お疲れの街への帰還
「そう言えばちょっと質問だけど、芋虫と一緒にいた毛虫はなんのジェムモンスターだったんだ?」
森の中をマックスの背に乗って歩きながら、俺は肩に座ったシャムエル様にふと思い出して聞いてみた。
「ああ、あれもゴールドバタフライの幼虫だよ。最初が毛虫で脱皮して芋虫になって、蛹になって蝶になるの」
「おお、成る程。成長して順にクラスチェンジする訳だな。でもそれなら、最上位になるまでに時間がかかるんじゃあないのか? あんなに大量に湧いて出るか?」
森から蝶の大群が湧いて出てきた事を思い出していると、シャムエル様が笑っている。
「ゴールドバタフライ自体は、まあ森の奥へ入れるだけの腕があれば、見つけられないジェムモンスターじゃあないよ。珍しいのはあのヒトヨスミレの方でね。あれは毎年は咲かないんだよ。特に最近は例の地脈が弱った影響で、全く咲かなくなっていたんだ。それで、ヒトヨスミレが主食のゴールドバタフライは成虫になる事が出来なくなっていたの。花が咲いたらわかるみたいで、一気に羽化するんだ。だから、蛹のまま羽化しないのが沢山あったんだよね。それで、あんなに一気に咲いたものだから、多分十年分ぐらいのゴールドバタフライの成虫が今一気に羽化してるみたい。まあ、あんまり増えすぎてもね。それで連れてきたわけ」
「へえ、すごいんだな。あの成虫が死んだら、あのデカい羽ってどうなるんだ?」
ガラスの代わりになるぐらいだから、確かに軽かったけど硬かったもんな。
「鱗粉が付いた状態のまま地面に落ちれば、すぐに土と同化して消滅するよ。ガラスとして使うなら、あの鱗粉を落として使うんだ」
「おお成る程。勉強になります」
知らない事がどんどん聞けて、俺は半ば本気でお礼を言った。側にいてくれるのはシャムエル様の単なる気まぐれみたいだけど、有難や有難や。うん。とりあえず拝んでおこう。
「何してるの? ケン。あ、ゴールドバタフライの幼虫である毛虫と芋虫は、ジェムとしてはほぼ同じ扱いだからね。買い取り値段は変わらないはずだよ」
「確かそんな事言っていたな。それに、帰ったら一度ジェムの在庫を確認して整理しないと、もう既に何が何個あるのか分からなくなってるもんな」
苦笑いして顔を上げる。
「とりあえず、ギルドに50個ずつくらいを一通り買い取ってもらうか。そう言えば、あの超デカい蝶の羽ってどうしたら良いんだろう?」
無意識に自分で言って、不意に気が付いて遠い目になった。我ながらなんて寒いダジャレだよ。
超デカい蝶……。
ごめん。わざとじゃ無い。スルーして下さい。
「あのデカい羽は、持ち込むのは簡単じゃないだろうな。軽いから持って歩くのは出来そうだけど、ギルドの入り口のあの扉に入るかな」
ふとそんな事を考えて、小さく吹き出した。
「ゴールドバタフライの羽なら、どこのギルドでも一枚から大喜びで引き取ってくれるよ。でも高値が付くのは、草原や森から離れた大きな街だね」
シャムエル様の言葉に、俺は笑った。
「いや、皆のおかげで資金には不自由してないからさ、でもまあせっかくだから、幾らぐらいで売れるのか確認してみたいし、なんならジェムと一緒に少しだけ売ってみるよ」
「高値が付くと良いね」
目を細めてそんなことを言われてしまい、俺は思わずまた吹き出した。
「創造主様に、高値が付くようにお祈りしておこうかな」
俺がふざけてそう言うと、シャムエル様は大喜びして手を叩いて笑っていた。
夕焼けに空が真っ赤に染まる頃、ようやく街へ戻って来た。
「案外遠かったんだな。じゃあ一旦宿へ戻るか」
城壁の外には相変わらず行列が出来ていて、しばらく並んでようやく街へ入った。
「お疲れさん。毎日出掛けてるんだな」
すっかり顔見知りになった城門にいる兵士にそんな事を言われて、俺はマックスの首を叩いた。
「こいつらに飯を食わせてやらないとな。街中で暴れたら駄目なんだろう?」
「絶対駄目です! しっかり監督してください!」
血相を変えてそんな事を言われてしまい、俺は慌てて首を振った。
「じょ、冗談だって。それは俺も御免被る」
俺たちは顔を見合わせて乾いた声で笑い合った。
「あはは、それじゃあ迷惑は掛けないようにするから、安心してお仕事してねー!」
