チキン南蛮定食
サクラが出してくれた机や椅子を少し離れた場所に設置して、俺は夕食の準備に取り掛かっていた。
だって、あいつらが頑張ってジェム集めをしてくれてるんだから、参加出来ない俺は、ここは料理ぐらいはしておくべきだよな。
「さて、とは言え何を作るかね」
ちょっと考えて、ハイランドチキンのもも肉で、チキン南蛮を作っておく事にした。
これなら、パンに挟んでも良し、ご飯と一緒でも良しだもんな。
まずは鶏肉に塩胡椒をして、小麦粉をたっぷりまぶしてから叩いて小麦粉を軽く落としておく。それからフライパンを用意して、油をたっぷり入れて加熱。鶏肉を溶き卵にくぐらせてから、じっくりと揚げていく。
あいつらの方はまだまだかかりそうだから、今回作ってるのは、作り置きも兼ねて巨大なハイランドチキンのもも肉二枚分だ。皮ごと適当に切り分けたらかなりの量になった。
これだけ作れば、いくら何でも余るだろう……多分。
最初の肉を油に入れた後、大急ぎで南蛮酢を作る。俺の好みで酢はきつめだ。
まずは、鍋に醤油と砂糖と酢を計って入れてかき混ぜる。そこに、唐辛子が無いので黒胡椒をたっぷり入れておく。
「ええと、生姜生姜っと」
取り出した生姜の塊から、端っこの硬そうなところを少しだけ切り取って、作った南蛮酢の鍋の中に放り込む。
そのまま火にかけて一煮立ちさせたら完成だ。さっきの生姜は、香り付け用だからしばらく漬けておいて後で取り出す。
肉を揚げている合間に、タルタルソースも用意しておく。
「サクラ、茹で卵の在庫出してくれるか」
「はあい、何個いる?」
「ええと、とりあえず二十個お願い。あ、殻は剥いてくれよな」
「じゃあそれは、アルファがやりま〜す!」
足元で元気な声がして、オレンジ色のアルファがポンポン飛び跳ねた後、一気に跳ねて机の上に上がって来た。
「あれ、向こうは大丈夫なのか?」
「あっちは、アクアとベータ達が頑張ってるから大丈夫なんだって。アルファはご主人のお手伝いなの!」
そう言って、嬉しそうに伸び上がるアルファを笑って撫でてやる。
「そっか、ありがとうな。じゃあ、茹で卵の殻剥きを頼むよ」
サクラが出してくれた茹で卵を目の前に皿ごと置く。
「あ、サクラはこれをみじん切りにお願いします」
大きめの玉ねぎを四個取り出してサクラに渡す。
「出来たらここな」
大きなお椀を出しておき、そこに入れるようにお願いしておく。
「アルファ、剥けた茹で卵はサクラに渡してみじん切りにしてもらってくれ、それでそこの玉ねぎが入ってるお椀に一緒に入れておいてくれるか」
「はあい、了解です!」
触手がにょろんと出て、手を挙げるみたいに上に向けてから一瞬で戻る。うん、うちの子達は、いちいち芸が細かいね。
「お、そろそろ鶏肉が揚がりますよっと」
そう言って、お箸で掴んで大きな鶏肉をひっくり返した。
揚がった鶏肉は熱いうちに南蛮酢にしばらく漬けておき、順番に取り出してお皿に並べて一旦サクラに預かってもらう。
「さあ、どんどん揚げるぞ」
鶏肉を溶き卵につけるのはアルファに手伝ってもらい、お皿に乗せて渡された溶き卵付きの鶏肉を、俺がせっせとフライパンで揚げていく。
揚がった鶏肉は、隣でサクラが南蛮酢に漬けてから順番に取り出して収納してくれると言う、なんとも完璧な流れ作業だ。
大量に用意した鶏肉が無くなる頃、丁度向こうもオールクリアーしたらしく歓声と拍手が聞こえた。
「お疲れさん。どうする、ここで食べるか?」
使った道具をアルファとサクラに綺麗にしてもらっていたところに、ハスフェル達が駆け寄ってくる。
「もう、さっきから良い匂いがして我慢してるんだけど、今日は何を作ってるんだ?」
興味津々のギイが机の上を覗き込む。
