シルクモス狩り
「全くお前は相変わらずだな。いい加減慣れろ」
軽々と岩場を越えて上がって来たハスフェルに、笑いながらそう言われて、俺は思わず腹筋だけで起き上がった。
「いやいや。あれを平気とか、お前らが変なんだぞ!」
うう、ハスフェルの奴、俺の抗議に鼻で笑ってるし。
「大丈夫ですよ、ご主人。大丈夫だと、上がれると判断したから行ったんですよ。もし、自分には無理だと思ったら、岩場であろうが断崖絶壁であろうが、たとえご主人に命令されても行きませんよ。それは無理だとはっきりと言いますって」
擦り寄って来たマックスにそう言われて、苦笑いした俺はむくむくの首元に抱きついた。
「まあそうだよな。お前らの運動能力は凄いもんな。でも俺はひ弱な人間だから、一応そこの所は考えてくれたら嬉しいよ」
俺の言葉に、マックスは鼻で甘えるように鳴いて大きな頭を擦り付けて来た。
もう一度抱きつき、むくむくを堪能してから立ち上がった俺は周りを見渡した。
少し奥に雑木林みたいな感じの木が植わってる場所があり、それ以外は草が生えた平地になっている。
頭上は相変わらず太陽の無いのっぺらな空だ。
「シルクモスが出るのはあそこの林だよ。ほらほら、あそこへ行って!」
胸を張るシャムエル様の言葉に頷き、俺もマックスに飛び乗った。
「それじゃあ行くとしよう」
ハスフェルの声に、目的の林に向かう。
走り出したマックスの上で、俺は秘かにため息と一緒に呟いた。
「で、そもそもシルクモスって何なんだろう?」
「へえ、背が高い木なんだな」
近付いてみると、普通の雑木林に見えたそこは、予想以上にでかい林だった。うん、やっぱり大きさがおかしい。
だけど木と木の間はかなりあって、あまり鬱蒼とした暗い感じはしない。
木の根本には、俺達の膝丈程度の草が生い茂っているが、従魔や馬が入るぶんには問題なさそうだ。
「それで、そのシルクモスってのは何処にいるんだ?」
いつの間にか、マックスの頭に座ったシャムエル様にそう尋ねる。
「まあ待って、もうすぐ出ると思うからさ」
「へ? ここに出るのか?」
「そうそう。ここは足場が悪いから、戦うなら従魔に乗ったままの方が良いかな」
シャムエル様の言葉に下を見る。
「足場が悪いって、そうなのか?」
上から見る限り、別に普通の草地に見えるけど違うんだろうか?
不思議に思って聞いてみると、マックスは自分の前足を上げて見せた。
「ここは草が生えていて見えませんが、地面はかなり凸凹で穴や割れ目もかなりありますね。私達は大丈夫ですが、ご主人の小さな足なら、穴や隙間に挟まってかなり動きにくいと思いますよ」
まあ、マックスの肉球のあるその足は、俺の顔くらいあるもんな。
「そうなんだ。じゃあお前の上で戦わせてもらうよ。よろしくな」
のんびりとそんな話をしていると、ハスフェル達がランタンを出して火を入れ始めたのを見て俺は首を傾げた。
林の中に入って、まあ外よりは暗いけど、ランタンを出すほどじゃ無い。
「ケン。お前もランタンを出して火を入れておけよ」
ハスフェルにそう言われて、首を傾げつつもサクラが出してくれたランタンセットを受け取り、手早く火を入れて持った。
「シルクモスも他の蝶と同じで翅が素材になる。あとは触角も素材になるぞ」
「おお、了解」
平然と返事をしながら考えていた。
へえ……シルクモスって、翅と触角が素材って事は、蝶なんだ。
「狩る木を決めて、そこにランタンをぶら下げておけ。シルクモスは火に集まる習性があるからな」
ハスフェルの説明に頷き、目の前の大きな木の突き出た枝に、ランタンを引っ掛けた。
成る程、ランタンは餌の代わりな訳か。
三人も、それぞれの木に、ランタンを引っ掛けている。
「だけどまた、ずいぶんと離れてるんだな」
何となく呟いたんだけど、ふと思った。
