レアなジェムモンスターとレアアイテムな素材
今、恐ろしい言葉を聞いた気がする……。
ヘラクレスオオカブトの剣って、すごく強い剣だって聞いたけど、それすらも防ぐ素材持ち。
そんなの、今の俺が持ってる武器なんかじゃ絶対駄目じゃん。太刀打ち出来ないって!
しかし、そんな俺を置いて、三人は嬉々として茂みの中に分け入って行く。
「待てって! そんな素材持ちをどうやってやっつけるって言うんだよ! だから待てってば!」
慌ててマックスの背に乗ったまま、俺は三人を追いかけて茂みの中に飛び込んで行った。
正直言って、めっちゃビビりまくってたけどな。
幸い、いきなり草陰から襲われる事もなく、一番近くにあった巨木の側に立つ三人に追いつくことが出来た。
「どうだ?」
「ふむ、ちょっと高い場所にいるな」
「確かにちょっと手が届かないな。じゃあ、ファルコかプティラに頼んで落としてもらうか」
三人の声が聞こえて、俺は無言で左肩に平然と留まっているファルコを見た。
「なあ、ファルコにはここに何がいるか分かってるんだよな?」
恐る恐る尋ねると、俺を見たファルコは当然と言わんばかりに軽く羽ばたいてから頷いた。
「もちろんですよ。ご主人の目なら見えてると思ってましたが、見えませんか?」
見えて当たり前のように聞かれて、俺の方が面食らった。
「ええと、待ってくれ。あの木にいるんだよな?」
頷くファルコを見て、ビビりつつも改めて木をよく見てみる。
「特に何も……ええと、あ、あれか?」
ハスフェル達の視線を辿って見てみると、幹の一部が不自然に見える事に気がついた。そこだけが盛り上がっていて幹の柄も微妙に違う部分があるのだ。
「なあ、もしかして……あれ?」
小さく指を指して聞くと、頷いたファルコはまた大きく羽ばたいた。そのまま軽々と舞い上がる。
「ご主人、とりあえず一匹叩き落としますから見ていてくださいね」
得意気にそう言うと、巨木に向かって一気に降下して行った。
慌ててマックスに合図を送り、巨木の近くまで走って行って飛び降りた。
さて、一体どんなジェムモンスターが出るんだ?
腰の剣を左手で押さえながら、俺はマックスの横で体を低くして身構えたのだった。
急降下してきたファルコが、先ほどの奇妙に盛り上がっていた部分に突っ込み、大きな鉤爪でその部分を毟り取るようにした。
ボロッと、まるで木の表皮が剥がれるみたいにして、何かの塊がハスフェルの目の前に落ちる。
「よし、落ちた!」
嬉しそうなハスフェルとオンハルトの爺さんの声が聞こえて、俺は身を乗り出すようにして彼らの足元を覗き込んだ。
「うわあ、あれってもしかして……カブトムシか?」
落ちていたのは、全長2メートル近くある巨大なカブトムシだったのだ。
コロンとした丸い胴体と頭、細いゴツゴツとした六本の足、そして突き出した太い角!
形は正しくカブトムシだが、色は俺が知ってる焦げ茶色のそれではなく、白っぽい木の幹と同化するようなマダラになった不思議な色をしている。
「あれは、カメレオンビートル。見ての通り、背景の色に同化する特性を持つ。滅多に見つからない超貴重なジェムモンスターだ。そして胴体の背中部分と頭の部分はとんでもなく硬い。なので、攻撃するなら柔らかい腹側だよ!」
まるでその声が聞こえたかのように、もう一度ファルコが突進してきて、足で引っ掛けて巨大なカメレオンビートルを転がしてくれた。
ハスフェルが腰の剣を抜いて、剥き出しになった腹側に剣を突き立てる。
一瞬抵抗するようにもがいたカブトムシは、あっけなくジェムになって転がった。
そして残されたのは、二枚の鎧のような硬い大きな羽と、角の付いた頭部だった。
「おお、なかなかの大物じゃないか」
オンハルトの爺さんが感心したように角の付いた頭部を拾う。
「それじゃあ、順番に戦うとするか。叩き落とすのはファルコに頼んでも良いか?」
オンハルトの爺さんの言葉に頷き、俺は左肩に戻って来たファルコにお願いした。
そして、俺達が一本の木にいるカブトムシを順番にファルコに頼んで叩き落として確保している間に、俺達のいる場所からかなり離れた大きな別の木では、ベリーを筆頭にカブトムシ掃討作戦が繰り広げられていた。
