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鞍を買う

 ぺしぺしぺし……。


「うん、起きるよ……」


 ぺしぺしぺしぺし……。


「だからもうちょっとだけ、待って、って……うわあ!」

 寝ぼけて返事をしていた俺は、いきなり世界がひっくり返って叫んで目を覚ました。

 正確に言うと、もたれていたマックスが起き上がった為に、背中から一回クルッと転がって、ベッドから落ちたのだ。


 間抜けな音がしてベッドから落ちて床に転がり、俺は呆然と高い天井を見上げた。


「おいおい、今日はずいぶんと乱暴なモーニングコールだなあ」

 幸い背中から落ちた為に何処も怪我していない。笑って文句を言いながら立ち上がった俺に、いきなり背後からマックスが突進して来て、またしても俺はベッドに吹っ飛ばされて逆戻りした。

「ちょ、待てって。お前、今の自分の体の大きさを考えて動けよな。俺はまだ死にたくないぞ!」

 俺を押し倒したマックスは、何故だか大興奮して、俺の体に乗り上がるようにして、舐め回して甘噛みしてくる。ちょっと本気で動けないんですけど!


「待て待て、ステイ! マックス、ステイだ!」

 必死で大声で叫んだ俺の言葉に、我に返ったらしいマックスが離れてお座りをした。

 おお、大きくなってもこの言葉は有効だったらしい。ちゃんと躾けておいて良かった。


「一体、朝から何なんだよ。お前は」

 起き上がった俺は、マックスを顔を挟んで揉みくちゃにしてやった。

「ご主人、ヒドイです! 昨夜はもう気になって気になって仕方がなかったんですからね! 私の背中に何があるんですか? 早く教えてください!」

 まだちゃんとお座りしたまま、尻尾をちぎれんばかりに振り回してそんな不思議な事を言う。

「はあ、何の話だ?」

 首を傾げる俺に、マックスも同じく首を傾げた。

「え? だって、ご主人が寝る前に言ったんですよ。私の背中にさあ、って! そのまま寝てしまったから、続きが聞こえなかったんです。一体何があるって言うんですか?」


 暫く考えて、ようやく何を言っているのか分かった。


「あはは。ごめんごめん。そうだな、確かに言ったよ。いや、もう暫くしたらこの街を出るだろう。その時に、長旅をするならずっとお前の毛を掴んでるのも大変だしさ。お前の背中に、鞍を乗せても良いかって聞こうと思ったんだよ」

「鞍? それって何ですか?」

 不思議そうに聞き返された。あ、さすがに犬は鞍を知らなかったか。

「ええと、馬に乗せるのが普通なんだけど、小さな椅子みたいなので、人間が上に乗る時に座れるようになってるんだ。時々見かける馬に人が乗っているだろう? あれは鞍を乗せてその上に座ってるんだ」

 俺を言葉を聞いて、考えていたマックスは、納得したようだった。

「ああ、確かに何か付けていますね。どうでしょうか? あれをそのまま私に乗せるのは、ちょっと無理がある気がしますが?」

「うん。だからまた革工房へ行って、あのおっさんに相談しようかと思ったんだよ。それで、その前にお前に嫌じゃないか聞いておこうと思ってさ」

「ご主人が楽になるんなら、良いんじゃありませんか? 私が動きにくくなるのは、困りますけれど」

「その辺りは俺も素人だからさ。じゃあ何か食ったら革工房へ行ってみるか」

 話がまとまったので、顔を洗って身支度を整えると、朝飯の為に、まずはいつもの屋台の並ぶ広場へ向かった。


 屋台でコーヒーを買いカップに入れてもらう。それからコーヒーを片手に、ゆっくりと屋台を見て回った。

「あれって菓子パンみたいだ」

 端の方に、初めて見る荷馬車をそのまま店にしているパン屋を見つけた。しかも引いているのはロバっぽい。おお、まさしくロバのパン屋さんだ!

