今夜はステーキ!
「それはそうと、腹が減ってるんだけどな」
ハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんも笑って頷いている。
確かに、ヘラクレスオオカブトが出る前に、何か食おうかって言ってたんだよな。
俺も腹が減ってるのは自覚してたので、一旦この場は撤収してまた河原沿いまで戻り、ここでもう一泊する事にした。
「なあ、ギルドの宿泊所ってそのままになってるけど大丈夫か?」
「ああ、鍵を返さない間は延泊扱いになってるから心配するな」
別に何か置いてある訳じゃ無いけど、何だか申し訳なくなる。
うん、戻ったら延泊分の宿泊代払わないとな。
「さて、疲れてるけど、がっつり食いたいから肉を焼くぞ!」
フライパンを取り出した俺に、三人が大喜びで拍手する。
付け合わせに野菜スープを温めておき、俺はおにぎり、三人にはパンを出してやる。肉を焼いている間に、各自パンは自分で焼いてもらう作戦だ。
付け合わせは、定番フライドポテト。後は茹で野菜を適当に出しておく。
ブラウンブルは、この前のギルドの大宴会で相当食ったから、今日は普通のステーキ用の牛肉を焼くよ。
軽く肉を叩いてから塩胡椒をしておく。
「じゃあ焼いていくぞ」
熱したフライパンに一気に肉を並べる。
肉焼き用の強火力のコンロだ。油の焼ける良い匂いがして、唾が湧いてくる。
「肉にはこれだよな」
ハスフェルが当然のように赤ワインを取り出す。
「ああ、ずるい!」
肉を焼きながら叫ぶ。
だけど、それほど酒に強く無い俺は、何かあったら困るのでここでは飲まないぞ。
ぐっと我慢して、しっかり焼いた肉をトングで掴んでひっくり返す。
フライパンを火から下ろして、少し待って余熱で火を通せば完成だ。
各自の差し出すお皿に、大きな肉を乗せてやる。
お皿からはみ出さんばかりの大きな肉に、揃って笑顔になる。
それから、ハスフェルから赤ワインをもらって、即席ソースを作る。
「あ、こう言うソースとかタレも、色々作り置きしておけば良いんだな。よし、今度時間がある時に考えよう。タレに漬け込んだ肉とかも作っておくのも良いよな」
自分の思いつきに満足して、作ったソースを大きなお椀に入れる。これは各自好きに取って肉にかけてもらう分だ。
「お待たせ。さあ食おうぜ」
俺がそう言うのを聞き、全員が手を合わせた。
俺の分は、一旦小さい方の机に綺麗な布を敷いてから一旦全部並べて手を合わせる。
「どうぞ、食べてください」
目を閉じてそう呟いた時、頭を軽く撫でられる感触に小さく笑った。
そして目を開くと、並べたステーキの皿を撫でるいつもの半透明の手。
うん、今日も神様達に無事に届いたみたいだね。
ひとつ頷いて、それを下げて大きい方の机に持ってくる。
三人も、どうやら食べずに待っててくれたみたいだ。
「ありがとうな」
食べようとしたら、オンハルトの爺さんに小さな声で礼を言われた。
「お礼を言われるような事じゃ無いよ。俺がやりたいからやってるだけだって」
爺さんが、黙って頷き持っていた赤ワインを捧げてくれた。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜っじみ! じゃん!」
シャムエル様がお皿を振り回し、俺の右腕にもふもふ尻尾を叩きつけながら踊っている。
最後にお皿を頭上に捧げて片足立ちのポーズを取る。
「あはは、お見事お見事」
笑って拍手をしてやり、ステーキの真ん中の赤身のところを大きく一欠片切ってやる。
「付け合わせもな」
ポテトと茹で野菜もちょっとずつ取り分けてやり、おにぎりもちょっとだけちぎってやる。
それから、差し出された小さな盃を見る。
「ええと、赤ワインとスープどっちにするんだ?」
「両方下さい!」
そう言って、どこからかもう一つ小さなお椀を取り出す。
「はいはい、じゃあこれはスープな。あ、ハスフェル、赤ワインここに入れてくれるか」
そう言って小さな盃を差し出すと、瓶からちょっとだけ上手に注いでくれた。
「はいどうぞ。ご希望の赤ワインとスープだよ」
お皿の横に並べてやると、大喜びでお皿の前でまた飛び跳ねて踊ってるよ。
「わあい、豪華だね」