要するに戦い慣れた彼らが、これだけ離れて戦ったほうが良いと判断した相手だって事だよな。
湧き上がる嫌な予感に、俺は無言で固まる。
口を開こうとしたとき、不意に影が差した。
「来たぞ。これはデカい!」
ハスフェルの嬉しそうな声に、頭上を振り仰いだ俺は、悲鳴を上げた。
「ちょっと待て! 絶対大きさがおかしい!」
そこにいたのは、毛むくじゃらのもの凄く巨大な蛾だったのだ。
多分、翅の大きさはゴールドバタフライと同じくらいなんだろうけど胴回りの太さは数倍どころでは無い。
丸々と太った胴体と、鳥の羽根みたいな超デカい触覚。どちらもモフモフだ。
そして、毛むくじゃらでこれもモフモフの三角の翅。
これはちょっと……何と言うか……色々と凄いよ。モフモフは好きだけど……これはちょっと怖いです。
そして思った。うん、あれだ。森の中とかにキャンプに行くと、時々掌ぐらいの巨大な蛾が出てびっくりしたりするけど、これはあれをそのままもっと巨大化した感じだ。
「ええと、あれなんて名前だっけ……あ、思い出した! ヤママユガだ!」
手を打った俺は、頭上をゆっくりと飛んで大きな木に留まったその巨大な蛾を観察した。
全体に蝶よりも横長の大きな四枚の翅、下側の小さい方の翅には目玉みたいな大きな丸い模様が見える。何というか、毒々しいというか禍々しい色だ。
でも、シャムエル様が以前、この世界では蛇以外で毒のある生き物は、カエルとドラゴンくらいだって言ってたら、あれも毒々しいけど毒は無いんだろう……多分。
そのヤママユガは、俺のランタンの明かりに気付いてふわりとこっちに飛んで来た。
パタパタと羽ばたくモフモフの翅。そして俺の腕よりも長そうな、櫛をデカくしたみたいな巨大な羽根のような触角。
ううん、これもなかなかにシュールな光景だぞ。
そのままランタンのすぐ側に留まる。留まったところを上からみると、ちょっとしたグライダーみたいな感じだ。
とにかくデカい。
「ええと、これなら槍で突けばいいな」
普段の俺の背なら届かない位置だが、マックスの背に乗ってる今なら、腕を伸ばして胴体を槍で突けばならなんとかなりそうだ。
俺が槍を取り出したのを見て、マックスが足音を忍ばせて静かに近寄ってくれた。
下から丸々とした胴体を突いてやると、呆気なくジェムになって転がった。
当然、巨大な翅と触角も落ちていく。
「集めま〜す!」
アクアゴールドが、一瞬でバラけて地面に落ちる前に翅と触角を全部集めてくれた。
「ああ、これもスライム達に素材も集めてもらえ。地面に落ちて割れてしまうと、翅の鱗粉がかなり落ちるんだよ。そうしたら一気に価値が下がるからな」
「おお、そうなんだ。じゃあここも素材集めは宜しく頼むよ」
そう言って槍を持ち直した時、ニニが俺の足に頭突きをして来た。
「ご主人、お願い。もっとランタンを出してよ。私たちも戦いたいわ」
巨大化したソレイユとフォールを始め、ラパンとコニーを始め、他の従魔達も皆巨大化して俺を見ている。
「あはは、了解。じゃあ、ありったけ出すから喧嘩しないで仲良くな」
サクラに、全部で五個持っているランタンをありったけ出してもらう。普段は二つか三つくらいしか使わないんだけど、予備も含めてそれくらいは買い込んであるんだ。って事で、大急ぎで出してもらったジェムを入れて火をつけてやる。
それぞれ離れた木にランタンを引っ掛けてやり、俺も定位置に戻った。
しかし、どうやらここの一度の出現数はかなり少ないみたいで、パラパラと出てくるヤママユガが何処に来るかは運次第。
不満タラタラの従魔達を見て、俺は自分の所に来るなと内心で必死になってお願いしていた。
しかし、こんな時って何故だか毎回一匹は俺の所に来るんだよな。
時々、マックスに譲ってやりながら、俺も仕方がないから目の前に来た巨大なヤママユガをやっつけたよ。