地面の下からこんにちは
「無理無理無理無理! これは絶対無理〜!」
悲鳴を上げた俺は、転がって下がり、後ろにいたニニに咄嗟に飛びついた。
「ああ、癒されるよ、このもふもふ……」
思わずニニのもふもふな首回りの毛に埋もれて現実逃避する。
うん、あれは絶対俺には無理……。
だって、だって巨大化したセルパンの倍以上ある、ミミズ! だぞ!
一瞬見ただけだったけど、あの太さは俺の胴回りなんかより遥かに太いって。
ニニにしがみ付いて必死になって死んだフリをしていると、いきなり後頭部を叩かれた。
「こら、何を現実逃避しておる」
呆れたようなオンハルトの爺さんの声に、俺は必死になって首を振った。
「だから俺には無理だって。お願いします。お願いしますからサクッとやっつけて下さい!」
「こら、誰をサクッとやっつけるんだよ。全く好き嫌いの激しい奴だな。大丈夫だからこっちを見ろ」
同じく呆れたようなハスフェルの言葉に、俺は恐る恐る振り返った。
「へ? いや、無理無理!」
チラッと振り返ると、蛇のように頭をもたげた巨大なピンク色のミミズがこっちをこっちを見ている。と言うか、こっちを向いている。しかも、その頭の上には、俺のミスリルの槍が突き刺さったままなんですけど!
ミミズの何処に目があるのか知らないけど、そいつは確かに俺を見ている気がした。
「久しぶりだねウェルミス。そっか、今はここにいてくれたんだね」
俺の右肩に座ったシャムエル様の言葉に、俺は気が遠くなった。
まさかとは思うけど、この巨大なミミズさん……またしても神様の化身か何かっすか?
「おお、シャムエルでは無いか、久しぶりだな」
しかも、シャムエル様の呼びかけにそのミミズは嬉しそうに返事をしたのだ。
ミミズ喋ったー!
本気で気が遠くなりそうだが、これがまた腹が立つくらいにイケボ。
ってか、そこのミミズさん。ちなみに今どこで喋ったか聞いて良い?
「そりゃあお前、いきなり新しい土地に丸ごと挿げ替えられてみろ。お主にとっては簡単な事だろうが、大地の世界にとっては大事件だぞ。せっかく育てた土の子達が全滅してしまったのだからな。始まりの土以外は全くの真っ白な状態だ。このままでは、育ちすぎた巨木達が立ち枯れてしまう。それで我が来て大地の子達に力を与えていたのさ」
「うわあ、そうだったんだね実はちょっと緊急事態でさ。土の子達まで気が回らなかったんだよ、ごめんなさい」
俺の肩に座って、ミミズに向かって平然と今回の事件の顛末を話しているシャムエル様。
何、このシュールな絵面は……。
「シャ、シャムエル様……土の子って何ですか? でもってあのミミズ……何者?」
「彼はウェルミス。大地の守り神だよ。まあ、正確に言うと大地の神、レオの眷属だよ」
「あ、そうか、レオは確か大地の神様だったよな。ええと、つまり彼の部下?」
「まあ、ケンに分かりやすく言えば、それかな?」
まあ確かにミミズって土を作る虫だもんな。見かけはどうあれ、土壌生物の中でも大事な生き物だって聞いた覚えがある。
「で、土の子って何?」
「文字通り、土の中に住み土を肥やしてくれる大事な目には見えない生き物達だよ。それらがいなければ土は何の力も無い、ただの砂になってしまう」
無駄にイケボのミミズが、それはもう聞き惚れそうな良い声で教えてくれる。
「あ、要するに土壌生物全般の事だな。成る程、分かりました……」
のけぞりながらそう答える。
何処を見てるのかわからない顔の無いミミズは、正直言ってかなり怖い。
「其方が主人が言っていた異世界人だな。我らの世界を救ってくれた事、心より感謝するよ」
「あはは、その件に関しましては俺に言われてもさっぱりなので、こちらへお願いします」
笑って誤魔化し肩に座っているシャムエル様を示す。
「ああ、また私に丸投げしてるし」
「それよりあの……」
「ん? 如何した?」
