次はセミ捕り三昧
「ほら、起きろ。もうそろそろ次が出るぞ」
ハスフェルに軽く蹴飛ばされて、俺は渋々起き上がった。
「なあ。ちょっと聞いても良いか? 要するに、この木が地脈の吹き出し口で出現場所な訳なんだよな。どうして同じ箇所からこんなに何種類も出るんだ?」
今までなら、一か所の地脈の吹き出し口から出てくるジェムモンスターは、一種類だったはずだ。
地下洞窟でも、基本的にはそうだった気がする。
しかし、ここは一本の木から二種類以上のジェムモンスターが出現している。
遥かに高い巨大な木を見上げて俺が質問すると、隣にいたハスフェルが振り返った。
「言っただろう、ここはそもそも普通の場所じゃ無い。森の中に出来た、言ってみれば飛び地なんだよ。だから当然地脈の流れ方が違う」
「ええと、どう違うんだ?」
「この飛び地の場所そのものが、地脈の吹き出し口なんだよ。その強力な地脈の影響で巨大化した木が、更に地脈の流れを整えて引きつける。その結果、同じ箇所に複数のジェムモンスターの出現孔が出来たって訳だ」
成る程。さっぱり分からん。
「普通なら、出現したジェムモンスターはこの木を離れて草地を抜けて、俺達が越えてきた、草が全く生えていなかったあの場所へ到達する。あの場所はジェムモンスターは越える事が出来ない特殊な場所でな。ジェムモンスターはそこに立ち入った瞬間、有無を言わさず外の世界に飛ばされる訳だ」
「へえ、つまりあの何もなかった水の枯れた川みたいな場所が、ジェムモンスターの出口って訳か」
「ちなみに、ある一定時間内にあの岩場に到達できなかった奴は、地脈に同化して消滅して、ジェムそのものも消滅する。それで、またそのうちジェムモンスターになって出現する。つまり、ジェムモンスターとして出て来ても、全ての個体が外の世界へ出る訳じゃ無いんだよ。しかも、ある程度の決まった範囲はあるが、岩場から飛ばされて地上の何処に出るかはランダムなんだよ。だから、通常まとまって同じ場所にいる事が多いジェムモンスターが、何故だか一匹だけでいるって事になる。な、つまり滅多に会えない超珍しいジェムモンスターの出現って訳だ」
「へえ、それも凄いな。じゃあ本当に外の世界でここのジェムモンスターに会うのは、偶然以外は無いってことだよな」
感心したような俺の言葉に、横で聞いているギイとオンハルトの爺さんも笑って頷いている。
うう、きっとこんな知識も彼らには常識なんだろう。すみませんね、世間知らずで。
感心していてふと気がついた俺は、思わず手を打った。
「あ、つまり俺達があのヘラクレスオオカブトに会った時も、それだった訳か!」
笑った三人が頷くのを見て、俺も納得した。
確かに、あの時も、突然一匹だけ出現したんだった。
あの時は、まだ殆どこの世界の事を何も知らなかったから気にしてなかったけど、確かに改めて考えたら、あの一匹だけの突然の出現はあまりにも不自然だったもんな。
「ああ、その通りだ。ヘラクレスオオカブトは、残念ながらここでは出ないみたいだな。バイゼンに近い場所に有るんだが、あそこへ行くのもかなり大変だぞ。まあ、ティラノサウルスのギイがいればなんとかなる……かな?」
「待て待て、なんで疑問形なんだよ。大丈夫だよ、ヘラクレスオオカブトのジェムも角も、もう持ってるから!」
行こうと言われたら大変だと思い、慌てて俺は顔の前でばつ印を作って叫んだ。
ああ、ハスフェルの奴、鼻で笑いやがった!