嬉々として、プティラやベリーの魔法で叩き落としたカブトムシ達を先を争って叩きまくる従魔達。猫族軍団も、巨大化して大喜びで叩きまくっている。
ううん、カブトムシ完全に雑魚扱い。
いや、これはうちの従魔達が強すぎるんであって、多分、カブトムシって強いんだと思うぞ。普通の相手なら……。
俺の順番が来て落としてもらったカブトムシはかなりの大物で、慌てて腹側に剣を突き立てようとしたところで羽ばたかれ、逃げられそうになる。
「うわあ、逃げるな!」
咄嗟にそう叫んで角を左手で掴んで確保して、そのまま剣で横から突き刺したよ。
一際大きなジェムと素材が落ち、それを確保した俺はまじまじとそれらを見てからオンハルトの爺さんを振り返った。
「なあ、ちょっと聞いて良いか?」
「おう、どうした?」
爺さんがこっちへ来てくれたので、俺は持っていたカブトムシの角のついた頭部を見せた。
「以前、ヘラクレスオオカブトの角を見せたじゃないか。あれは剣になるって言ってたけど、これは何になるんだ? 角があるけど、剣じゃないんだよな?」
「ああ、まずこいつは強力な盾になる」
オンハルトの爺さんが指差したのは、足元に転がっている二枚の羽だ。
「そして、この頭部は主に盾や兜になるぞ。それほど厳つい形にはならんから、何ならお前さんも作ってみたらどうだ? 左腕に装着出来る小振りな盾や、頭部を守る防具はあっても良かろう」
黙って手にした頭部を見た俺は突き出した角を見る。
「へえ、良いなそれ。じゃあ、バイゼンヘ行ったら相談してみるよ。それともう一つ質問。この角は? ヘラクレスオオカブトの角よりは短いけど、これもかなり強そうだけど、剣にはならないのか?」
やや短いが、俺の腕ぐらいはありそうなかなり太い角だ。角の先端部分は、左右に枝分かれして鹿の角みたいに大きく広がっている。
「そいつは槍に加工される事が多いな。その枝分かれした先の部分は削って落とすが、これも良い精錬の際の素材になる。せっかく良い素材を手に入れたんだから、バイゼンへ行ったら、それで槍も一緒に作ってもらえ」
「良いね、バイゼンへ行く楽しみが増えたよ。まあ、素材のどれを使うかは……後でじっくり考えることにします」
振り返った俺が見たのは、ドヤ顔で戻って来ている従魔達で、隣ではベリーまで満足気な顔で笑っている。
「とりあえず、我々が確保した分は、適当に分けてスライム達に持って貰ってますからね。後で確認しておいてください」
「了解。そんなにあるんなら、この素材って売っても良いよな?」
何となく、隣にいるオンハルトの爺さんにそう尋ねる。
「後で見てやる。滅多に来られない場所だからな。良い物は幾つかは手元に残しておけ。それで残りはバイゼンで売ってやればいい。たとえ一つでも売ってやれば、ドワーフ達は間違い無く狂喜乱舞するぞ」
俺の持っている頭部を突っつきながら笑ってそう言ってくれた。
「じゃあ、鑑定よろしくお願いします」
苦笑いするオンハルトの爺さんに、俺は頭を下げた。
「やっぱりそうなんだよな。あまりにも簡単に手に入るから、あんまりありがたみは無いけど、やっぱりこれってレアアイテムなんだな」
小さく呟いた俺の言葉に、オンハルトの爺さんは堪える間も無く吹き出した。
「おいおい、尽くし甲斐の無い奴だな。言っておくが、相当上位の冒険者でも、この閉鎖空間に来るのは容易では無いぞ。つまり、そこでしか手に入らない素材の貴重さは……な、分かるだろう」
「あはは、ありがとうございます。ありがたく使わせて頂きます!」
「おう、任せろ。これも後で残す分には俺から守護を与えておいてやろう」
「よろしくお願いします!」
思わず、直立してそう叫んだ俺を見て、オンハルトの爺さんは笑ってドヤ顔になっていたよ。
そうだよな。つい忘れそうになるけど、鍛冶と装飾の神様なんだもんな。専門分野じゃん。
うん、とりあえず拝んでおこう。
「なあ、腹が減ったよ。そろそろ飯にしてくれるか」
ハスフェルとギイの揃った声に、振り返った俺もそう思っていたので笑って頷いたのだった