無いね。それじゃあ、これで妥協してあげよう。顔を上げていいよ」
そう言われて恐る恐る顔を上げると、目の前にシャムエル様が現れた。
「はい、これね」
いきなり額を叩かれて、後ろに大きくのけ反る。
何とか腹筋を駆使して起き上がり、額に手をやった俺は思わず吹き出した。
そこには、大きなばつ印になったシートが額にべったりと貼り付けられていたのだ。
これは、この世界の絆創膏みたいなものらしく、粘着力のある樹液に化膿止めなどの薬剤を混ぜておき、それを薄い布に染み込ませてあるんだそうだ。で、そのまま患部に貼り付ける。
冒険者がよく使っているので、俺も何度か見た事がある。
はっきり言って、額にこれはまた違う意味で思いっきり恥ずかしい。だけどまあ、今回はこれが妥協点だろう。
もしも嫌がって俺がこれを拒否したら、確実に剥がされた瞬間……色々終わるよな。
諦めて立ち上がると、妙に嬉しそうなシャムエル様が右肩に戻った。
タロンとくっいてもふもふ度が増しております。
「まあ、それなら……何とかなるな」
必死で笑いを堪えるハスフェルにそう言われて、もう一度吹き出し、またしても揃って大笑いになったのだった。
すっかり遅くなった俺達は、屋台のある広場に来ていた。
「おお、相変わらず賑やかだな」
雑多な屋台が並ぶ一帯は、通路も狭くてごちゃごちゃだ。
俺は焼きおにぎりと味噌田楽を買い、それから串焼きのお肉を買って、広場の端にある開いた場所に集まって立ったまま食べた。
味噌田楽や串焼き、それから焼きおにぎりをシャムエル様に時々齧らせてやりながら、手の甲で額を擦った俺は、さっきの屋台でのやりとりを思い出して、小さく笑ってため息を吐いた。
どの屋台の店主も、俺の額のばつ印を見て笑った後に、真顔で、その程度で済んで良かったな。頭の怪我には気を付けろよ。と、心配そうに言ってくれたのだ。
まあ、万能薬なんてそう簡単に手に入る薬では無いから、確かに普通の人達は、頭の怪我には気を付けないと駄目なんだろう。
万能薬のおかげで、どんな怪我でも即座に治る俺は、久し振りに他人から怪我の心配をされて、妙にくすぐったく、そしてちょっと嬉しかった事に気付いたのだった。