安全対策とこの後の予定
「ええ、ちょっと待てお前ら。一体何をする気だ?」
思わず叫んだ俺の言葉に、バラけたスライム達が得意気にポンポンと地面を跳ね回っている。
「クロッシェ、こっちへ来て〜!」
サクラの声に呼ばれて、俺の手の上にいたクロッシェがストンと地面に落ちて転がり、サクラ達のところへそのまま転がって行った。
すると、そのままスライム達は金色合成する事もなく押し合いへし合いしながら、なにやら寄り集まって早口で相談を始めた。
時々、クロッシェの名前が聞こえる他は、何故だか何を言ってるのかさっぱり分からない。
「なあ……あれ、おしくらまんじゅうしながら何言ってるんだ?」
右肩に座るシャムエル様に質問すると、俺を見たシャムエル様は、嬉しそうに目を細めて口に指を立てられた。
いわゆる、子供がやる、静かにして! ってアレ。
仕方がないので、大人しく黙って待っていると、しばらくしてスライムまんじゅうが分解した。
そして、俺の前にアクアとクロッシェが跳ね飛んで来て並んで止まった。
「決まったよ。それじゃあこうしま〜す! 普段は、クロッシェはアクアと一緒にいる事にします!」
それだけを言うと、アクアとクロッシェは俺の目の前でいきなりくっ付いて一体化してしまった。
「ええ、クロッシェが消えたぞ! アクアゴールドと違って、二匹だけでも合体なんて事も出来るのか?」
一匹だけになった、足元のアクアを抱き上げてマジマジと見つめる。
「あれ……ここにあるちっこい白いのが、もしかして……クロッシェか?」
肉球マークの指の間に、多分5ミリくらいの小さな白い粒が見えて、俺は必死で目を凝らした。
「ご主人正解〜!」
嬉しそうなクロッシェの声が、アクアから聞こえてくる。
「ええと……これは一体、どういう状況なんだ?」
アクアを抱いたまま不思議そうに首を傾げていると、右肩のシャムエル様がいきなり笑い出した。
「君達最高だね。うんうん、それなら人前に出ても大丈夫だね。スライムは、消化中の物を胎内に留めていたりする事があるから、もしも他のテイマーや魔獣使いに会っても、アクアちゃんに内包物があっても疑問に思われる事は無いよ」
「へ、へえ……そうなんだ。俺、魔獣使いだけど、そんな事今ここで初めて知りました」
無意識に、抱いているアクアをモミモミしながらそう呟くと、背後で吹き出す声が聞こえた。
「全くお前は。だが確かにそれなら大丈夫だな。クロッシェは、こう言った郊外の人のいない所で自由にさせてやれば良かろう」
ハスフェルの言葉にギイとオンハルトの爺さんも笑って頷いてくれた。
「そうなんだ。じゃあこれで行くか。あ、だけどこうやってても、中にいるクロッシェに負担は無いのか? 食事は?」
不意に思い付いたら心配になった。
「いや待て、その前に、そもそもアクアの中にいて呼吸は出来るのか?」
「ケン、スライムは君達みたいに息をしてるわけじゃ無いよ、体全体で息もすれば食事もするんだからさ。そもそもアクアちゃんもクロッシェちゃんも、同じスライムなんだから、一体化するのに何の問題も無いって」
「へえ、そうなんだ」
自信ありげに言われても、そうとしか言えない。
「大丈夫だよ。アクアが食べてる時に、クロッシェも一緒に食べられるからね」
得意気なアクアの言葉に、クロッシェも一緒になって大丈夫だと言っている。
うん、もう俺には何が何だかさっぱり分からんよ。
だけどまあ、創造主様が大丈夫だと言ってくれてるんだから、大丈夫なんだろう……多分。
って事で、これも疑問は全部まとめて明後日の方向にぶん投げておく。
「それじゃあ、しっかり守ってやってくれよな」
笑って、抱いているアクアに向かってそう言ってやる。
「はあい、一緒にいるから大丈夫だよ!」
