早起きの朝
「それでは、ご主人の為のベッドを作りま〜す!」
アクアの言葉に、バラけて大騒ぎしていた四人分のスライム達全員が、何とバスケットボールサイズになって一気にくっ付き合い、あっという間に巨大なスライムウォーターベッドが出現した。
「おいおい、他の主人のスライム達とは、くっ付かないんじゃ無かったのかよ」
笑いながらそう言って巨大なスライムベッドを突っついてやると、元気なアクアの声が聞こえた。
「これは金色合成じゃ無くて、ご主人の為に皆が手を取り合ってくっ付いてる状態だよ」
「合成して一体化してるんじゃ無くて、単にくっついてま〜す!」
「くっついてま〜す!」
アクアの声に続いて、それぞれのスライム達が一斉に同じ言葉を言って震え始めた。
おお、巨大ウォーターベッドが波打っております。
「あはは、成る程ね。それじゃあ、せっかくだから作ってくれた此処で休ませてもらうよ」
笑ってもう一度突っついてやり、念の為装備はそのままでスライムベッドの上に上がった。
「おお、いつにも増してポヨンポヨンだな」
上がって来たハスフェル達も、いつも以上の弾力に大喜びで飛び跳ねている。
「野郎四人で一緒にウォーターベッドで遊んでるって……何の冗談だよ。しかも、この後、同じベッドで四人で寝るんだぞ」
ふと今の状況を振り返ってしまい、思わず虚無の目になる。
うん、気にしてはいけない。誰も見ていないし、ここは異世界なんだからさ!
「ご主人、寒いといけないからこれを使ってね」
サクラがいつも使ってるハーフケットを取り出してくれたので、受け取って横になる。
背負っていた鞄を枕にしてハーフケットを被ってみたが、どうにも落ち着かない。
困ったように起き上がって周りを見回すと、ハスフェル達は平然と鞄を枕にそれぞれ少し離れて横になっていた。
スライムベッドの周りでは、巨大化した従魔達が文字通り円陣を組むように俺達を取り囲むように移動してくれていた。
俺のすぐ横にマックスとニニ、その隣にベリー。そして巨大化した草食チーム。
その横では猫族軍団が、揃って何やら真剣に顔を突き合わせて相談している。しばらく揉めていたが、タロンがスルッとそこから抜け出て俺の側に来た。
何故だか巨大化したままで。
「ご主人の添い寝役は、私ね」
そう言って、スライムベッドの上で、俺の横にいつもニニがしているみたいに横になってくれた。
「おお、ありがとうな。それじゃあよろしく」
笑って起き上がり、毛布を持っていそいそとタロンのお腹に潜り込んだ。
いつもの長毛のニニの腹毛とは違う、何とも言えない柔らかでみっちりと詰まった短めの毛に顔を埋める。
「何この幸せ空間……お前ら、皆……最高だな……」
子猫のように潜り込んでそう呟いた後、俺の記憶はもう途切れていた。
どれだけ墜落睡眠なんだよ、俺って……。
ぺしぺしぺし……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
「うん、起きる……」
ぺしぺしぺしぺし……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
「うん、起きるってば……」
柔らかな腹毛に潜り込みながらそう呟いた直後、違和感に気づく。
「あれ、今日はタロンのふみふみが無かったぞ?」
思わずそう呟き、手をついて起き上がる。
いつもの手触りと違っていて、俺は驚いて下を見る。
「あ、そうだった……昨夜はタロンと一緒に寝たんだったな」
いつもと違う手触りと一面真っ白な毛に気付き、笑ってもう一度その腹毛に倒れ込む。
「起きなさい。早くしないと、朝ごはん無しで蝶退治に出かける事になるよ」
「飯抜きで戦闘は勘弁だな。了解、起きるよ」
仕方がないので諦めて起き上がると、背後から笑う声が聞こえて振り返った。
「お前は相変わらずだな。でもそろそろ起きてくれないと、シャムエルの言う通りで全員飯抜きのまま、時間切れでシルバーレースバタフライ狩りが始まっちまうぞ」
「ごめんごめん、それじゃあ何を出すかな」
俺がスライムベッドから降りた途端に、全員一気にばらけてアチコチに転がっていった。
「あはは、何やってるんだよ」
笑って見送り、跳ね飛んできたサクラに、まずは綺麗にしてもらう。
「ええと、何を出す?」
「そうだな。まずは机と椅子を頼むよ。それから、あいつらは朝から肉でも大丈夫だから、トンカツとかチキンカツとかの揚げ物いろいろと、パンと簡易オーブン。あとはチーズとバターと調味料一式。あ、マヨネーズもな。それから葉物の野菜とホットコーヒーを頼むよ。あ、シャムエル様用のタマゴサンドもな」
俺の言葉に従って、サクラが在庫の少なそうなのから、色々取り出して並べてくれる。
それぞれ席について、好きに食べ始めた。
「なあ、思ってたんだけど、俺の背丈よりも高い位置にある花だったら、蜜を吸いに来た蝶には手が届かないんじゃね?」
タマゴサンドの真ん中部分を大きく切ってやりながら、昨夜から気になっていた事をハスフェルたちに聞いてみた。
朝から豪快に二つ目のカツサンドを平らげていたハスフェルが、俺の言葉に顔を上げる。
「ああ、後で説明してやろうと思ってたんだがな。シルバーレースバタフライは、言ったように、翅がとても繊細で壊れやすい、その為蜜を吸う際には、完全に羽を閉じて花びらの隙間に潜り込むようにして花の根本部分に頭を突っ込んで蜜を吸うんだ。だから、俺達は花を決めて茎を上って花のすぐ下で待ち構えて、蜜を吸い来た所をやっつければ良いのさ」
「しかも、普通なら蜜を吸うのにかなり時間が掛かるから、言ってみれば順番待ちになる。だけど、俺達が狩れば、すぐに花が空くから次々に降りて来てくれるってわけさ。な、簡単だろう?」
「へえ、成る程ね。待ち構えて降りて来た所をやっつける訳か。じゃあ武器は剣でいいかな?」
三個目のカツサンドに突入したハスフェルが、コーヒーを飲みながら考える。
「お前なら、ミスリルの槍でも良いかもな。俺達より手が短いだろう?」
「いや、手も足も体も全部小さいって。了解。じゃあ、俺はミスリルの槍で戦う事にするよ。ってか毎回言ってるけど、頼むから、お前らを基準にして物事を考えるなよ」
呆れたような俺の言葉に、ハスフェル達が揃って吹き出す。
俺もコーヒーを飲みながら、もうヤケになって一緒に笑ったよ。
早々に食事を終えて、机と椅子を片付けた俺達は、それぞれの従魔に乗って下の花畑へ向かう事にした。
「それで、何処から降りるんだ?」
冷静に考えたら、足元の花畑は遥かに下だ。
これって、見えてる花畑に行くだけでも相当時間が掛かりそうだぞ。
「それじゃあ出発しますから、早く乗ってください」
鞍を付けたマックスが大興奮で俺にそう言っている。
「ああ、まあそうだな。お前に乗せてもらったら、早いか」
苦笑いしてマックスの背に乗る。
「それで何処から……」
そう言いかけた次の瞬間、マックスをはじめとした従魔達全員が、そのまま一斉に崖の向こうに飛び出したのだ。
「どっひぇええええええ〜〜〜〜!」
俺の情け無い悲鳴が響き渡る中を、従魔達は嬉々として崖下の断崖絶壁を軽々と飛び跳ねながら、崖下の花畑まで、一気に駆け降りていったのだった。