シャムエル様の仕事
一体化したゴールドスライム達は、まだ俺のテントを飲み込んでモニョモニョやっている。
何となく話題も途切れて、スライムを眺めながらぼんやりしていると、座っていた俺の膝の上にいきなりシャムエル様が現れた。
しかも、何故だか毛皮がボサボサで妙にみすぼらしく見える。
「ああ〜ご飯に間に合わなかったあ〜!」
鼻をひくひくさせて周りの空気を嗅いだ後、いきなり半泣きになって俺の膝をバンバン叩き始める。
「こらこら、落ち着けって」
「ずるいずるい。自分達だけ食べて。私がヘトヘトになって後始末して来たっていうのに〜!」
どうやらみすぼらしく見えていたのは、気のせいじゃなくて本当に疲れていたみたいだ。
「だから落ち着けって。ちゃんとシャムエル様の好きなタマゴサンドを置いてあるよ。ほら、飲み物はコーヒーで良いか?」
俺の収納から、さっき片付けた半分のタマゴサンドを取り出して見せてやると、いきなり俺の手に縋り付いて来た。
「嬉しい! やっぱりケンは分かってくれているよね。さすがは我が心の友だね」
……俺、いつから創造主様の心の友になったんだろう?
遠い目になったが、ここは大人な対応をすべきだろう。
「あはは、シャムエル様の好物のタマゴサンドを見て、全部食べる程意地悪じゃないよ」
笑いながらそう言って、さり気なくややいつもよりもボサボサな尻尾を撫でて揉み揉みしてやる。
「どさくさに紛れて。私の大事な尻尾を弄ぶんじゃありません!」
空気に殴られて仰け反った俺を見て、ハスフェル達が吹き出す音が聞こえる。
「だあ! 暴力反対!」
腹筋だけで起き上がり、顔を見合わせて、俺達も同時に吹き出して揃って大笑いになった。
ようやく笑いが収まり、笑い過ぎで出た涙を拭いながら、手にしていたタマゴサンドをシャムエル様の前で振る。
「ほら、いつものお皿は?」
さすがに全部は多いだろうと思っていたのに、何故だかいつもの倍以上はある大きな皿を出してきた。
「はい、ここに乗せて!」
目をキラキラさせながらそう言われてしまい、渡した残りを食べるつもりだった俺は、苦笑いして諦め、そのままタマゴサンドを大きな皿に乗せた。
「わあい、いっただっきま〜す!」
妙にリズム良くそう言うと、ちっこい両手でタマゴサンドを鷲掴んで端から物凄い勢いで齧り始めた。
モシャモシャモシャモシャ!って擬音が聞こえてきそうな勢いだよ。
呆気にとられる俺の目の前で半分近くを一気食いしたシャムエル様は、一息付いて、残りはもう少しゆっくり食べ始めた。
「あ、ほら、コーヒー……」
コーヒーの入ったピッチャーを見せると、いつもの盃が俺の前に差し出された。何と、タマゴサンドを右手で抱えたまま左手でこっちを見もせずに盃を差し出してる。
「こら行儀悪いぞ。誰も取らないから、ゆっくり食べろよ」
苦笑いしてそう言ってやったが、またタマゴサンドを齧り始めた。説得するのはもう諦めて、コーヒーを盃に入れてやろうとしたが、さすがに直接は怖かったので、マイカップに一旦入れてから、ハスフェルに借りたスプーンで入れてやったよ。
そうしたら、サンドイッチを右手で抱えて齧りながら合間に片手でコーヒーを器用に飲み始めた。はっきり言って、お皿が活躍したのは渡した一瞬だけだったよ。
「もう、好きにしてくれ」
小さく笑って、マイカップにもう一杯コーヒーを入れてから収納した。
それから、シャムエル様が食べ終わるまで、俺もコーヒーでお付き合いしたよ。
夢中になってタマゴサンドを食べていたシャムエル様がようやく完食して、残りのコーヒーを一気に飲み干して大きなため息を吐いた。
「美味しかったです。ご馳走様。疲れた時はタマゴサンドに限るね」
目を細めて頬をぷっくりさせたシャムエル様が、嬉しそうにそう言って笑っている。
「お腹一杯になったか?」
「うん、もうすっかり元気だよ。さて、身繕いしないとね」
俺の膝に乗ったまま、せっせと身繕いを始める。
「フリーダムだなあ」
さすがは神様だよ。もう笑うしかない。
「あ、テントが出来上がってる」
振り返ってスライム達を見ると、俺のテントはもう出来上がっていて、今はハスフェルの使っている同じくらいの大きなテントを再生している真っ最中だった。しかも、もうほぼ出来上がってるっぽい。
「後は、俺達の一人用テントだから多分もう少し早いと思うぞ」
ギイの声に、頷いて膝の上のシャムエル様を見る。
「なあ、肩に移ってくれよ。修理の終わったテントを回収するからさ」
そう言いながら軽く膝を揺すってやると、一瞬で定位置の俺の右肩に移動した。
立ち上がって修理されたテントを一旦収納しておく。
「へえ、収納って慣れると便利だな。しかも、思ってたよりもかなりの量が入る感じがする」
「うんうん。かなり使いこなせてきてるね。良いよ良いよ。その感じでどんどん使って広げて行こうね」
「おお、頑張る……ん? 今なんか……広げるって、何を?」
今、シャムエル様の言葉に、意味の分からない言葉があったぞ。広げるって?
