寝坊した朝の一コマ
「あれ……?」
不意に、意識がポッカリと浮き上がるように目を覚ました俺は、寝返りを打って上を向き、まだ薄暗い部屋の天井を見上げて大きな欠伸をした。
「何だよ。まだ夜明け前じゃんか……」
そう呟いて、もう一度寝ようともふもふのニニの腹毛に顔を埋める。
丁度その時、顔の横にニニの毛の流れに沿って上から何かの塊がずり落ちてきて俺は飛び上がった。
「うわっと。ええと……あれ……シャムエル様?」
薄暗かったので、一瞬何が落ちてきたのか分からず飛び上がったが、落ち着いてみると、それは熟睡したシャムエル様だったよ。
どうやら、俺が動いた事でニニの腹の上で寝ていたシャムエル様がずり落ちてきて、俺の頬に当たって止まったらしい。
「おお、これは堪らん。ダブルもふもふじゃん」
そっと下側に手を当ててこれ以上ずり落ちないようにしてやり、それでも起きない事を確認した俺は、薄暗闇の中で満面の笑みになった。
「これって、今なら触り放題じゃね?」
自分の思い付きに満足した俺は、横になったままシャムエル様の尻尾に顔を埋めた。
支えている手を上げて、俺の顔全体にシャムエル様の身体を乗せるようにする。
「ああ……何この、もふもふ満喫パラダイス状態は……」
鼻の下にシャムエル様の尻尾が潜り込んできて、俺は笑った。鼻から口元、顎のあたりがもふもふに埋まる。尻尾の先がくるんと曲がって俺の口元にくっ付いて止まる。
もふもふな幸せ状態を満喫していたが、俺の意識はその辺りでプッツリと途切れている。
そりゃあ、これだけのもふもふに埋まって寝るなって方が無理だよ……うん、俺は間違ってないよな。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
「うん……うん……」
俺の意識は、いつものモーニングコールチームの攻撃に何となく浮上しかけたが、残念ながら余りの眠気に意識は戻らずそのまま引き返して行った。
「あれ、また寝たね」
「そうですね。ぐっすり眠ってるわね」
耳元でシャムエル様と従魔達が会話している声が僅かに聞こえるが、俺は全然起きられずに、ぼんやりとその会話を聞いていた。
「どうしますか? 起こした方が良いなら起こしますよ」
「うう、出来れば尻尾は離して欲しいんだけどなあ。でもまあ、色々あってお疲れだったからね。今日くらいは寝坊しても良いんじゃない? ハスフェル達もまだ熟睡してるみたいだしさ」
笑ったシャムエル様の声が聞こえる。
「じゃあもう一度寝る〜!」
「あ、ずるい、私も一緒に寝るの!」
タロンとフランマの声が聞こえた直後、俺の胸元にタロンとフランマの二匹が並んで潜り込んで来た。
顎の下辺りに揃って二匹が鼻先をくっ付けて体に密着する。そしてフランマのもふもふ尻尾が俺の右手を巻き込むようにしてゆっくりと動いている。
そして、鼻から口元にあたるもふもふの小さな毛玉。
うん、これは間違い無くシャムエル様だぞ。
何となく変な感じはしたんだが、気にせず頬擦りするように毛玉に擦り寄り、そのまま気持ちよく二度寝、いや三度寝の海に垂直ダイブして行ったのだった。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
「うん、はいはい……」
また起こされた俺は、生返事をしながらちょっと考えた。
この鼻先に当たるもふもふは、多分シャムエル様だ。
どうしてこんな所にいるんだろう?
鼻の辺りがムズムズして、くしゃみが出そうになった俺は、慌てて目を開いた。
「おお、シャムエル様。どうしたんだ?」
開いた俺の目の前には、シャムエル様がごく間近で覗き込んでいたのだ。
「ああ、やっと離してもらえたよ。もう本当になんて事してくれるんだよ。自慢の尻尾がカピカピになっちゃったじゃない」
何故だかプンスコしているシャムエル様を見て、俺は首を傾げつつ、大きな欠伸をしてから起き上がった。
それから、机の上に一瞬で移動したシャムエル様の尻尾を見て、堪える間も無くその場で吹き出した。
だって、ご自慢のもふもふ尻尾の先半分くらいが、何とも情けない状態になっていたからだ。
濡れたまま乾いてしまったらしく、毛が棒状に何本もに分かれて固まっていて、もげもげのジョリジョリって感じだ。
「あはは、何だよそれ、何したんだ?」
その瞬間、空気にぶん殴られた俺は見事に吹っ飛ばされてベッドに逆戻りした。
「おいおい、手荒な事するなよな」
腹筋だけで起き上がった直後に、もう一度空気に殴られて吹っ飛ばされる。
「なあ、八つ当たりはやめてくれよ」
ちょっとムッとして起き上がって文句を言ったら、もう一回吹っ飛ばされそうになって、咄嗟に横に転がって難を逃れた。
「だから、八つ当たりはやめてくれって! だあ!」
今度は机の上にあったマイカップが吹っ飛んで来て、俺は慌てて両手でキャッチした。
「あっぶねえ。こんなの顔面にヒットしたら鼻血ものだぞ。冗談にならねえって」
そう叫ぶように言い返すと、半泣きになった涙目のシャムエル様が、ホウキみたいになった尻尾を抱えたまま、いきなり俺の右肩に現れた。
「この! この尻尾は! 君のよだれでこんな事になったの! 無駄な抵抗はやめて大人しく天罰を受けなさい!」
そう叫ばれた瞬間、見事に額に何かがクリーンヒットして、俺はまたしてもベッドに吹っ飛ばされ、そのまま呆気なく意識を手放したのだった。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
「うん、はいはい……」
もふもふのニニの腹毛に埋もれて返事をしながら、俺は不意に目を開いた。
「あれ、何で寝てるんだ? 俺?」
起き上がって周りを見渡すと、ベリーが笑いを堪えた顔でこっちを見ているのと目があった。
「おはようございます。と言っても、もう昼過ぎですよ」
その言葉に外を見ると、確かに太陽はほぼ真上だ。
「あはは、いくら何でも寝過ぎだよな。ええと、ハスフェル達はどうしたんだろう?」
とにかく起き上がって、顔を洗いに行く。
何となく、額がヒリヒリしているのは何故なんだろう?
「虫にでも刺されたかな?」
ちょっと痒みもあるような気がするので、本当に蚊に喰われたのかもしれない。
とにかく、サクラに綺麗にしてもらってから、跳ね飛んで来たスライム達を水槽に放り込んでやる。
ファルコとプティラも、気持ち良さそうに水浴びをしているのを見てから、俺は部屋に戻っていつものように装備を整えた。
この後、実はちょっとだけ騒ぎになりました。
いやあ、まさかこんな事になっていたとは……。
俺は、悪く無い……いや、やっぱり悪いのは俺だったかも。