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準備万端!

「無理無理無理無理無理! 頼むから止まってくれ〜〜〜〜〜〜!」

 手綱を掴んで必死になって叫ぶ俺に構わず、マックスは嬉々として断崖絶壁を駆け下り、あっという間に花畑の中へ見事に着地したのだった。



 俺はもう、途中からマックスにしがみついて悲鳴を上げる事も出来なくなっていた。

 はい、正直に言います。ちょっと良からぬ所が……冷たいんですけど……。

 無事に降り立ったは良いが、硬直したままマックスの鞍の上から動けない俺の側に、アクアゴールドがパタパタと飛んで来てくれる。その場で俺を包み込み、一瞬で冷たかったそれを綺麗にしてくれた。

 うん、取り除いたそれがどうなったかとか、多分深く追求してはいけない……。

 って事で、これもまとめて明後日の方向にぶん投げておいた。



「おお、ありがとうな。ちょっと今ので色んなものが抜け落ちた気がするよ……」

 乾いた笑いをこぼしながら涙目になる俺を、ハスフェル達は苦笑いしながら見ている。

 いやいや、俺の反応が普通だぞ。あの断崖絶壁を平然と降りて来たお前らがおかしいんだからな!

「全く、鵯越(ひよどりごえ)逆落(さかお)としかよ」

 誤魔化すように首を振ってそう呟くと、右肩に現れたシャムエル様が不思議そうに覗き込んで来た。

「ひよどり……何、それ?」

「ええと、俺のいた世界の昔の戦争の話ってか、まあ実際にあった事かどうかは分からないんだけど、物語の一場面としては有名な話だよ」

「へえ、どんな話なの?」

 興味津々のシャムエル様にそう言われて、俺は記憶を探る。

「ええと、確か……国を二分する大きな戦いで、一方の軍がこんな感じの断崖絶壁を背にして陣を張るんだよ。当然、背後から襲われる心配しなくて良いから、前方にばかりを気にしてたんだ。そうしたらもう一方の戦上手な若武者が、地元の猟師から鹿ならあそこを駆け下りられるって聞いて、それなら馬でも降りられるはずだ! って言って、その断崖絶壁を馬で駆け下りて急襲するんだ」

「それでそれで?」

「当然、奇襲を受けた方は大混乱。その場は大勝利だった……はず。で、その駆け下りた断崖絶壁の地名が鵯越だった筈。言っとくけどかなり前にちょろっと読んだだけだからな。曖昧な記憶だから、それ以上は詳しく聞かないでくれ」

 顔の前でばつ印を作って見せると、シャムエル様はわざとらしくがっかりしてたよ。

 だけどごめん、俺も人に話して聞かせられるほど真剣に読んでた訳じゃないから、これ以上は聞かないでくれ。あはは……。




「それで、その蝶はまだ出て来ていないのか?」

 話を変えるように周りを見渡すと、遥か遠くに数匹の小さな影が見えた。

 だけど、花の大きさに比べたら、それはかなり小さいように見える。それに何だか影が薄くてよく見えない。目的の蝶じゃないのかもしれない。

 まあ、大きさについては、そもそも異常に大きな花と比べてって事だから、小さいと言って良いかどうかは微妙だ。比較対象がおかしいだけだけからな。

「ああ、そろそろ消え始めたね。それならもうそろそろ次が出ると思うよ」

「消え始めた?」

 意味が分からない言葉に、不思議に思って振り返る。



 その時、遠くに見えていた小さな虫が、まるで虹が消えるみたいにすうっと溶けるように消えてしまったのだ。

「ええ、消えたぞ!」

「言ったでしょう。一定時間を過ぎてもこの飛び地から出られなかったジェムモンスターは、ジェムごとこの地に同化して消滅するって。そのうちまた新しいジェムモンスターとして出て来るよ」

「ああ、この地の地脈がどうのって話の時に、確かそんな事を言ってたな。ええとつまり、あの蝶は時間切れで消滅したって事なんだ」

「シルバーレースバタフライは、あの翅が弱いためにあまり飛ぶ力もなくて、中々外の世界に出てくれないんだよね。もうちょっと強くしてやっても良いかと思うんだけど、そうするとあの独特の繊細さが失われちゃうんだよ。だから、頑張ってたくさん集めて外の世界へ持って行ってあげてね」