思わず右を向くと、あっ、って感じに手を口に当てて無言で俺を見返す。
「今の聞いた?」
「ええと、聞いちゃいけなかった?」
「いけないって事は無いんだけどさ。ああ、うっかり言っちゃったよ。驚かせてやろうと思ったのに」
悔しそうに足をじたばたさせながら不思議な事を言ってる。
しかし、意味が分からなくて首を傾げていると、笑ったシャムエル様が種明かしをしてくれた。
「以前言ったでしょう。ケンにあげた収納の量はその鞄十個分くらいだって」
確かにそう聞いていたので、素直に頷く。
「だけど、使いこなしているともう少し量が大きくなれるんだよね。ほら、硬い鞄だとあまり入らないけど、使いこなして柔らかくなってくると、案外沢山入ったりする事ってあるでしょう?」
「ああ、確かにあるある。つまり、俺の収納の量も、もう少し大きくなれる可能性があるって事?」
納得した俺がそう言うと、シャムエル様は苦笑いしながら頷いてくれた。
「いつか、すごく大きな物を収納出来て、ケンがびっくりするのを見ようと思って楽しみにしてたのにさ。残念」
口を尖らせてそんな可愛い事をいうシャムエル様を、俺は笑って突っついてやった。
「ところで、今回のあの問題の空間の核になってたあの木、あれは何故あんな事になったんだ?」
すっかり寛いでいた俺達の背後から、ハスフェルの声が聞こえて俺は振り返った。
三人が、揃って真顔でシャムエル様を見つめている。
どうやら、神様達にとっても、今回のあの事件は看過できないものだったらしい。
「碌でもない話だけど、聞きたい?」
「碌でもない話であろうと無かろうと、聞かんわけにはいくまい」
嫌そうなオンハルトの爺さんの言葉に、ハスフェルとギイも同じく嫌そうに頷く。
「もう千年近くも前の話。あの場に迷い込んだ一人の男がいた。彼の人生に何があったのかまでは解らない。だけど、彼は、とにかく誰かを気が狂う程に憎んで、そして恨んでいた。憎んで憎んで憎み続けて、恨みつらみを吐き出し続けて、あの辺りで力尽きて亡くなった。そしてそこから新しい植物が誕生した」
その瞬間、俺達は揃って口を覆った。
「あ、言っておくけど、マナの強い箇所で生き物が死ぬと、そこで稀に新種が誕生する事があるんだ。それは言ってみれば、その魂を浄化させてやり、次の新しい命の糧となってもらうための仕組みだよ。元々この世界を構築した時に最初から組み込んである仕組みだから何ら問題は無いよ。だけど普通は徐々に広がっていき、この世界の中に同化していくんだけど、あそこは完全な閉鎖空間だったからさ。あの中で、成長と崩壊を続けていたんだ。だけど、これで一旦全部この世界に同化したから、あの甘くて美味しい果物も、いずれ世界の一部になると思うよ」
「いや、だけど……」
「それがさ。その男の憎しみと恨みは死してなお消えなかった。まあ、あれだけ強い地脈の吹き出し口、つまりマナの濃い場所でそれほどの強い思いが残ったもんだからさ、それがどうやらあの閉鎖空間に悪い影響を与えたらしくてね。普通なら与えるだけの場所の筈なのに、核になり得る程の強い木がその感情を引き受けてしまった。その結果、あんな事になった訳。こんな事は私も初めてでさ。もう原因を探る為に千年分ものあの地の記憶を遡ったんだよ。本気で全部放り投げてやろうかと思うくらいに大変だったんだからね」
「そ、それはご苦労だったな」
「ああ、全くだ。それは大変だったな。まあゆっくり休んでくれ」
ハスフェルとギイはそれを聞いて、完全にドン引いてる。今にも逃げ出しそうだし、オンハルトの爺さんはもうさっきからずっと笑っている。
「そりゃあお疲れさんだったな。お前さんの手際の良さと勤勉さに心からの賛辞と感謝を贈るよ。我らの創造主殿に祝福あれ」
一瞬、右手で何かを描くように動いた爺さんの手が、そのままシャムエル様の頭をそっと撫でる。
嬉しそうに目を細めたシャムエル様は撫でられてなんだか嬉しそうだ。
「まあ、そんな感じで原因も判明したし、彼の魂は出来る限りの浄化処置を施して、あの場は念入りに消去したからね。今頃きっと、無垢な魂に戻って新しい身体を探してるよ。今度こそ、良い人生が送れると良いね」
「それなら良かった。彼の魂が安らかであるよう願うよ」
オンハルトの爺さんはそう言うと、スライム達を見て笑顔になった。
「おお、テントの再生が終わったようだぞ。では行くとするか」
駆け寄って、綺麗になったテントを一瞬で収納する。ギイも同じく自分のテントを一瞬で収納した。
「それじゃあもう一度、あそこへ……やっぱり行くの?」
「当たり前だろうが!」
振り返って嫌そうにそう言うと、三人だけじゃなくシャムエル様にまで声を揃えてそう言われた俺は……やっぱり間違ってる?