飛び地での野営
「それで、この後はどうするんだ? まだ何か出るのか?」
貸してもらった長い竿を戻しながら、俺は改めて巨木を振り仰いだ。
今は幹も静かで見る限り何か出て来ている様子はない。
「そろそろ腹が減って来てるんだけど、時間はどうなんだ?」
さっきから気になっている、ここへ来てもうかなりの時間が経っているはずなのに、全く暗くならない空を見上げてそう尋ねると、ハスフェル達三人は顔を寄せ合って相談を始めた。
「どう思う?」
「ここは滅多に来られない上に、まだ一切手つかずの場所だからな。特にカメレオンビートルの素材とカメレオンシケイダの翅は、出来ればもう少し集めておきたい」
「そうだな。この後、もう一度カメレオンビートルが出るようなら、もう出るジェムモンスターは一巡りしてるって事だから、それならもう一巡するか」
そこまで言って、ハスフェルが俺を振り返った。
「ケン、料理の仕込みはどんな感じだ?」
「ええと、まあ一通りの仕込みはしてるから大丈夫だぞ。肉を焼いたりするのは、その場でも出来るしな。強いて言えば、サンドイッチ系をもうちょい作っておきたいくらいかな」
「それなら一泊しても大丈夫だな。じゃあここは一旦撤収して場所を変えよう」
そう言ってそれぞれの従魔に飛び乗る。
ギイに短くした竿を返してもう一度巨木を見上げてから、俺もマックスに飛び乗り三人の後を追った。
さっき来た茂みを越えて、何もない水の枯れた河原みたいな場所の前まで戻って来た。
「この辺りでいいかな」
ハスフェルとギイが周りを見回して頷き合い、ゴールドスライムになっていたそれぞれのスライム達に何か言っている。
「ケン、お前のスライム達も出してくれ。先に、この辺りに野営用の空き地を作るぞ」
「ああ、スライム達に草刈りさせるんだな。了解」
アクアゴールドになってニニの背中にいたのを下ろしてやり、いったんバラけてもらう。
「じゃあ広くするね〜!」
スライム達が嬉々としてそう言い、俺の背より高い草をどんどん倒し始めた。そのまま身体の中に飲み込んで溶かしていく。
「美味しい!何これ美味しい!」
「本当だ。美味しいね!」
いきなりそう言ってスライム達が騒ぎ出し、ものすごい勢いで周りの草を食べ始めた。
今のスライム達はバスケットボールくらいの大きさになってるから、とにかく仕事が早い。
あっという間に、ちょっとした運動場くらいはありそうな場所が確保された。
「ちょっとやり過ぎ。三人分のテントが設置出来ればそれで良いのに」
苦笑いしながら周りを見回してそう言うと、跳ね飛んできた得意気なアクア達を順番に撫でてやった。
「まあ、どうせ数日ですぐに元通りになるさ。気にするな」
笑ったハスフェルがテントを取り出すのを見て、俺も自分用の大きい方のテントを取り出して組み立てた。
スライム達に手伝ってもらって、あっという間に出来上がったのだが、何だかスライム達の様子が違う。上手く言えないんだけど、ものすごく元気になってるみたいだ。動きがキビキビしてて素早い。
「なあ、大丈夫か?何だかいつもと違うみたいだけど?」
足元に来たサクラに机や椅子を取り出してもらいながらそう尋ねると、サクラは得意気にビヨンと長く伸びた。
「あの草は、もの凄く美味しかったの。何だかよく分からないけど、力が湧いて来たんだよ」
ランタンに火を入れながら、ちょっと考えて机に座って身繕いをしているシャムエル様に聞いてみた。
「なあ、サクラがこんな事言ってるけど、ここに生えてる植物って、外とは違うのか?」
尻尾を離して伸びをしたシャムエル様は、呆れたように俺を見てこれ見よがしのため息を吐いた。
「ケンったら相変わらずだね。言ったでしょう? ここがどういう場所か」
「ええと、森の中にある空間が歪んだ場所で、地脈の吹き出し口なんだろう?」
「そうだよ。そんな場所に生えている植物のマナの含有量が、外の植物と一緒の訳はないでしょう? そもそも、この大きさを見れば、普通じゃないのは分かると思ってたんだけどなあ」
当然のようにそう言われて納得した。
「あ、そうか。そりゃ美味しく感じる訳だ。じゃあ、ラパンやコニーも、この草を食べれば良いのか」
