ハイランドチキンとレインボースライム達
大満足の昼食の後は、何となく皆のんびり寛いで過ごした。
自分が飲みたくて淹れた緑茶を飲みながら、何か忘れているような気がしてずっと考えていた。
「ああ! 忘れてた!」
緑茶の入ったマグカップを持ったままいきなり叫んだ俺に、ハスフェル達が飛び上がった。
「いきなり何だ?」
「どうした、何を忘れてたんだ?」
「驚かせるな。心臓が止まったらどうしてくれる」
三人ほぼ同時だったが、ちゃんと聞こえたよ。
「いや、ハイランドチキンの肉を引き取りに行かないと。騒ぎのおかげですっかり忘れてたよ。確か、もう出来てるはずだ」
「ああ、そう言うことか。良いな、じゃあ晩飯はそれで頼むよ」
「了解、じゃあちょっとギルドへ行ってくる」
鞄に今は合体しているアクアゴールドに入ってもらう。
「そう言えば、せっかく貰った収納の能力も、全然活用出来てねえな」
苦笑いして肩を竦めると、カバンを持ち直してギルドの建物に入った。
「お? どうした?」
奥からアーノルドさんが出てきたところだったので、俺はカウンターの横に回って手を上げた。
「お前さんか。で、今度は何だ?」
「あの、解体をお願いしていたハイランドチキンの肉って、もう出来てますか?」
そう言った瞬間、アーノルドさんは吹き出した。
「ああ、すっかり忘れてたな。もちろん出来てるよ。肉以外は全部買取で良いんだよな?」
「はい、それでお願いします」
そのまま奥へ通されて、先に買い取り金額の支払いを口座に振り込むようにお願いして、明細だけもらう。それから、冷蔵室みたいな寒い部屋で肉の塊を大量に受け取った。
せっせと鞄に放り込む俺を、アーノルドさんは苦笑いしながら見ていた。
「その鞄に、そんなデカい肉が入るなんて、収納の能力持ちだと知らなければ何の冗談だって思うぞ」
「あはは、確かにそうですね。あ、そうだ。冒険者の皆さんにもお世話になったし、よかったら肉をご馳走しますよ。どこか、材料持ち込みで焼肉パーティーの出来る場所って有りませんか?」
目を見開くアーノルドさんに、俺は持っていたハイランドチキンの肉を上げて見せた。
「そ、それなら、ここの屋上を使ってくれて良いぞ。以前ドワーフの冒険者が作ってくれた大きな焼き台がある。火はギルド所有の大型コンロを貸してやるよ」
「あ、良いですね。ちょっと見せてもらっても良いですか?」
俺達の会話を聞いていた周りにいた冒険者達が、いっせいに黙って身を乗り出すようにしてこっちを見ている。
「って事らしい。感謝しろよ、お前ら」
アーノルドさんがそう言った瞬間、ものすごい大歓声が起こった。
「ハイランドチキンなんて食った事ないぞ!」
「すげえ、一生一度の機会じゃねえか!」
あちこちで、大喜びで大騒ぎする冒険者達を見て、俺はアーノルドさんを振り返った。
「ええと、肉は大量にあるんですけど、酒は持ってないんですよ。買い出しを頼んでも良いですか?」
そう言って、鞄から金貨の入った小さめの巾着を一つ取り出す。最初の頃に、ジェムの買い取りで貰ったお金だ。
「お前……これだけあれば樽で買えるぞ」
「あはは、お任せしますので、どうぞお好きに」
返そうとするのを押し返して、俺は階段を上がって行った。
「あ、お待ちを。鍵を開けます」
慌てたように、鍵の束を持った職員の人が来てくれて、屋上への扉の鍵を開けてくれた。
頭上には、まだ明るい空が広がってる。
なかなか広い屋上で、言われたように大きな焼き台が置かれているのが見えた。
「水は、ここを使ってください。上の段はそのまま飲めますので」
焼き台から少し離れた壁際に、大きな水場が作られていて、職員さんが床に設置されていた金具を回すと、一気に水槽に水が流れ出した。
いつもと同じ、二段階の水槽になった水場だ。
まず水で手を洗った俺は、ハスフェル達を念話で呼び出した。
『なあ、ギルドの屋上を借りて、お世話になった皆に焼肉をご馳走する事にしたからさ。俺はここで準備してるから、適当に上がってきてくれるか。それからアーノルドさんに、軍資金を渡して、酒を買いに行ってもらってる』
