飛び地を後に
「ふう、そろそろ一面クリアーかな」
腕が痛くなるくらいにせっせとヤママユガを突き続けていた俺は、ようやく出現数が少なくなって来たのに気付いて、後は従魔達に任せる事にしてミスリルの槍を収納した。スライム達は、バラけたまま従魔達がやっつけたヤママユガの翅や触覚が落ちてくるのを待ち構えていて、自分の目の前に落ちて来た瞬間に即収納している。
「この数日の、ここで集めたジェムと素材の総数を考えたら、ちょっと気が遠くなりそうだな」
苦笑いしながらそう呟き、目の前を落ちていく大きな毛むくじゃらの翅を見送った。
「なあ、あのモフモフの翅って、どうやって素材にするんだ? 確か、手で触るとあのモフモフの鱗粉は落ちるって言ってたよな?」
あの鱗粉が手に付くのはちょっと正直言って嫌なので、俺は今のところ素材には触っていない。
「ああ、あれもドワーフの特殊な技で加工するんだよ。特殊な樹液に丸ごと浸すと、鱗粉はくっ付いてしまうからね。そうすれば、あのふかふかな翅を触っても鱗粉が落ちなくなるんだ。王都では、壁の飾りとして使われたり、装飾品の素材として使われてるね。まあ、はっきり言ってあれをそのまま壁に飾れるのは、本当にごく一部の大金持ちだけだよ」
「あはは、それをこんなにバカスカ集めてごめんよって感じだな。例えバイゼンであっても、この辺りの素材を世に出す時には、周りの目を考えて数を制限して出さないと駄目かもな……」
そんな素材をうっかり大量に出したら、間違いなく騒ぎになるよ。
まだ見ぬバイゼンでの騒ぎを考えて、虚無の目になる俺だった。
「お疲れさん、そろそろ終わりみたいだな」
ハスフェルとギイの声に振り返り、木に吊るしていたランタンを全部回収してサクラに預ける。
「お疲れさん。それじゃあ、一度街へ戻るのか?」
「そうだな、あまり長く留守にしてたら、アーノルドに死んだかと思われそうだしな」
ハスフェルの言葉に、ギイが吹き出して大笑いしている。
「まあ、俺達は良いとしても、ケンとオンハルトは確かにそう思われていそうだ」
「人を勝手に殺すな! それじゃあまあ、生きてるって報告を兼ねて一度街へ戻る事にしようぜ」
俺も笑ってそう言い、金色合成したアクアゴールドを見た。
「なあ、ちょっと思ったんだけど……クロッシェって、従魔登録するべきか?」
俺の質問にハスフェルとギイが黙る。
「ううん……まあ、従魔登録と言っても、いちいちどの従魔かまで確認しないからな。スライムとだけ書いて名前は登録しておけ。いざとなったら、オンハルトの連れてる黄緑色のフュンフを見せて従魔登録すれば良かろう」
「ええと、アーノルドさんでも、本当の事を言わない方が良い?」
困ったような俺の言葉に、ハスフェルとギイは揃って頷いた。
「彼自身は、信頼できる人物だよ。だが、アクアと常に一体化しているのなら、万一何らかのトラブルに巻き込まれてもアクアと一緒な訳だからな。それを考えると、無理に知らせる必要は無かろう。秘密を知る人物は少ない方が良い。クロッシェという名前のスライムをお前が従魔にしている事実だけは、念の為登録しておけ」
「了解、それじゃあ、フュンフに替え玉になってもらう事にするか」
苦笑いした俺に、オンハルトの爺さんの所から黄緑色のスライムが跳ね飛んできた。
「最初のご主人、それじゃあ登録の時はフュンフが代わりを務めま〜す!」
「ああ、よろしくな」
笑ってプルンプルンの額を突っついてやると、嬉しそうに伸び上がった後、跳ね飛んでオンハルトの爺さんの所に戻って行った。
「それじゃあ、一旦戻る事にするか。ここへはまた、時間が出来た時に来てじっくり攻略する事にしよう」
嬉しそうなギイの言葉に、ハスフェルとオンハルトの爺さんが頷いている。
多分俺も一緒に行く事になってるんだろうな。
ちょっと気が遠くなったけど気にしない事にした。
うん、もうここに危険は無いんだよ……な?