「チキン南蛮を作ってみたんだけど、もう食うか?それとも場所を変えるか?」
「ああ、それなら場所を変えようよ。この先に見晴らしのいい場所があるから、そこへ行こう」
突然、机の上に現れたシャムエル様が嬉しそうにそう言って目を輝かせる。
「あ、そうなんだ。じゃちょっと待ってくれ。机と椅子を片付けるよ」
出してあった椅子と机を片付けて、戻って来たマックスに飛び乗って、シャムエル様の案内で森を抜けた先にあるのだと言う高台を目指した。
「へえ、ここはかなり広い空間なんだな」
森を抜けて、視界が開けたところでそう呟くと、マックスの頭に乗っていたシャムエル様が振り返った。
「ここは、周りの森があの状態だから来るのは大変だけど、本来は広くて良い環境の場所なんだよ。まあ、たまには遊びに来てやってよ。出入りする度に、出現するジェムモンスターは適当に入れ替わるようにしておいたからさ」
「ええと、つまり一度外に出てまた入って来たら、出現するジェムモンスターがリセットされてるって事」
「そうだよ、その方が面白いでしょう?」
得意気に胸を張ってそう言われて、俺はもう笑うしかなかった。
出入りする度に出現するジェムモンスターが変わるボーナスステージ。何それ、美味しすぎる。
そんな話をしながら林を抜けた時、俺は眼下に広がる景色に思わず歓声をあげた。
後ろではハスフェル達の感心したような呟きも聞こえる。
今、俺達がいる高台から見える下の平原に広がっていたのは、一面、それは見事に満開に咲いた色とりどりの花畑だった。
「へえ、こりゃあ見事だな。じゃあ花を見ながら食事にするか」
マックスの背から降りて、見晴らしの良いその場所に机と椅子を取り出した。
まずは手早く味噌汁を取り出して、お鍋に人数分取り出して温める。
その間に小さい方の机には、いつもの布を被せて準備を整え、お皿に一人前のチキン南蛮と刻んだキャベツもどきを並べ、横に切ったトマトを飾る。
「それから、タルタルをたっぷりな」
玉ねぎと玉子をみじん切りにして入れておいたあのお椀を取り出して、マヨネーズと酢とケチャップをちょっとだけ入れて作った、適当タルタルソースをたっぷりとかける。
温まった味噌汁と、おにぎりも並べる。
「これはシルヴァ達の分っと」
そう呟いて目を閉じて手を合わせる。
顔を上げて、いつもの優しい手がそっとお皿の上を撫でていくのを黙って見ていた。
手が消えた事を確認してから、三人分のお皿に二枚ずつ大きなチキン南蛮を入れてやった。
「タルタルソースは好きにかけてくれよな」
お椀にスプーンを突っ込んだ状態でハスフェルに渡す。
ハスフェルとギイはパン、俺とオンハルトの爺さんはご飯だ。
ナイフとフォークで適当に切り分けた所で、待ち構えていたシャムエル様がお皿を持って踊り出した。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ、ジャジャジャン!」
二回転してピタリと止まる。
「あはは、格好良いぞ」
笑って拍手してから、お皿にチキン南蛮のタルタルがたっぷり掛かったところを一切れと、キャベツもひとつまみ、ご飯はその横に一塊取ってやり、盃に味噌汁を入れたら完成だ。
「はいどうぞ。今日はチキン南蛮定食だな」
「うわあ、これは初めて見るね。美味しそうな香り!」
目を輝かせたシャムエル様は、そう言って豪快に顔からチキン南蛮に突撃していった。
それを見て、全員揃って吹き出したよ。
俺の好きな新作チキン南蛮は三人にも大好評で、結局あれだけ大量に作ったのに殆ど残らなかったよ。
相変わらずお前らは、食う量がおかしいって。
でもまあ、頑張って作ったものをあれだけ喜んで食ってくれたら、悪い気はしないけどな。