その後の坊ちゃんとBLTサンド
「じゃあ、帰るとするか。もう、本当にいい加減にしてくれって気分だよ」
もう一度大きなため息を吐いてそう言い、ニニの鼻先にキスをしてから振り返った。
その時、厩舎の外で声が聞こえた。
「ねえ、ベン、もうあの魔獣使いの方はお帰りになった?」
「いけません、坊っちゃま、お部屋にお戻りを」
ベンさんはさっきからずっと座り込んだままここにいるから、多分外にいるのは、さっきのハンスさんとか言う坊ちゃん担当の執事なんだろう。
「ここにいますよ」
大きな声で返事してやると、扉から坊ちゃんが顔を出した。
「あの、一つ聞いても良いですか?」
泣きそうな声でそう聞かれて、まあ、何を聞きたいのかの予想はついたが平然と頷いた。
「ええ、良いですよ。何ですか?」
「あの……ホワイティは? 本当に死んじゃったんですか?」
目に涙を浮かべて必死になって尋ねるその姿に、密かに安堵した。
大丈夫だ、この子はちゃんと教えてやれば出来るだろう。
「じゃあ、逆にお尋ねしますけれど、もし助かってたら、どうするんですか?」
「お願いします! 返してください。僕、あの子が大好きなんです!」
ちらりと公爵を見ると、頷いたので改めて彼を見る。
「生き物を飼うって事は、ただ可愛がれば良いだけじゃ無いんですよ」
「どうするの?」
真剣な表情で聞いてくる。よしよし、これなら大丈夫そうだ。
「生き物を飼うって事は、その子の命そのものに責任を持つって事です。例えば、日々の食事の世話、住む場所の掃除。それから下の世話。つまり、飼っている子がおしっこやうんこをしたら、すぐに片付けてやらないと駄目だからね。分かりますか?それらの面倒を見るのは、飼い主の責任ですよ」
俺がベンさんを横目で見ると、慌てたように彼は口を開いた。
「そうですぞ。もちろん生き物ですから日々のお世話は絶対に必要です」
「手伝うよ。何をどうすれば良いの?」
立ち上がったベンさんが、嬉しそうに詳しい説明を始めるのを見て、俺はアーノルドさんを振り返った。
「どうやら大丈夫みたいなので、あの子は返してやってもらえますか?」
すると、今度はアーノルドさんが泣きそうな顔になった。
「ええ、そんなあ。俺が飼う気満々だったのに!」
まさかのアーノルドさんの言葉に、俺は堪える間も無く吹き出した。
どうやらたった一晩だけだったのに、アーノルドさんも真っ白なもふもふが好きになったようだ。
うん。やっぱりもふもふは良いよな。
そんなわけで話し合いの結果、あのウサギのホワイティは、坊ちゃんのところに返される事になった。
暴力執事も一応心を入れ替えたみたいなので、もう俺達はこれ以上は関わらない事にする。
万一何かあってもそれは公爵家の中の話だ。もしも何かあるなら、今後はギルドマスターに丸投げする事で話がついた。
それから、坊ちゃんが目をキラキラ輝かせてマックス達を見るもんだから、順番に触らせてやったら、本当に大喜びしていた。
まあ、甘やかされて育ってるみたいだから我儘な部分は有るんだろうけど、案外素直な良い子だったようで安心したよ。
満面の笑みの坊ちゃんに見送られて、俺達は公爵邸を後にした。
「はあ、なんだか予想外の展開でものすごく疲れたよ。しかし、原因がここまで馬鹿馬鹿しい騒動ってのも珍しいんじゃないか?」
「全くだな。しかもお前は完全に巻き込まれただけの災難だったよな」
ハスフェルの笑った言葉に、俺は心の底から頷いたよ。
「この街では、気軽に買い物して、作り置きの料理をするだけのつもりだったのにな」
「まあ、残りは買い物と料理をしてくれ。俺達は、もう一度くらい従魔達を狩りに連れて行ってやるかな」
