深い森を抜けて
「いっちば〜ん!」
シャムエル様が決めた、目標にした大木に駆け込んだのは、僅かな差だが俺の乗ったマックスが一番早かった。
僅差でハスフェルとギイが並んで駆け込み、僅かに遅れてオンハルトの爺さんが乗った馬が駆け込んで来た。
笑って互いの手を叩き合って健闘を称えあった。
「次は負けないからな!」
「おう、今度こそ勝つぞ!」
ハスフェルとギイは、悔しそうにそう言いながらも、顔は笑っている。
「いつでもかかって来い! あはは嘘です。お手柔らかに」
得意気に胸を張りつつ、ヘタレな俺はそう言って笑って誤魔化し、二人から背中を思い切り叩かれて情けない悲鳴を上げたのだった。
「それで、目的地はこの森なのか?」
遠いと聞いていたが、全力で競争したおかげでまだ太陽は頂点には達していない時間だ。
「ああ、この奥に目的の場所があるんだそれじゃあ行くとするか」
ギイの言葉に、俺達は並んで森の中に分け入って行った。
鬱蒼としたその森は、今まで入った多くの森と違っていて、足元にいばらのような硬い茂みがあちこちにあり、なかなか進むことが出来ず、その度に降りて剣で払って、何とか足場を確保しつつ進まなければならなかった。
だが、ギイの乗るブラックラプトルのデネブと違い、マックスやシリウス、ましてやオンハルトの爺さんの乗る馬では、そう言った硬い切り口のある茂みに入ると怪我をしかねない為、相談の結果、途中からギイが金色のティラノサウルスになって、巨大な体格にものを言わせていばらの茂みをバキバキと叩き折って行くと言う、かなりの力技で進んで行ったのだった。
「しかし、ここまでして行く場所って、一体どんな場所なんだ?」
金色のティラノサウルスに導かれるみたいにして、どんどん森の奥へ進みながら、俺は本気でビビり始めていた。
「今までの経験から行って、行くのが大変な場所ほど、とんでもないのが出てるもんなあ……」
「何か言ったか?」
絶対、さっきと今の俺の独り言が聞こえていただろうに、素知らぬ顔でハスフェルが俺を見る。
「いや、ここまでして行こうとするその目的地にどんなジェムモンスターが出るのか、ちょっと気になっただけだよ」
出来るだけ平然とそう言ったが、ハスフェルの答えに、俺はもう少しでマックスの背から落ちそうなくらいに驚いたのだった。
「いや、どうせ行くなら、持っていないジェムモンスターのいる場所へ行きたいだろう?」
本気でマックスの背から落ちそうになった俺は、必死でその首輪にしがみついて何とか落ちるのを堪えた。驚いたマックスが慌てて伏せてくれたので、いったん降りてもう一度乗り直した。
「驚かせるなよ。ってか、ジェムをコレクションしてるお前も持ってないのか?」
「そうなんだよ。さすがにここに来るのは一人では無理だからな」
苦笑いしたハスフェルが前方を指差す。
顔を上げた俺が見たのは、金色のティラノサウルスから元の姿に戻ったギイだった。
「あれ、もう良いのか?」
「ああ、到着したぞ」
デネブに軽々と飛び乗ったギイは、笑って自分が踏み倒した茂みを乗り越えて行った。
後に続いて茂みを越えたところで、俺は思わず声をあげた。
森から出てすぐのところは、50メートルくらい何も無い空間があって、その先が遥か先まで草原が広がっていた。
手前の空間部分は、岩だらけのゴツゴツした地面が剥き出しになっている。丁度水が枯れた河原みたいな光景だ。
その先に見える草原は、所々にポツンと巨大な木が植わっているだけで、一面に広がる稲のような草が、時折吹き付ける風に波打っていた。
しかし、やっぱり大きさがおかしい
その草がどう見ても俺の背丈よりも大きいくらいなのだから、あの巨大な木の大きさは……推して知るべし。
「ええと、ここが目的地? これなら、あんな苦労して森を抜けて来なくても、大鷲達に頼めばすんだんじゃないのか?」
しかし、ハスフェルとギイは苦笑いして首を振った。
「いや、ここは閉鎖空間だから空からは飛んで来られないんだよ」
「閉鎖空間?」
頭上には青空が広がっているように見えるが、不審に思いつつ改めて見上げて、ようやく違和感に気が付いた。
よく晴れている空なのに、その空に今なら真上にある筈の太陽が無い。
「ここは言ってみれば森の中にある、空間が歪んだ場所なんだよ。滅多に出ないが一旦出現すると数十年は固定される」
「ここは、つい先日出現したばかりの、まだ誰も到達していない未知の場所って訳だ」
嬉々としてそんな恐ろしいことを言う彼らに、俺は気が遠くなった。
「待て待て待て! そんな恐ろしい場所に、遠足行くみたいに気軽に来るんじゃねえよ!」
叫んだ俺は、間違ってないよな?
俺の全力の抗議も虚しく、進む事は既に決定している。
しかも、ビビってるのは俺だけで、やる気満々なハスフェル達三人だけでなく、マックスやニニ達、従魔達を始め一緒について来ているベリーとフランマまで身を乗り出すようにして早く行こうと大喜びしているのだ。
やっぱり、行く先に関する俺の決定権はゼロの模様、しくしく。
「何してる。さあ行くぞ」
嬉しそうなハスフェルとギイがさっさと駆け出し、それを見たオンハルトの爺さんは苦笑いしている。
「なあ、なあ! 爺さんは何が出るか知ってるのか?」
すると、止まって振り返ったオンハルトの爺さんはニンマリと笑って頷いた。
「もちろん。そいつは素材持ちだからな。強度だけでいえば、お前さんが持っている、ヘラクレスオオカブトで作った剣ですら防ぐぞ」
「はああ?」
思わず叫んだ俺は、悪く無いと思う。