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ヘラクレスオオカブトとの戦い方

「う、うわあ……めちゃめちゃデカいじゃんか……」

 完全に逃げるタイミングを逸してしまい、真正面からほぼ向き合った状態で、木の幹を伝って下に降りてくる超巨大なヘラクレスオオカブトを呆然と見上げていた。

『ケン、そのまま静かに後ろに下がれ』

 緊迫したハスフェルの念話が届くが、俺は動けない。泣きそうになりながら小さく首を振る。

『目がさ……完全に俺を見てるんだよ。今、後ろに下がったら間違いなく突っ込んで来る……』

 何とかパニックになりそうな頭の中で、必死になってそう答える。



『分かった。そこを動くなよ』



 短い言葉が届いたきり念話が途切れるのが分かった。急に心細くなって本気で泣きそうだ。

「ど、どうすれば……」

 ここへ来たばかりの頃に比べたらそれなりに腕は上がったと思うが、さすがにあの巨大な角と正面から対峙出来る腕は無いと思う。

 情けないけど、事実だよ。



 ようやく冷静になって来た頭の中で、どうしたら良いか必死になって考えていた。

 剣を抜くのは、恐らく最悪手。

 角と同程度の長さの武器を俺が抜いたら、間違い無く戦いのゴングが鳴り響くよ。でもって、瞬殺される未来しか見えねえよ。


 だから却下。


「となると、とにかく逃げられれば俺の勝ちなんだけど……」

 ちょっとだけ下がってみたら開いていた角が大きくまた打ち鳴らされる。

 足が震えて、思った様に身体が動かない。

 完全に恐怖で身体が硬直してるよ。




『ケン! その場にしゃがめ!』



 いきなり頭の中にもの凄いハスフェルの怒鳴り声が聞こえて、俺は咄嗟にその場にしゃがんだ。

 まあ、腰が抜けて座り込んだとも言うな。

 次の瞬間、いきなり誰かに思いっきり肩を踏まれて悲鳴を上げつつも咄嗟に踏ん張った。



 後ろから駆けて来たハスフェルが、俺を踏み台にして思い切り飛び上がったのだ。



 手には、彼の愛用の巨大な剣が抜身で握られている。

 そのまま勢いよく飛び上がったハスフェルは、ヘラクレスオオカブトの背中に見事に剣を突き刺した。

「ギガガガガ!」

 金属を擦り合わせた様な軋む様な鳴き声を立ててもがいていたが、ヘラクレスオオカブトが巨大なジェムになる。

 そして、ハスフェルと一緒にあの巨大な角が真っ直ぐ下に向かって落ちて来たのだ。



「ひ、ひええ〜〜〜〜!」

 どっちに当たっても余裕で俺の人生終わる。情け無い悲鳴を上げて、俺はそのまま後ろに転がった。

「ご主人!」

「ご主人!」

 マックスとニニの声が聞こえた直後、俺はマックスの大きな手に払われて勢いよく向きを変えて横に吹っ飛んだ。

 しかし、そこには合体して大きく広がったスライム達が待ち構えていて、俺は頭からスライムネットに突っ込んでようやく止まった。



「おい、生きてるか?」



 笑いを堪えたハスフェルの言葉に、俺はまだ恐怖に硬直してスライムに突っ込んだ体勢のまま、壊れた玩具みたいに何度も頷いた。

「なんだ。また血塗れで瀕死のお前さんを介抱しなきゃならんかと思って、張り切ったのになあ」

 オンハルトの爺さんの残念そうな言葉に、ひっくり返った俺は思わず吹き出し、その場は大爆笑になった。



 ようやく身体が動く様になったので、なんとか自力で起き上がり振り返る。

「これは見事だな。ここまで大きな亜種は俺も初めて見たよ」

 ハスフェルの手から受け取った大きな角を、オンハルトの爺さんが感心した様にそう言って撫でている。

「うわあ、すごい! 俺が持ってるあの角の倍くらいあるんじゃね?」

 思わず駆け寄ってそう叫んだ。

「アクア、あのヘラクレスオオカブトの角、出してくれるか」

 そう言うと、金色スライムに合体したアクアゴールドがパタパタと飛んで来てあのヘラクレスオオカブトの角を取り出してくれた。

 並べてみると大きさの違いはまるで親子か!って突っ込みたくなるくらいに違っていた。

 初めてこれを見た時、オンハルトの爺さんが小振りだって言った意味がよく分かったよ。

 俺の分の角を片付けて、たった今確保した大きな角を見せて貰う。

 長さも太さも、俺が持っているのとは桁違いだ、しかも、色がこれ以上ないくらいに真っ黒で、見つめていると吸い込まれそうだ。