巨大ミミズが首を傾げると言う、最高にシュールな光景を眺めて俺は虚無の目になる。
「頭に、その、俺のミスリルの槍が突き刺さってるんですけど……」
俺がそう言った瞬間、ハスフェルとギイが同時に吹き出す。
お前ら覚えてろよ。
しかし、ミミズは至って呑気に顔を上げて身震いした。すると、ポコって感じに抜けた槍がそのまま足元に落ちてきたのだ。
「うわっと。あっぶねえ!」
咄嗟に後ろに飛んで難を逃れた。
危ない危ない、あの位置だと下手したら足にぶっ刺さってたよ。
駆け寄って抜くと、今度は簡単に抜けた。
苦笑いして、とにかく物騒な槍を一瞬で収納する。
「珍しく地表近い位置で土作りをしていたら、いきなり頭がチクッとしてな。そうか、これだったのか」
平然とそんな事を言われて、俺はまた気が遠くなった。
まあ、神様の部下だもんな。ミスリルの槍如きでやっつけられるわけ無いか。
「あの、知らぬとは言え、大変失礼致しました。ええと、良かったら万能薬がありますので……」
かなりビビりつつ話しかけると、巨大ミミズは首を振った。
「お気遣い感謝するよ、大丈夫だ。我の体はかなり頑丈ゆえ、人の子の武器など、チクリとする程度だよ」
「あはは、それなら良かったです」
笑って頷き、ちょっと後ろに下がる。
うん、だんだん見慣れてきたのか、あの巨大なミミズがあんまり怖く無くなってきたぞ。
慣れってすげえな。
密かに感心していると、ギイに肩を叩かれた。
「話中悪いが、次が出てるんだけどな」
笑いながら頭上を指差している。
慌てて見上げると、これまた大きなヘラクレスオオカブトが現れて戸惑うように俺達の方を向いていた。
「おやおや、狩りのお邪魔をしてしまったようですね。では私は戻らせていただきます」
巨大ミミズがそう言って体をくねらせて戻りかけて止まる。
「異世界人よ、良ければ我からの祝福を受けてはくれぬか?」
「ああ、ケンで良いですよ。それより、祝福ですか?」
首を傾げると、シャムエル様が嬉しそうに頷いている。
「あ、はい……お願いします」
まあ神様が何かくれるって言うんだから、貰っておいて損は無かろう。その程度の軽い気持ちだった。
「ケン、大地の恵みが常に其方と共にあらん事を」
シャムエル様の時みたいに、更なる良い声でそう言ったミミズは、何と首を伸ばして俺の額にまるでキスするかのように頭の先をくっ付けたのだ。
その瞬間、ものすごい寒気のようなものが全身を駆け巡った。
完全に硬直して動けない俺からミミズが離れる。
「これで良い。ではさらばだ」
満足気に頷いたミミズは、先程出てきたあの地面に開いた穴に、モゾモゾと体をくねらせて潜り込んで行った。
「うわあ、これまたシュールな光景」
「失礼な事言うんじゃ無いよ!」
思わず口に出してしまい、シャムエル様に叩かれたよ。
あっと言う間にいなくなった巨大ミミズを見送った瞬間、まるで待ち兼ねたかのようなヘラクレスオオカブトの角を打ち鳴らす音で我に返る。
「おお、すっかり忘れてたよ。ええと次は誰だっけ? あ、俺か!」
苦笑いした二人が頷くのを見て、大きく深呼吸した俺は、急いで剣を抜いた。
構えた俺にヘラクレスオオカブトが向かってくるのを見て、二人が後ろへ回る。勝負がつくのはあっという間だった。
結局、その後まだまだ出てくるヘラクレスオオカブトと戦い続け、ようやく出てこなくなった時には、三人とも二桁になるジェムと大小の角を手に入れていたのだった。
「まさか、これほど手に入るとは思わなかったな。これなら俺達も剣を作っても良いな」
嬉しそうなハスフェルの言葉に、ギイも頷いている。
俺も少なくないジェムと素材を手に入れて、もう苦笑いするしかないよ。
「こうなったら、最初に手に入れたあの角は、逆に記念に持っていても良いな。それで剣にするならこっちから選べば良いよな」
まさかの大収穫に、大満足の俺達だった。