「まあ、その話はまた後でな。そろそろ出るぞ。次はカメレオンシケイダみたいだな」
その言葉とほぼ同時に、妙な間延びするような音が聞こえて来た。
「何だ? 何処かで聞き覚えが……ああ、シケイダってセミの事か!」
見上げた巨木の幹には、多分1メートルクラスの巨大なセミがあちこちに湧いて出ていた。あの奇妙な音は、そのまんまセミの鳴き声だったよ。
「あ、しかも羽根が透明な奴と茶色いのがいる!」
嬉しくなった俺は、左肩のファルコを見た。
「ええと、これもまた落としてもらうのか?だけどあれは、払ったらそのまま飛んでいきそうだよな?」
「そうですね、私とプティラは幾らかは捕まえられるから大丈夫でしょうけど、恐らくほとんどはそのまま飛んで逃げて行ってしまいますね」
ファルコも困ったようにそう言って見上げている。
「なあ、どうする……何それ?」
振り返って見ると、ハスフェル達は何やら細長い棒状の物を取り出して組み立てる真っ最中だった。
「俺は何本か持ってるから貸してやるよ。ほら、自分で組み立てろ」
ギイに言われて、慌てて側へ行く。
渡されたのは、俺の背よりも長い棒で、やや先の方が細くなってる。一番太い根元の部分でも直径は15センチってところだ。
「ここに内蔵されているから、引っ張り出して長くするんだよ」
先の部分を覗き込むと内蔵式の釣竿みたいになっていて、2メートル弱くらいのその棒の中に、何段にも重なった輪っかが見えた。
真ん中の先端部分が妙に平らになった一番細いのを引っ張り出し、次々に引っ張り出していくと、最終的には10メートル以上はある長い棒になった。
かなりしなやかだが、硬くて頑丈そうだ。
「この先の平たい部分にこれを付けるんだ。で、あのシケイダを貼り付けて捕まえるんだよ。お前が捕まえて落とせば、後は従魔達がやっつけてくれるぞ」
上を指差して言われ、後ろを振り返るとやる気満々のマックス達が並んでいる。
「あ、そうかわかった。これって、爺ちゃんから子供の頃に聞いた事があるぞ。確か虫取りに使う道具で、とりもちってやつだよな!」
「ああそうだ。よく知ってたな。まあ、シケイダやドラゴンフライを捕まえる時くらいしか使わないが、一つは持っておいた方がいい道具だぞ」
ギイに言われて、俺は頷いた。うん今度街へ行ったら俺も一式買っておこう。
「じゃあ、俺は奥のとんがった木に行くよ」
「それなら俺はあの向こうの丸い木にしよう」
「じゃあ、俺は隣の木にするぞ」
そう言って、ハスフェル達はそれぞれ自分の従魔に跨り、あっという間にいなくなってしまった。
レッドクロージャガーのスピカとベガが、巨大化してハスフェルとギイの後について走っていく。スライム以外の従魔がいないオンハルトの爺さんには、俺のところからソレイユとフォールに行ってもらった。
ベリーとフランマも、離れた場所で魔法で早速狩りを初めている。
「じゃあ落とすからよろしくな!」
大きく叫んだ俺は、両手で貸してもらった棒を持ち、巨木の幹に叩き付けた。
ペタッと間抜けな音がして、大きなセミの背中に棒がくっつく。
棒を動かすと、見事に幹から棒にくっついたセミが剥がれる。
そのまま棒を後ろに倒すと、マックスが飛び上がって見事にキャッチして剥がしてくれた。
確か、爺ちゃんから聞いた話では、くっついたとりもちは、簡単に剥がれなくて大変だったらしいが、この世界のとりもちは、簡単に剥がれるみたいだ。
そのまままた木の幹に叩きつける。張り付いたのを確認して後ろに勢い良く振ると、勢い余って剥がれたセミが吹っ飛ぶ。
しかもどうやら。貼り付いたとりもちのおかげですぐに飛べないらしく、哀れに落下してくるところをニニに叩き落とされた。
「良いぞ、どんどん落とすからよろしくな!」
だんだん面白くなって来て、俺はもう必死になって棒を振り回した。
しかし、いくら細い棒だとは言っても、この長さだ。腕がだんだん痺れてきて、途中でもう完全に腕が上がらなくなってしまい、何度もサクラが跳ね飛んできて、助けてくれた。
蓋を開けた美味い水の入った水筒を俺の口元まで持って来て飲ませてくれたおかげで、何とか強制的に回復させて、一面クリアーするまで頑張ったよ。
巨大なセミの素材は、当然あの大小四枚の翅で、一枚拾ってあまりの綺麗さに思わず声が漏れた。
翅脈が見事な模様を描いている。ゴールドバタフライの翅よりもはるかに薄くて繊細だ。
「これも細工物に使われたり、室内の装飾、主にランプのシェードとして使われるんだよ。これもバイゼンへ持っていけば大喜びされるぞ」
オンハルトの爺さんの言葉に、俺はただ頷くしか出来なかった。
ここは確かに凄いところだ。
持っていた翅をアクアに渡して俺は周りを見渡す。
ゴロゴロ転がっていたジェムと翅は、もう全て拾い集められていて一枚も残っていない。
今日一日でどれくらいの金額になったのか考えて、ちょっと気が遠くなったのは……気のせいだって事にしておくよ。