俺の言葉に、アクアが伸び上がってポヨンポヨンと跳ねる。
そのまま手を離してやると、地面を転がり、そのままアルファに激突して一瞬で金色合成した。
パタパタと小さな金色のスライムが顔の横に飛んでくるのを見て、笑って突っついてやった。
「ええと、この後はどうするんだ? もう帰るのか? さっきから俺は腹が減ってるんだけどな」
俺の言葉に、三人同時に手をあげる。
「俺も腹が減ってます!」
「それなら何か食おうぜ。ええと、ここで食っても大丈夫か?」
「ああ、シルバーレースバタフライの出現時間はもう終わったからな。それじゃあここで食おう」
ハスフェルの言葉に、俺はサクラに頼んで机と椅子を出して貰い、適当に作り置きのスープとサンドイッチを色々取り出した。
喉が乾いてるからアイスコーヒーもな。
それぞれ椅子に座って好きに取ったサンドイッチを頬張る。
シャムエル様には、いつものタマゴサンドを切ってやり、盃には氷一欠片と一緒にアイスコーヒーを入れやる。
自分が食べたかったので、唐揚げも取り出して食べながら頭上の花を見上げる。
うん、あれもかなりの恐怖体験だったよな。
俺、自分でも知らなかったけど、実は高い所ってあまり得意じゃ無いみたいです。
「さて、どうするかな。一度街へ戻って宿の精算もしておくべきだろうしな」
「確かに、いつまでも放っておくと、後で文句を言われそうだな」
「ふむ。もうこれで、出る種類は全部なのか?」
ハスフェルとギイが相談しているのを聞き、オンハルトの爺さんが机の上に座ってタマゴサンドを齧っているシャムエル様を見た。
「後一種類だけだよ」
「ええと、何が出るのか聞いて良い?」
唐揚げを一つシャムエル様に渡してやりながら、俺も質問する。
正直言って、もう持ち切れないくらいにジェムも素材も確保したから、俺的にはそろそろ帰りたいんだけどなあ……。
「シルクモスだよ。これも大物だから、出来たら獲って行くべきだと思うけど?」
「ええと、シルクモスって何だ?」
首を傾げていると、それを聞いたハスフェル達がいきなり立ち上がった。
「それは素晴らしい。それならシルクモスを獲ったら一旦ここは終了にしよう。それで、予定している一通りの用事が済んだらまた来ればいい。その時にはまた出る種類が変わっているのだろう?」
頷くシャムエル様を見て、ハスフェル達はさっさと椅子を片付け出した。
「ああ、待って待って、これが最後の一口!」
残っていた唐揚げを口に放り込んで、俺も立ち上がって手早く食器を綺麗にしてからサクラに預けて机と椅子を片付けた。
「じゃあ、案内するから行こうか!」
得意気なシャムエル様の言葉に従い、俺はマックスの背中に飛び乗った。
「なあ、まさかとは思うけど、そこまでどうやって行くんだ?」
あの断崖絶壁は、いくら何でも上がれそうに無い。
「大丈夫だよあっちから行けるからね」
ちっこい手が指差したのは、さっきのシルバーレースバタフライが出てきた穴とは逆の方角にある、もう一つの岩場だ。
「た、確かに。あそこなら……マックス達なら上がれそうだな」
引きつった顔でそう言う俺に、嬉しそうにマックスがワンと吠えて一気に駆け出した。
「いや待て!行って良いとは言ってないって! マックス! ステ〜〜〜〜〜〜〜〜いいいいいい」
俺が止める間も無く岩場に突っ込んで行ったマックス達は、軽々と岩場を飛び終えて、あっという間に上まで駆け上がって行ったのだった。
そして、上まで駆け上がってから、マックスは平然と伏せの体勢になった。
お前、今の「ステイ」は、絶対聞こえてたけど知らん振りをしただろう!
マックスの背から転がり落ちるようにして降りた俺は、そのまま地面に大の字に転がった。
ああ、動かない地面って、安心するよ……。