カルーシュの街へ戻る
「うわあ、ちょっといない間にすっかり忘れられてるな」
マックスの背の上で周りを見回して零した俺の呟きに、ハスフェル達も苦笑いしながら同意するように何度も頷いた。
かなりの距離を走り続け、ようやく辿り着いた街道に植え込みを乗り越えて揃って入ったところで、見事なまでに俺達の周りから人がいなくなったのだ。
前後左右にポッカリと空間が開いている。
あちことから小さな声で、ハンプールの英雄とか、早駆け祭りの英雄って言葉も聞こえてくるんだけど、やっぱり前後左右に見事な空間……。
「まあそうなるよな。もういい。気にしない事にするよ」
遠い目になった俺の言葉に、マックスが不満げにワンと鳴いた。
「なあ、こんなに可愛いのになあ」
腕を伸ばして、むくむくなマックスの首の辺りを撫でてやると、辺りから驚いたような騒めきが起こる。
「早駆け祭りで有名になったと思ってたけど、あくまで一部地域の事だったみたいだな」
肩を竦める俺に、全員揃って情けないため息を吐いたのだった。
日が暮れたら城門に入れないんじゃ無いかと密かに心配していたが、日が暮れると閉じられるのは山側の門だけらしく、西アポンとカデリーから繋がっている街道の門は、東西アポンの門と同じく夜でも開かれたままなんだそうだ。
列の先に見える城門には煌々と篝火が焚かれていて、確かに人が行き来している。
しばらく並んで、ようやく街に入る事が出来た。
「さて、何か食わないとな。俺は腹が減ったよ」
俺の言葉に、全員揃って大きく頷く。
「そうだよな。いつもならもう、飯食って寛いでる時間だな。どうする? 何かあるか?」
心配そうなハスフェルの言葉に、俺は笑って頷いた。
「まあ、それなりに在庫はあるから心配するなって。肉を焼くくらいならすぐに出来るよ。一旦宿に戻ろう」
そう言って、ギルドの宿泊所へ向かう。
「ええと……先にこっちかな?」
ギルドを見ながらそう言うと、ハスフェルは小さく笑って頷いて、宿泊所の前を通り過ぎてそのままギルドの建物の中に入って行った。俺達も慌ててその後を追う。
「何だ何だ。揃って戻ってきたな。てっきり死んだもんだとばかり思ってたのになあ」
からかうようなアーノルドさんに言葉に、俺達全員が揃って吹き出す。
「だから毎回言ってるだろうが。人を勝手に殺すな」
ハスフェルが笑ってそう言い、カウンターに座る。
オンハルトの爺さんのところから、フュンフが分かれて俺の左肩に座っている。
「それじゃあよろしくな」
笑ってフュンフを撫でてやり、俺もカウンターに座る。
未納になっていた分の宿泊費とあと一泊分の宿泊費を追加で支払い、素知らぬ顔でクロッシェの分の従魔登録を申し込んだ。
受付に座った若い男性は、俺の左肩にいるスライムを見て特に何も言わずに登録手続きをしてくれた。よしよし。
「それじゃあ戻るよ」
立ち上がったハスフェルの言葉に、ギルドマスターが慌てたように駆け寄ってくる。
「待て待て、これだけ遠出したのなら、絶対何か良い物を持って帰ってるんだろう? 出してくれれば何でも買うぞ」
満面の笑みでそう言われてしまい、俺は困ったようにハスフェル達を振り返った。
「悪いが、まだジェムと素材の整理が全く出来ていないんだよ。後日改めて持って来てやるから、今日のところは勘弁してくれ。俺達全員、今すぐここで倒れて熟睡出来るくらいに疲れ果ててるんだよ」
ハスフェルがそう言って顔の前で手を振る。
「あはは、さすがの鉄人も限界かよ。了解だ、それじゃあいつでも持って来てくれ。期待して待ってるからな」
苦笑いしたアーノルドさんにそう言われて、一礼した俺達は早々に宿泊所へ戻った。
うん、確かに疲れてるのを自覚した。
ソファーに座ったら、マジで立てない。
「……ごめん、もう作り置きで良いか?」
「もちろんだよ。無理はするな」
「もちろんだ。疲れてるのは分かっとるわい」
「構わんよ、無理しないでくれ」