踊り終えてお皿の前に座り、嬉しそうにそう言うと頭からステーキの皿に突っ込んでいった。
「おお、これまた豪快にいったな。ま、好きにしてくれ」
笑った俺も、改めて手を合わせてから大きく切ったステーキを口に入れた。
「うん、焼き具合完璧」
自分の仕事に大満足して、おにぎりを齧りつ豪快に肉を食べた。
「ま、どんな時でも飯が美味いのは大事だよな」
そう呟き、振り返って緑の波がさざめく草原を眺める。
日が暮れないここでは、時間の感覚も分からなくなりそうだ。
だけど、何となくわかる。恐らく外ではもう夜中なんだろう。
「飯を食ったらもう休むか。それで、明日はあの木の奥へ行くぞ」
おにぎりを齧りかけていた俺は、思わず食べる手を止めた。
「あの木の奥って……もしかして、あの、リンゴとぶどうのあった場所か?」
「そうさ。一応、あの後どうなっているのか確認しておく必要があるだろうからな」
正直言って、絶対行きたく無い。
だけど、安全を確認しておかなければならないと言うのも分かる。出来れば俺抜きで行って欲しいんだが、どうやら彼らの中では俺も一緒に行くのは確定事項になってるみたいだ。
「うう、了解です。じゃあ、食ったら早めに休むとするか」
諦めのため息と共に、肉の最後の一切れを口に入れておにぎりを齧った。
食後に緑茶を入れてやり、ゆっくり食後のお茶を楽しんでから、その日は早めに休む事にした。
「日が暮れないと、何だか夜になった気がしないな」
スライム達に、汚れた食器やフライパンを綺麗にしてもらいながらそう言うと、同じく空を見上げたハスフェルとギイが苦笑いして頷いている。
「このような飛び地は、言ったように閉鎖空間であるが故に陽の光が差さない。その為、中にいる人間の体内時計を容易く狂わせる。此処が、普通の人間には非常に危険な場所である一つの理由にもなっているな」
その言葉に、思わず俺の手が止まる。
「待て待て、また聞き逃せない事をサラッと言ったな。そんなのめちゃめちゃ危険じゃん。大丈夫なのかよ」
「心配するな、俺達は安定した体内時計と体内コンパスを持っているから、そうそう迷う事も狂う事は無いよ」
右肩に戻って尻尾の手入れをしているシャムエル様を見ると、満面の笑みで頷いてくれた。
「ケンにも、ハスフェル達と同じ体内時計と体内コンパスを与えてあるから安心してね」
「お、おう、ありがとうございます……そりゃあ、心強いよ」
ため息と共にそう言って、もう考えるのをやめた。
今更だよ。もうこうなったら、とことん奥まで行ってやろうじゃないか。
うん、何しろ同行者は全員神様なんだからさ。確かにこれ以上無い安全なパーティーなんだろう。
そう思う事にして、悶々としている頭の中のいろんな事を、全部まとめて明後日の方向にぶん投げておく事にした。
此処は安全だって、創造主様が言ってくれてるんだもんな。うん、そう思っておこう。
「それじゃあご馳走さん。美味かったよ」
三人がそれぞれにそう言って各自の張ったテントに戻る。
見送った俺も、開けていたテントの垂れ幕を降ろして大きく伸びをした。
「何だかもう、いろんな事が立て続けに起こり過ぎてよく覚えてないよ」
振り返ってちょっと考える。
「もう、安全なんだよな?」
思わず、シャムエル様に確認する。
「大丈夫だって言ってるでしょう。安心して休んで頂戴!」
ちっこい手で頬をバンバン叩かれて、慌てて手を出して止める。
「痛いって。じゃあ、いつもみたいに防具は脱いでも大丈夫なんだな?」
「大丈夫です!」
断言されて、笑って肩を竦める。
サクラにいつものように綺麗にしてもらい、身軽になった俺は、スライムベッドの上で寛ぐニニの腹毛に潜り込んだ。
隣にマックスが寝転がり俺をサンドする。背中側にラパンとコニーが巨大化して並び、俺の胸元にはタッチの差でフランマが潜り込んできた。タロンは俺の顔の横で丸くなる。
お陰で俺は、全身余すところなくもふもふに埋もれたよ。
出遅れたソレイユとフォールは、ベリーの所へ行ったみたいだ。
「じゃあ消しますね」
一個だけ付けていたランタンの明かりをベリーが消してくれる。
「ああ、おやすみ。明日は平和になるように、マジでお願いするよ……」
もふもふに埋もれた俺は、そう呟いたきり、そのまま気持ちよく眠りの海に垂直落下していったのだった。