 俺が買ったような定番のパンの横に、メロンパンっぽいものが置いてある。

 マックス達に少し離れたところで待ってもらって、俺はそのパン屋の前に行った。

 うん、これは間違いなくメロンパンだ。

「いらっしゃいませ。そちらは新作のクッキーパンです。思い付いて甘いパンを作ってみたんですが、中々売れなくて……」

 言葉を濁す店番のおばさんに笑いかけて、まずは一つ買う事にした。

「一つもらうよ、幾ら?」

「ありがとうございます! 銅貨一枚になります」

 嬉しそうなおばさんがメロンパンを取り出しながらそう言った。銅貨一枚、百円だな。

 パンを受け取り、マックス達のところへ戻って立ったまま一口食べてみた。

 うん、紛う事なきメロンパンだ。

 あっという間に完食した俺は、振り返って今のパン屋を見た。

 他のパンは、そろそろ品薄だが、メロンパンは恐らくかなり残っているようだ。

 これは買いだな。


 頷いた俺は、もう一度さっきの店に行った。

「あら、さっきの方ですよね。お口に合いませんでしたか?」

 俺が文句を言いに来たと思ったようで、しょんぼりとそんな事を言う。

「いや、そのパン、全部もらうよ。幾つある? それ、外はカリカリ、中はふわふわで、もう最高に美味かったよ」

 俺の言葉に、おばさんはパンを取り出しながらとても嬉しそうだ。どうやら本当に売れてなかったみたいだな。

「良かった、美味しいって言ってくださる方がいて。しかもこんなに買っていただけるなんて」

「売れなかったの? 美味しいのに。それなら朝よりも、甘い間食が食べたくなる昼から出した方が売れるんじゃないか?」

 そう言ってやると、おばさんは目を瞬かせて考えた。

「確かに、言われてみればそうかもしれませんね。じゃあ、今度は午後からの分で焼いてみます」

「売れるように祈ってるよ」

 俺の言葉におばさんは笑顔になった。


 メロンパンの在庫は、全部で24個あった。

 銀貨を三枚渡して、持っていた大きな袋に、残りの金額分、適当に他のパンも入れてもらった。

 うん、実はメロンパンも好きなんだよな。よしよし。食料在庫がかなり充実してきた。これなら旅に出ても食料の心配はなさそうだな。

 その後、肉屋に寄って、ステーキ用の厚切り肉を大量買いしたよ。以前売っていなかった、生の豚肉も売っていたから、それもがっつり購入。

 これでトンカツが出来るぞ! っと、脳内でガッツポーズをした事は内緒だよ。


 それからのんびりと革工房へ向かった。


 店に到着したら、丁度店を開けていたところだった。

「おう、お前さんか。おはようさん。で、朝からどうした? 何か問題でもあったか?」

 心配そうなおっさんに首を振って、そのまま一緒に店に入る。

「まあ、そこらに座っててくれ。すぐ戻るからな」

 おっさんは、ワゴンを店の前に出して品物を並べている。

 言われた椅子に座って、俺は改めて店内を見渡した。

「革細工って言っても、色んな種類があるんだな。あ、鞍発見。へえ、鞍って言ってもいろんな大きさがあるんだ」

 思わず立ち上がって、棚に置かれたそれをまじまじと見てみる。

「どうやって作ってるのか、さっぱり分からないよ」

 振り返って後ろについて来たマックスを見る。

「お前に乗せるなら、このくらいの大きさはいるかな?」

 一番下に置かれたその鞍は、他よりも一回り以上大きく、はっきり言って、馬用じゃないと思う程の大きさだ。


「何だ。 鞍なんか見て」

 戻って来たおっさんの声に、俺はその鞍を指差した。

「このマックスに鞍を載せたいんだけど、それって可能ですか?」

「魔獣に鞍だと?」

 驚くおっさんは、無言でマックスを見る。黙って近寄って来てもっと見た。居心地悪そうにマックスが身じろぎしたが、大人しくしている。うん偉いぞ。

「これに乗せるなら、鞍より問題はベルトだろうな」

「ベルト?ああつまり、鞍を固定するためって事か」

「そうだ。こいつの骨格なら、固定しないで乗せて走ったら次の瞬間後ろに吹っ飛ぶぞ」

 なんとなく納得したが、それなら無理なんだろうか?

「じゃあ、鞍を乗せるのは無理か」

 残念そうな俺に、慌てたようにおっさんは手を振った。

「待て待て、諦めの早い奴だな。逆に質問だ。そいつの体にベルトを巻けるか?」

「どうだ? ベルトを巻いても構わないか?」

 俺の質問に、マックスは困ったように俺を見た。

「あまり窮屈に締め付けられるのは、正直言ってやめて欲しいですが、どれくらい巻くんでしょうか?」

「ええと、仮に作るとしたら、実際どんな感じになりますか? 素人なんで、分かりやすくお願いします」

 俺の言葉に、おっさっんはこっちへ来て、あの一番大きな鞍を棚から取り出した。

「こいつは以前、熊の背中に乗せるんだって言った貴族の為に作った試作品だよ。これなら大きさ的にも大丈夫だろう。乗せてみるか?」

 まさか、マックスのサイズの在庫があるとは思っていなかったので、俺は頷いてその大きな鞍を受け取った。

「乗せてみればいいのか?」

「そうだな。で、ベルトの位置を教えるよ」

 マックスに伏せてもらって、背中に鞍を乗せてみる。

「おお、大きさぴったりじゃん」

 感心したような俺の声に、おっさんは別の棚から革の束を持ってきた。

「固定するのに本数が少なく済むのは、これだな」

 そう言って、マックスに丁度ハーネスを巻くみたいに、前足の付け根にベルトを回した。

「それでこの部分を繋げば良いだろう。こんな感じだな。それからこいつの口に、馬銜(はみ)は噛ませられんだろうから、手綱は首輪に取り付けるのが良かろう。ベルトだけならすぐに出来るぞ」