 ツルツルで光沢のある角の表面には、傷の一つも見当たらない。

「すっげえ……」

 確かにこれは他の素材とは桁が違う。

 なんというか、手にしただけで王者の貫禄みたいなものさえ感じられて俺は息を呑んだ。



「ほら、これも殺され掛けた記念だ。その角と一緒にお前さんに進呈するよ」

 笑ったハスフェルが、地面に転がる巨大なジェムを拾って渡してくれ、俺は慌てた。

「いやいや、これはハスフェルが仕留めたんだからお前のものだよ。俺はさっきの角で充分だって」

 慌ててそう言って返そうとしたが、ハスフェルは笑って首を振っているだけで、受け取ってくれない。



「欲のない奴だな。進呈すると言ってるんだ。良いからここは貰っておけ」

 オンハルトの爺さんにまでそう言われてしまい、戸惑いつつもお礼を言って改めてそれを見た。

「もう一度見せてくれるか」

 そう言われて、オンハルトの爺さんに二本の角を渡す。

「本当に素晴らしいな。良い剣になるだろう」

 そう言って二本の角の先にそっとキスを贈った。一瞬角が光ってすぐに元に戻る。

「ほら、大事に持っていなさい」

「あ、ありがとうございます」

 なんとかお礼を言って角を返してもらった。

 改めてそれを撫でてから、アクアゴールドに角を返した。



「気を付けろ。そろそろ、次が出るぞ」

 少し離れたところで黙って見ていたギイが、笑いながら上を指差す。

 見上げた俺はもう何度目か分からない悲鳴を上げた。

 だって、さっき程ではないが、充分に大きなヘラクレスオオカブトがまた現れて、こっちに向かって威嚇していたからだ。

「良いか。あれの攻略法を教えてやる。よく聞けよ」

 剣を抜いた真顔のハスフェルの言葉に、息を呑んで頷いた俺も、腰の剣を抜いた。

「さっきのお前の様に、正面側から向き合うとまずあの角にやられる。だから、正面からは近くで絶対戦ってはいけない」

 さっきの恐怖を思い出して、何度も頷く。

「逆に背中側、つまり真上か背後は死角になるので安全だ。ただし背中側も前側部分は角を大きく振られる可能性があるので、これも駄目だ」

 そう言って降りて来るヘラクレスオオカブトから視線を外さずに少し下がる。

 この巨木の周りは、まばらに雑草が生えているだけで、河原近くのような背の高い草は生えていない。

 お陰で視界も足場も余裕で確保出来る。

 ゆっくり下がる俺達に向き合うように、ヘラクレスオオカブトが地面に降り立つ。小さいとは言ってもさっきの半分ぐらい、俺が最初に出会ったのと、さっきの亜種の間ぐらいの大きさだ。

「攻撃するのは、背中の前羽の合わせ目。つまりあそこさ」

 いつの間にか、後ろに回り込んでいたギイが、一気に飛び上がって背中の前羽の間に、見事に剣を突き立てた。

 地面に縫い付けられたヘラクレスオオカブトは一瞬硬直した後、これも大きなジェムと角になって転がった。

 一大決心して剣を抜いたけど、戦う間も無く勝負はついてしまった。



「じゃあ、これはお前の分だな」

 ギイが、当たり前のようにハスフェルに角とジェムを渡す。

「分かったか? ヘラクレスオオカブトは武器を構えている人間に向かう性質がある。なので、必ず二人以上で組んで、一人が囮になって正面側で武器を構えるんだ。それでその間に仲間が背後から攻撃して仕留めてくれる。そして、ジェムと角は、一番危険な正面側に出て囮になった奴に所有権がある事になっている。分かったか?だから、さっきのジェムと角は正面側にいたお前さんに権利があるんだよ」

「囮になったつもりは無かったけどな」

 納得して苦笑いしながらそう呟くと、ハスフェルとギイは二人揃って大笑いしていた。



「しかし、お前さんは本当に災難に見舞われる奴だな。よほどの事が無い限り、素手でいる時に、ヘラクレスオオカブトに目を付けられる事なんて無いんだけどなあ」

 呆れたようなギイにそう言われて、俺はもう数える気もない大きなため息を吐いたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] またしても災難にみまわれるケン(´;ω;`)普通は武器を持っている相手にしか、攻撃しないはずのヘラクレスオオカブト… 亜種だからなのか、偶々ケンと視線があったからなのか?ケンの運が悪すぎるの…
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