「成る程、そういう考え方もあるんだな。了解、じゃあせっかく死ぬ思いして辿り着いた場所だもんな。狩れるだけ狩っていくよ」

「うん、じゃあ頑張ってね!」

 そう言って、ちっこい手をあげて俺の頬を叩くと、シャムエル様は消えてしまった。

「相変わらず、神出鬼没なお方だね。それじゃあ、頑張ってその貴重な翅とやらを集めさせてもらいましょうかね」

 そう言って、収納していたミスリルの槍を取り出す。

 うん、よしよし、かなり出し入れがスムーズになって来たぞ。

 顔を上げて見た大きな花畑は、まるでジャングルジムのように、直径30センチ近くある電信柱のような茎が、遥か頭上まで直立している、上の方では、ひまわりのような丸くて大きな花が咲いているのが見えた。

「へえ、だけどこの茎を登るのは大変そうだな」

 困ったように見上げていると。ハスフェルが手招きしている。

「ほら、こうやったら簡単に登れるぞ」

 彼が指差しているのは、茎の途中に見える、横に突き出している小さな葉っぱの根元だ。

「この茎は、頑丈でそう簡単には折れないから、こうやって登るんだよ」

 そう言って、横に突き出た葉っぱの根元に足を掛けて軽々と登っていったのだ。

「うわあ、あれを俺にやれってか……」

 半ば呆然と登っていく彼を見送る。

 少し考えて、ちょっと離れた一番太そうな茎に目標を定めた。

「ええとアクアゴールド、一応落ちたら守ってくれよな」

 苦笑いしながらそう言うと、顔の横を飛んでいたアクアゴールドが得意気にパタパタと飛び回った。

「任せて、ちゃんと守ってるよ!」

「おう、よろしくな」

 一旦取り出した槍を収納してから、俺は意を決して茎を登り始めた。



「下を見てはいけない。下を見てはいけない……」

 言い聞かせるように呟きつつ、上だけを見て必死になってよじ登った。

 終わった後、どうやって降りるのかは考えてはいけない……。




「うわあ、めっちゃ良い眺め!」

 必死になって登り切ったその花は、直径2メートルはある、マーガレットみたいな花だった。

 花自体も妙に平べったいので、葉の上にいたら、花の真ん中部分がすぐ手の届く所にあった。

 しかも、花のすぐ下に、左右に張り出す大きな葉が出ている為、足場としては完璧な状態だ。

 周りを見ると、ハスフェル達も葉に登って定位置に付いているみたいだ。



「よしよし、無事に登ったな。後は足元に気をつけてな」

 笑ったハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんの吹き出す声も聞こえる。

「おお、落ちないように気を付けるよ。お前らも落ちるなよ」

 悔しくなって言い返してやったら鼻で笑われたよ。

「ご主人を守りま〜す。足元の心配はしなくて良いからね」

 そう言って跳ね飛んで来て、俺の両足をホールドしてくれたのは真っ赤なデルタだった。

「おお、ありがとうな。おかげで安心して戦えるよ」

 手を伸ばして伸びた体を撫でてやった。

 プルプル波打つ伸びた体で遊んでいると、ギイの声が聞こえた。



「お、出て来たぞ」

 慌てて槍を構えて見上げると、何とも不思議な蝶が飛び出して来たのだ。

「へえ、確かにこれは綺麗だ」

 思わずそう呟く。

 出て来たそれは、本当に広げたレースみたいな翅の蝶だった。

 かなり小さめの翅を区切る翅脈は細くて白い。そして外側部分の縁取りは銀色の、完全に透明な翅を持った小さな蝶だったのだ。

 胴体が多分50センチくらい。羽の大きさも、大きく広げても全部で3メートルくらいだろう。

 翅の大きさはゴールドバタフライの半分以下だ。

 思わず見惚れていると、ハスフェルが花の下から腕を伸ばして、剣で胴体部分を切りつけるのが見えた。

 呆気なくジェムになって消える。

 翅が落ちた瞬間、スライムの触手が伸びて翅をキャッチして収納するのも見えた。

「へえ、あんな風にするんだ。よし、じゃあよろしくな」

 足元を見ると、いつの間にか上がって来ていたスライム達が、左右の葉や茎に巻きついて一斉に伸びたり縮んだりし始めた。


「早く早く!」

「お願いします!」

「順番も決めたんだからね!」


 何と言うか、スライム達の、早くやれ圧が凄いです。

「おう、それじゃあよろしくな」

 思わず仰け反ってそう言い、正面に向き直った。



 さあ、戦闘開始だ。

 貴重な素材をガッツリ集めるぞ!

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