 おっさんは、マックスを怖がりもせずに屈んで腹側を覗き込み、前足のベルトをつなぐ仕草をした。

 成る程、胸の下側でH型に左右のベルトを繋げば、確かに固定するな。

「それで一度作ってもらえますか?」

 嬉しそうに頷いたおっさんは、一旦マックスに乗せた鞍とベルトを全部外した。

「了解だ、ちょっと待っててくれ。ああ、その従魔に俺は餌じゃないんだって、ちゃんと言い聞かせといてくれよな」

 笑いながら、冗談に聞こえない笑えない台詞を残して、おっさんは一旦奥へ引っ込んでしまった。


 そして、大きな箱を抱えて戻ってきた。

 箱の中には、幅の違う何種類もの革のベルトが束になって、山のように入っていた。

「大きさを測るから、大人しくするようにな」

 そう言って、マックスのすぐ近くへ来たので、俺は念の為マックスの首の横に立った

「おっさんがサイズを測ってくれるから、大人しくしててくれよな」

「分かりました、では、いいと言われるまでじっとしています」

 おっさんがあちこち必死になってサイズを測っている間、マックスはじっと大人しくしていてくれた。

「よし、これで良い」

 そう呟くと、おっさんは幅の広いベルトを何束も取り出して大きな作業机に山積みにして、いきなり作業を始めた。

 革を測って切る。金具を取り付けて留め具を打ち付ける。その作業を何度も繰り返し、恐らく一時間ぐらいで不思議なハーネス型のベルトが出来上がった。

 おっさんに言われて側へ行き、取り付け方を詳しく教わった。

 なんて事はない。要は、マックスにこのハーネスのような固定用のベルトを前足を通して装着させて、鞍に付いている金具と繋ぐだけだ。

 首の部分を、これも付いている金具を巻いて首輪と繋げば手綱も固定できる仕組みだ。背中側のラパンのカゴには影響無し。

 すげえ、立体なのにこのジャストフィット感。おっさん天才かよ。


「裏庭は広いから、そこで乗ってみろよ、不具合があれば直すから」

 そう言われて、店の奥の扉を開いてくれた。

「おお本当に中庭がある」

 かなり広いので、これなら少しぐらいはマックスでも歩けそうだ。

 伏せてくれたので、楽に鐙に足を掛けて一気に背中に上がり、鞍に座ってみた。

「良い、すごく良い! これ最高かも!」

 座り心地も良いし、何より安定する。

 手綱を持ってみてマックスに聞いてみる。

「どうだ? 嫌な所とかあったら言ってくれよな」

 少し考えて、身震いするように首を振った。若干揺れるが、ちゃんと固定されている。

「大丈夫ですね。思ったよりも窮屈感もありませんし、軽いです。正直言って、あまり付けている自覚が無いくらいです」

 中庭をゆっくりと一周した後、少し早めの駆け足でも一周してみた。

「おっさん完璧。最高だよ」

 はい、おっさんのドヤ顔頂きましたー!



 一旦中へ戻り、もう一度説明を受けた。うん、後はもう慣れだね。頑張って覚えるよ。

 真剣に頷いてお礼を言った俺は、鞄から巾着を取り出した。追加のお金をしっかり入れてあるから、少々の金額は大丈夫だぞ。

「鞍とベルトで、金貨20枚だな」

 金貨を取り出して数える俺をみて、おっさんはまた大きなため息を吐く。

「だからなんで値切らねんだよ、お前さんは!」

「ええ、金を払うのに怒られるって、納得出来ないぞ」

 笑いながら、金貨を20枚渡すと、おっさんは受け取ってまた泣きそうな顔になった。

「お前さんみたいな奴もいるんだな。ありがとうよ。良い仕事させてもらったよ。ああ、これはサービスだ。多分これも合うだろう」

 棚から持ってきたのは鞍の後ろに乗せて使う、鞍袋だった。

「この鞍を作った時に、これも作ったんだよ。だから大きさは合うはずだ」

「買うって、駄目だよそんなの」

 慌てる俺に、おっさんは首を振った。

「こいつも試作品だよ。どうせ、お前さん以外使うあてなんてない大きさの物だから、遠慮無く持って行ってくれって」

 要するに、普通の馬に使うにはデカすぎるらしい。

 受け取って乗せてみると、ちょど左右に分かれて物を入れられるようになっている。たしかに、あれば便利そうだ。

「じゃあ、今日使ってみて、何かあればまた来るよ」

「そうだな、いつでも言ってくれ」

 表に出る俺について来て、おっさんは店の外まで出て見送ってくれた。


 見送るおっさんに手を振って、俺たちは店を後にした。

 新しい鞍、乗り心地最高だよ。

 旅に出るのが楽しみになってきたね。

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