ギイの言葉に、オンハルトの爺さんとハスフェルも頷いてくれた。
って事で、サクラに頼んで作り置きの半端な物を中心に、色々と取り出してもらった。
ベリー達には果物の入った箱をまとめて幾つか取り出し、草食チームにも一緒に食べさせて貰う。
「あ、お前らの飯は?」
マックス達を振り返って慌てた。
戻る途中に狩りに行かせてやれば良かったと焦ったが、お弁当があるから心配しないで良いと逆に慰められてしまったよ。
「あはは、そうだったな、色々と持ってるって言ってたもんな」
笑ってマックスの鼻先を撫でてやり、サクラを抱いて机に乗せる。
俺はご飯が食べたかったので、おにぎり色々と味噌汁、だし巻き卵と屋台で買った照り焼き味の串焼きの肉を貰った。それから、大根とニンジンを塩揉みした即席一夜漬けも小皿にとる。
ハスフェル達は、いつもの揚げ物を中心にこちらも色々と確保してる。うん、相変わらずよく食うな。
「作り置きでごめんよ。明日は肉を焼くからな」
小さい方の机に布を被せて、俺の皿を全部そこに乗せる。
ギイがお湯を沸かしてくれたので、緑茶も入れて一緒に並べる。
黙って手を合わせて目を閉じると、いつのも頭を撫でられる感触の後、半透明の手がおにぎりを撫でているのが見えてすぐに消えて行った。
「それじゃあ、これは俺がいただくよ」
お皿を持って来て、改めて手を合わせてから食べようとしたら、小皿を持ったシャムエル様が、久し振りの味見ダンスを踊っていた。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! じゃっじゃん!」
俺の腕にもふもふな尻尾をリズムを取りながら叩き付けては跳ね飛んでいる。
最後に、両手で持ったお皿を突き出すようにして全体に斜めになったポーズで止まる。これまた新作だね。
「あはは、お見事お見事。ではどうぞ」
笑っておにぎりを箸でちぎってやり、だし巻き卵と肉も一欠片串から取り外してお皿に乗せてやる。
盃には味噌汁をスプーンですくって入れてやる。
「はいどうぞ。だし巻き定食ってとこかな」
「うわあい、このだし巻き卵、美味しいんだよね」
目を輝かせたシャムエル様が、顔からお皿に突っ込んでいくのを見て、俺達は揃って笑った。
ようやく日常が戻って来たよ。なんだか泣きたいくらいに安心した俺は、誤魔化すように大きな口を開けておにぎりに齧り付いた。
「ふう、美味かったよ。ご馳走さん」
取り出した作り置きがほぼ駆逐され、手早く片付けたら机の上はあっという間に綺麗になった。
いつもなら、ここで酒盛りに突入するのだが、さすがに全員疲れていた事もあり、今夜はもう解散になった。
「お疲れさん。それじゃ明日はゆっくりかな?」
「そうだな、転移の扉があるから、カデリー迄ならそれほど時間は掛からんよ。ゆっくり昼まで休ませてもらおう」
ハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんも笑って頷いているので、明日は心置きなく寝坊していい事になった。
手を振ってそれぞれの部屋に戻る三人を見送り、俺も胸当てなどの装備を外して靴も脱ぎ、全部まとめてサクラに綺麗にして貰う。
「ああ、久々のベッドだよ。屋根がある所で寝られるって良いなあ……」
横になったニニの腹毛に潜り込みながらそう呟く。
すぐにマックスが定位置につき、ウサギコンビは俺の背中側に陣取り、タロンがスルリと俺の腕の中に潜り込んで来る。
「お、今日はタロンが担当か?」
笑って小さな額を撫でてやる。
「それではおやすみなさい。お疲れでしょうからゆっくり休んでくださいね」
ベリーの言葉に、小さく笑って頷いたが、返事が出来たかどうかの記憶は無い。
目を閉じた瞬間、もふもふの腹毛を通り越して、気持ちよく眠りの国に墜落して行ったのだった。
さあ、いよいよ明日はカデリーだぞ。
美味い豆腐、見つかると良いんだけどなあ……。