俺の言葉を聞いた三人が、一斉に吹き出す気配を感じて、俺まで笑っちゃったよ。
『さすがだな。確かに、色々と手伝ってもらったみたいだし、良いんじゃないか。何か、俺達でも準備を手伝えそうなら行くぞ』
ハスフェルの言葉に、足元で分解してやる気満々なスライム達を見る。
『いや、お手伝いは山ほどいるから大丈夫だよ。どちらかと言うと、準備中は他の冒険者の人達には屋上に上がってこないようにしてもらえるとありがたいかな』
『ああ、確かに。手伝ってるスライム達を見ると騒ぎそうだしな』
笑ったハスフェルの声に、二人も同意するように笑っている。
『んじゃよろしく』
鞄から出てきたスライム達が、いっせいに水槽に飛び込むのが見えて、俺は小さく吹き出したのだった。
しばらくすると、スライム達は上の段の水槽に這い上がって行った。
「こらこら、そっちは飲み水用だから駄目だぞ」
慌てて止めようとすると、水槽の中からアルファが顔を出した。
「ご主人、違うよ。ちょっと水槽が汚れてるから綺麗にしてあげるの!」
「あ、そうなんだ。お掃除してくれてるのか。えらいな。ありがとうな」
手を伸ばしてアルファを撫でてやると、嬉しそうに伸び上がった後、また水槽の中に飛び込んでしまった。
「お掃除完了!」
「もうこれで上も下も綺麗な水槽になったからね」
しばらくすると、アクアとサクラが自慢げにそう言って水から出て来た。他のスライム達も水から出てきて、足元にきて嬉しそうに俺を伺っている。
またお手伝いしたいんだろうな。
しばらく考えて、真ん中にドンと置かれた巨大な焼き台を見る。
合計三箇所に大型コンロを設置出来るようになっていて、それぞれの場所には、恐らく金網か鉄板が乗せられるのだろう、金具のついた台が見える。
ちょっと考えてスライム達を見た。
「ううん。かなり油で汚れてるし、煤や埃も溜まっていそうだな。なあ、お前らの浄化の能力で、あの焼き台とその周りって綺麗に出来るか?」
「汚れを綺麗にすれば良いの?」
「そうそう。本体は傷付けたりしないでくれよな」
「了解、ちょっと待ってね」
得意げにそう言うと、金色合成はせずにスライム達が跳ねて焼き台のところへ行き、あちこちに張り付いてモゾモゾと動き出した。
「おお、綺麗になった」
スライムが剥がれた後は、明らかに綺麗になっている。
石の土台部分の角は削れて丸くなったままだが、明らかに新品になったくらいに綺麗になったよ。
「こんな感じでいかがですかー?」
「いかがですかー?」
アクアの言葉に、他の子達も声を揃えてそう聞いてくる。
「おお、有難うな。完璧だよ」
「わーい、褒められた!」
嬉しそうに跳ね回るスライム達を見て和んでいると、ガタガタと扉のところで音がして、アーノルドさんがギイと一緒に大型コンロを持ってきてくれた。
「あ、すみません」
そう言って振り返った俺は、アーノルドさんが不審そうに眉を寄せて俺を見ているのに気が付いた。
「ええと、どうかしましたか?」
睨まれる覚えが無くてそう尋ねると、アーノルドさんは持ってきたコンロを設置してから俺に向き直った。
「お前、そのスライム達は何だ?」
「え?何って……俺の従魔達ですけど……ああ!」
突然、アーノルドさんのその表情の意味が分かった。
「うわあ、すっかり忘れてた。すみません、ちょっと行って従魔登録してきます……ギイ! お前らもだよ。レインボースライム達、誰も従魔登録してねえじゃんか!」
「ああ! 本当だ!」
同じくコンロのセッティングを終えて振り返ったギイも叫ぶ。
「ちょっと待て、お前ら全員か?」
「すみませんでしたー!」
声を揃えて叫んだ俺とギイは、慌ててスライム達を全員回収して階段を駆け下りて行ったのだった。
危ねえ。
街の中で従魔達が何か問題を起こした時に、従魔登録をしてなかったら問題になる場合があるって聞いてたのに。
今回の巻き込まれ傍迷惑な事件を思い出して、かなり冷や汗をかいた俺でした。
うん。これからは、従魔登録はテイムしたらすぐにやろう。