誤魔化すように笑って手を振り、返してもらったカードを小物入れに戻した。それから相変わらずの大注目の中を、道の端を一列になってひとまず宿泊所へ戻った。
「なんだか疲れたよ。ニニ、癒して……」
ニニは、部屋の中では大きなベッドが定位置だ。横向きに寝転がるニニの腹毛に、俺は装備のままでダイブした。
「ああ、癒されるよ……このもふもふ度」
毛を撫でながら、お腹に乗り上げるようにしてもふもふを満喫した。
「ご主人、お疲れならこんなのは如何ですか?」
ラパンの声がして、ニニにくっついているのとは反対側の頬にニニのとはまた違う超柔らかい感触が乗っかってきた。
「巨大ラパン来た〜! お前の毛も確かに凄いよなあ。ああ、堪らん……何この幸せ空間……」
軽く意識を持っていかれそうになって、俺は必死で目を開いた。
「ああ、駄目だって……ジェムの整理をするって……」
……撃沈。
ふと目が覚めると、部屋はすっかり真っ暗になっていた。
「ああ、しまった。思いっきり寝ちまったよ」
大きな欠伸をしてなんとか起き上がると、ニニが笑う気配がした。
「ようやくのお目覚めだね。もう朝まで寝るのかと思ってたのに」
「ごめんごめん。さすがに腹が減ったよ」
笑って誤魔化し、とにかくベッドから起きた。
幸い、月が出ていたようで、窓からは月明かりが差し込んでいる。
「へえ、月明かりってこんなに明るいんだ」
感心して、俺はしばらくの間その不思議な光景に見惚れた。
今まで俺の常識では、夜になると電気をつければ部屋は明るくなったし、それが当たり前だと思っていた。仮に暗さを体験しようとして部屋の電気を消しても、窓の外には煌々と街灯が付いているし、部屋の中にはいくつもの通電表示のLEDが常時光っていた。
だけどここでは、夜の明かりは基本的に星明かりと月明かりだけだ。
ヘクターから聞いた話では、暗くなると物販の店は早々に閉まるし、開いているのは食堂と飲み屋など、一部の店だけらしい。
「こんな闇を見る機会なんて、都会で暮らしてたらまず無いもんな」
そう呟いて立ち上がった俺は、サクラに頼んでまずはランタンとライターを取り出して明かりを確保した。
部屋に備え付けのランプにも火を入れていく。
一気に部屋の中が明るくなった。
「疲れた時は、やっぱり肉だよな。ステーキ用のこの厚切りの肉もここにいる間にもっと買っておこう。買い溜めしても別になんとも思われてないみたいだしな」
サクラに頼んで色々と出してもらい、俺はステーキと芋を焼き、千切ってあった野菜を添え、パンと一緒に豪華な夕食を堪能した。
綺麗に後片付けを終えてから、アクアとサクラに、拾ってあった数えていないジェムを一旦全部吐き出してもらった。
床一面に散らばったジェムを見て、若干気が遠くなったのは気のせいじゃ無いと思う。
ゴールドバタフライのジェムは、全部で165個あった。取り敢えず、これも50個買い取ってもらうことにして、小さな袋に入れ、それ以外を大きな別の袋に入れた。
「ええと、あの羽ってこの部屋に出せるか?」
広いとは言え、この部屋にあの羽を出すのは無理な気がする。
「数を数えればいいの? ええと……羽は一匹につき四枚あるから、全部で660枚だよ」
アクアが当たり前のように答えるのを聞いて、またしても俺は遠い目になった。
何だよ。中に入れているものの数、数えられるなら俺が取り出してわざわざ数える意味無えじゃん。
うん、次からは幾つあるか聞こうっと。
って事で、ジェムの整理も終わったので、防具を脱いでサクラに全部綺麗にしてもらってもう寝ることにした。
「ニニ、マックス。それからラパンも。よろしくお願いします!」
ベッドに転がるニニのお腹に潜り込み、マックスが横に来る。そして俺の顔の横にラパンがくっついてくれた。
「幸せパラダイス空間、レベルアップしましたー!」
ラパンに抱きつくようにして、俺は幸せパラダイス空間を満喫するのだった。
明日は、まずギルドに行ってジェムと羽を買い取ってもらったら、革工房へ行ってマックスに鞍を付けられないか聞いてみよう。あ、その前に……。
「なあ、マックス……お前の、背中にさあ……」
続きを言いかけて、そのまま俺は眠りの国へ墜落していった。
「え?何ですかご主人。私の背中に何かありますか?」
驚いたマックスの質問は、俺にはもう聞こえなかった。