「そうだな。絶対ストレス溜まってそうだから、外へ出て発散させてやってくれよ。ってか、俺も発散したい!」
思わず叫んだ瞬間、ハスフェル達三人がにんまりと笑った。
「そう来なくちゃな。まあ、今日のところは戻って飯にしよう。それで、明日はお前も一緒に来い。良い狩場を見つけたんだよ」
「お前だってたまには戦っておかないと、体が鈍るぞ」
「全くだ。せっかく頑丈な身体を貰ったんだから、使わない手はなかろう」
ハスフェルだけでなく、ギイとオンハルトの爺さんにまでそう言われてしまい、俺が反論する間も無く明日は俺も狩りに一緒に行く事になったみたいです。
「さてと、じゃあサンドイッチでも作るか」
宿泊所に戻った俺達は、当然のように俺の部屋に集合となり、そのまま少し遅めの昼飯にする事になった。
本音を言えばそのまま屋台で食べたかったんだが、従魔達全員を連れている状態では、はっきり言って周囲の迷惑になるのが確実だったので大人しく宿泊所へ戻ってきました。しょぼん。
ハスフェルとギイが、コーヒーくらいなら淹れられるというので道具と豆を一式渡してお願いしておき、俺はサンドイッチを作る事にする。
「よし、BLTサンドにしよう」
自分が食べたいメニューに決定だ。どうせ俺には、これくらいしか決定権が無いもんな。
って事で、まずはフライパンを取り出して、スライム達に玉子を割ってもらって大量の目玉焼きを作る。
「トマトとレタスは洗ってあるのが有るからそれを使えば良いか。じゃあ、あとはオーロラソースを作ってベーコンを焼くんだな」
手順を確認しながらサクラにパンを出してもらい八枚切りサイズにカットしてもらう。
「誰か、トースト焼いてくれるか」
手が空いていたオンハルトの爺さんが来てくれたので、説明してお任せする。
「じゃあ、アルファとベータはトーストが焼けたら一旦保存してくれるか」
今はバラけているスライム達を見て、一番近くにいたアルファとベータにお願いする。
「サクラは、トマトを厚切りスライスな。アクアはベーコンを切ってくれるか」
あっという間に準備が出来たので、まずはベーコンを焼き、焼けた分は一旦お皿に乗せてガンマとデルタに預かってもらう。各自に出来るお手伝いを考えるのもなかなか大変だよ。
その間に、残りのイプシロンとゼータとエータには、お皿やカトラリーをサクラから出してもらってテーブルにセッティングするのをやってもらった。
これはいつもやってるのを見ているから頼んでおけば大丈夫だ。よしよし、全員分の仕事が出来たぞ。
手早くオーロラソースを作り、出来上がった材料を順番に取り出しながら手早く仕上げていく。
丁度コーヒーも淹れ終わったようなので、ざっくり半分に切ったのをお皿に盛り付けていく。半端に残っていたフライドポテトとポテトサラダをありったけ出してやれば完成だ。
先に、俺の分をそのままに祭壇に並べて手を合わせる。
またあの手が出て来て、スルリとBLTサンドのお皿とコーヒーの入ったカップを撫でて消えてしまった。
「これで届いた?」
笑顔でうんうんと頷くシャムエル様にも、先に切り分けておいた別の分から、ちょっとずつ取り分けてやる。
「あ、そう言えば今日は味見ダンスが無かったな」
笑いながら、スプーンでコーヒーをすくって入れてやると、嬉しそうに頬を膨らませながら立ち上がった。
「なんなら今から一曲踊って見せようか?」
「いや、もう食べたいから、それはまた夕食でお願いします」
笑ってもふもふの尻尾を突っついてから、俺は祭壇から下げたBLTサンドにかぶりついた。
うん、何があっても飯が美味いのは大事だよな。