「そうだね。一回食べれば、外での数十回分に相当する量のマナが摂取出来るよ」
「そうなんだってさ、じゃあ順番に食べて来いよ」
振り返って寛いでるラパンとコニーに言ってやる。
「あ、そうだね。じゃあ食べてきます」
「私も行ってくるね」
そう言うと、二匹はいきなり巨大化して嬉しそうに走って出て行ってしまった。
「一応確認するけど、ジェムモンスターと出会すような事無い?」
「まあ、ここはそれほど危険なのはいないから大丈夫だよ。万一、カメレオンビートルが近づけば、ラパン達にはわかるから、すぐに逃げるって」
「そっか、それなら大丈夫だな。ええと、肉食系のマックス達の獲物は?」
「ここは、普通の生き物はいないよ。狩りをさせるならさっきの森へ行けば良いよ。あそこも地脈の影響をかなり受けてるから、この森の生き物達は皆、マナの保有率はかなり高いからね」
「そうなんだって。腹は? まだ大丈夫か?」
俺の言葉に、ニニとマックスが顔を見合わせる。その後ろではソレイユとフォールが起き上がって伸びをした後一気に巨大化した。
「確かに、出来れば今のうちに狩りに行きたいですね。じゃあ夜の間に交代で行く事にします」
「私達も行きます!」
ソレイユとフォールの返事に、笑って頷いて外を見た。
まだテントの垂れ幕は開けたままなので森側を見ると、出てきた時に金色ティラノサウルスになったギイが踏み潰したいばらの茂みがまだそのままで、綺麗な道になっている。
「ええと、だけどあの河原もどきって、ジェムモンスターは越えられないんじゃなかったっけ? あれ? だけど来た時、マックス達は普通に通ってきたよな?」
不思議に思って首を傾げると、右肩に現れたシャムエル様に頬を叩かれた。
「テイムしてる従魔は普通に通れるよ。来た時、普通に通ってきたでしょう? 全員、君に紐付けされているから大丈夫だよ」
ほう、成る程。さっぱり分からん。
まあ、神様が大丈夫だって言ってくれるのなら、大丈夫なんだろう。
って事で、疑問はまとめて明後日の方向にぶん投げておく。うん、いつもの事だ。
まずは猫属軍団達が狩りに出発した。タロンも巨大化して一緒に行ったみたいだ。
「じゃあ、今の間に私はこの辺りを確認してきますね」
そう言ってベリーとフランマは、姿を現したまま茂みの中に飛び込んで何処かへ行ってしまった。
「あれって、大丈夫?」
「心配無いって」
何故だかドヤ顔のシャムエル様に言われて、まあ賢者の精霊と最強の炎の使い手の心配を俺がするのはおこがましいよな。との結論に達して、気にしない事にした。
それぞれテントを設置して俺のテントに集合する。
「じゃあ、今日は作り置きでいいな」
適当に揚げ物やハンバーグを出してやり、好きに取れるようにしておく。サイドメニューは野菜スープと味噌汁、ジャガイモの煮っ転がしと温野菜の煮浸し。それからだし巻き卵。
俺はおにぎり、ハスフェル達はパンだろうから簡易オーブンも出しておいてやる。
「はい、好きにどうぞ」
この、各自好きに取る方式が一番楽で良いよ。
俺は、チーズインハンバーグとポテトサラダと温野菜を一つの皿に取り、
おにぎりと味噌汁も用意して、取り出した空の木箱に布を被せてからそこに並べた。
マイカップに緑茶もいれる。
「作り置きですが、どうぞ」
手を合わせてしばらくしてから顔を上げると、あのいつもの手が料理を撫でているところだった。
消えるのを待ってから机に戻して、改めて手を合わせてから食べ始める。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ!じゃん!」
片手にお皿を持ち、もう片方の手は尻尾の先を摘んで、まるで尻尾を相手にダンスを踊っているみたいだ。
今までは例えてみればヒップホップ系ダンスだったが、これはなんて言うか、以前部長が習いに行ってた社交ダンスみたいだ。
ワルツとかそんな感じ。
「あはは、また新作だな、格好良いぞ」
笑ってもふもふな尻尾を突っついてから、ハンバーグの真ん中のチーズのたっぷり入ったところを、大きく切り分けてやった。
嬉しそうにチーズインハンバーグを齧るシャムエル様を眺めながら、俺も自分の分を食べ始めた。
さて、この後は、何が出るんだろうね?