俺の不安など素知らぬ顔で、平然と草原を抜け森の中を走って行く。
今更何か言ったところで仕方がないので、俺も諦めて大人しく後について走った。
「おお、ようやく抜けたな」
見覚えのある、石の河原に到着し、いったんそこで止まる。
振り返った飛び地は、相変わらず頭上にのっぺりした太陽の無い明るい空が広がっているだけで、何処かから突然稲光が轟く事も無ければ、何処かの地面から木の根っこが襲ってくる事もなかった。
「それじゃあ戻るか」
ハスフェルがそう言って河原にシリウスを進ませる。
それぞれの従魔と馬が、早足で河原を駆け抜けて行きすぐに対岸の森に到着した。
「それじゃあまた、俺が先頭だな」
一瞬で金色のティラノサウルスになったギイが、ガジガジと足元を踏みつけながら森に分け入って行く。
シリウスとマックスがそれに続き、巨大化したブラックラプトルのデネブが残った枝を踏みつけてオンハルトの爺さんが乗る馬が歩きやすいようにしてやる。
足元に気を付けつつ慎重に進み、ようやく森を抜けた時には当たりはすっかり暗くなっていた。
「おお、普通に日が暮れたな」
火を入れたランタンを手にして空を見ながら思わずそう呟いた俺に、ハスフェル達も笑って頷いている。
森の途中で暗くなってランタンに火を入れたのだ。
そして森を抜けた時、俺達の上空に広がっていたのは、久し振りに見る夜空一面を覆い尽くす満天の空だった。
ランタンを下ろして、しばらくの間無言でその見事な星空に魅入っていた。
「そう言えば飛び地でランタンを使ったのって、シルクモスを狩った時に火を入れた時の一度きりだったな」
手にした火の入ったランタンを見ながらそう呟く。
「ずっと明るいままだったからな」
オンハルトの爺さんの言葉に、俺はもう一度ランタンを見つめる。
「確かに。だけど、太陽が無いのにずっと空が明るいって、考えたら絶対変だよな」
「まあ、飛び地は言ってみれば、樹海と同じで異空間だからな。この世界の中にあって、この世界の理から外れた場所なんだよ」
ハスフェルが平然とそんな事を言うものだから、思わず俺は言い返した。
「そんな恐ろしい場所に、よくも気軽に連れて行ってくれたな」
怨みがましい俺の言葉に、三人揃って同時に吹き出す。
「まあ、心配しなくてもあんな事はそうは起こらんよ。飛び地は、そこへ到達する事そのものは大変なんだが、辿り着いてしまえば、後半のようにそれほど危険なジェムモンスターも出ないし、ジェムも素材も取り放題さ。あそこへ行けるだけの腕を持った者にとっては、珍しいジェムや素材が集まるだけの良い場所なんだよ」
ギイの慰めるような言葉にオンハルトの爺さんも笑って頷いている。
「でもまあ、お陰で、珍しいジェムや素材が相当手に入ったでは無いか。バイゼンに行くのが楽しみだな」
嬉しそうな爺さんの言葉に頷きながら、俺はサクラの中にある作り置きの食料を思い出した。
「街へ戻ったら、もう少し食料の買い出しと料理をしておきたいんだけどな。ここでは作り置きを食べていたから、作った分もかなり減ったしさ。ううん、だけどどうするかな。逆にここはすぐに引き払って、このままカデリー平原に飛んでそこで食材の買い出しと料理をした方が良さそうだな。それで、その後に西アポン経由でクーヘンのいるハンプールへ行って、その後バイゼン。よし、この日程でどうだ?」
「いいんじゃないか。ま、予定は未定って事で」
ハスフェルのからかうようなその言葉に、俺は思わず吹き出したのだった。
「良いじゃん、たまには俺にも行き先を決めさせてくれよ!」
俺の抗議に、三人が揃って笑っている。
「まあ、今夜は久しぶりに屋根のある所で眠れるさ」
ギイの指差す方角に、街道が見えて俺達は揃って歓声を上げたのだった。
いやあ、気軽に狩りに行ってすぐに戻るつもりだったのにな。
「ま、予定のない旅ならではの楽しみだと思っておこう」
嬉しそうに頷くシャムエル様の尻尾を突っついて、ようやく到着した街道に、俺達は揃って入って行った。