後始末
「なあ、面白がってないでちょっと助けてほしいんだけど」
大きなため息と共にもう一度そう言うと、笑ったハスフェルがどこからかロープを取り出して、あっという間に暴力執事を捕まえてぐるぐる巻きにしてくれた。
それを見て剣を納める。
笑ったギイとオンハルトの爺さんが、俺の背中や肩を叩いてくれた。
「アーノルド、すまないが後始末を任せても良いか?」
そう言って、まるで荷物を渡すみたいにロープでぐるぐる巻きになった暴力執事をそのまま足元に放り投げるようにした。潰れたような悲鳴を上げて、ぐるぐる巻きの暴力執事が転がる。
転がって来たそれを片足で止めたアーノルドさんは、苦笑いしつつも頷いてくれた。
「お前さんには借りが山ほどあるからな。まあこれくらい頼ってくれて良いよ」
そう言って、まだ立ち上がる事も出来ない公爵を振り返った。
「軍の保安担当者を呼びますよ。よろしいですね」
「いや、あの……」
何度か口をパクパクさせていた公爵は、床に座り込んだまま頭を抱えて大きなため息を吐いた。
「待ってくれ。今、騒動は困る」
「貴方の都合を聞く理由はありません。ですが、我々の要望を聞くなら、まあ私の権限で内々に処理して差し上げましょう」
にんまりと笑うアーノルドさん。俺達は何となく顔を見合わせてから、黙って後ろに下がった。もう一人いた執事さんが、こちらも座り込んだまま立ち上がる事も出来なかった坊ちゃんを立ち上がらせて、一礼して一旦部屋に戻って行った。
その時、坊ちゃんがその執事の腕に縋って、やっぱりお前が良い、と言ったのが聞こえて俺は驚いて振り返った。
その執事は嬉しそうに頷き、坊ちゃんの手を取って廊下を並んで歩いて行く。
その笑顔は、ぐるぐる巻きで転がる暴力執事とは対照的だった。
「ハンスは息子の担当執事だったのだが、このマイヤーをあの騒動依頼、目付役として妻から押し付けられて、それがもう口煩くて……それでその、息子の担当にさせていたのだ」
モゴモゴと言い訳がましく公爵が説明する。
「要するに、もう浮気しないようにと奥さんから付けられた監視役を、口煩くて邪魔だから息子の執事と交代させていた?」
思わず突っ込んだ俺の言葉に、アーノルドさんだけでなく、ハスフェル達までが揃って吹き出した。
「身も蓋もない言い方だが、まあ間違って無いな」
「うわあ、最低」
公爵は、頭を抱えて床に屈み込んでしまった。
「ほら立ってください。そんな事をしていても、ここから消えてなくなるわけでなし」
アーノルドさんの言葉に、公爵が立ち上がる。
「閣下。まずは正式に彼に謝罪を。彼は貴方の配下の者から一方的な暴力を受け、大切な家族を攫われました。それに貴方も無関係ではありませんでしょう?」
アーノルドさんの言葉に、公爵は俺を振り返った。
「心からの謝罪を。本当に申し訳ない。私は子供の頃にオオタカに噛み付かれてもう少しで指を失うところだった。おかげで今でも鳥は苦手でね」
小さくなってそう話す公爵の話を聞いて、俺はちょっと悲しくなった。
恐らく、誰かが飼っている狩り用のオオタカだったのだろう。子供なら触ってみたくなるのも分かる。子供に不意に触られそうになって嫌がって噛み付いたのだろう。この鋭い嘴で本気で噛み付かれたら、子供の指なんて……それを考えると、恐らくそのオオタカはちゃんと加減して噛んでる。
「閣下、今更かもしれませんが、触ってみますか?」
思わずそう言ってしまった。
「構わないだろう?」
小さな声でファルコに聞くと、頬を膨らませて頷いてくれた。
「どうぞ、良いって言ってますから」
左腕に留まらせたファルコを差し出すと、恐る恐る手を伸ばした公爵は、そっとファルコの背中を撫でた。
「おお、柔らかい……」
そう呟くと、もう少し手を伸ばしてファルコの首の辺りをそっと触った。
「ここを触ったら、不意に噛まれたんです。血が出て、大泣きしましたよ」
苦笑いしながらもう少し触って手を引いた。
「ありがとうございます。おかげで、子供の時の怖かった記憶が少しは怖くなくなりました」
「それなら良かった」
俺は笑ってファルコを撫でてやった。
なんだかもう、色々とどうでも良くなって来た。
俺の怒りって、長続きしないんだよな。
まあ、俺に直接暴力を振るった奴らにはしっかり仕返ししたし、もう良いか。
アーノルドさんを見ると、彼は大きく頷いて俺を見て口を開いた。
「これで良いか?」
「ええ、謝罪は受け入れましたよ」
そう言ってやると、公爵はもう一度、今度は頭を下げて謝ってくれた。
「じゃあ、後はこっちだな」
足元にぐるぐる巻きになって転がる暴力執事を見て、俺はマックスを連れて近寄った。
「貴方が動物を嫌いなのは分かりました。別に、無理に好きになれとは言いません。ですが、暴力はいけませんよ」
しゃがみ込んで、言い聞かせるようにそう言ったが、多分、彼はそれどころではなかっただろう。
何しろ、無抵抗に転がるこいつの上から、マックスが鼻息荒く覗き込んで匂いを嗅ぎまくった挙句に、すぐ近くで思いっきり欠伸をしたのだからな。
巨大な牙が丸見えになる。
声も無く呻いたそいつが気絶する前に、俺は腕を伸ばして襟首を引っ掴んで顔を寄せた。
「嫌いなのは結構。ただ、存在を認めろ。嫌いなら関わるな。弱いものに暴力を振るうな。それだけだ」
「い、良いのか? それで」
驚く暴力執事に、俺は頷いた。
「動物を嫌いなのはお前の自由だよ。だけど、それを他人に強要するな。認めろ、それだけだよ。簡単だろう?」
必死になって頷く暴力執事を、俺は手を離して床に転がした。
「で、これ。どうするんですか?」
アーノルドさんを見てそう聞くと、彼は苦笑いして頷いた。
「もう解いて良いか?」
ハスフェル達に向かってそう聞いたが、足はまた暴力執事を踏みつけている。
「じゃあロープは返してもらうよ」
ハスフェルがそう言って横に来て、簡単に結び目を解き、力一杯ロープを引っ張った。
当然、引かれた本体、つまり暴力執事は勢いよく厩舎の床を転がって行った。
当たって止まったのは、ニニの足だった。
目を開いた暴力執事は、悲鳴を上げて転がって逃げる。そのまま壁際まで行き、頭を抱えて固まってしまった。
「そこまで怖がられたら、傷つくよなあ」
ニニの側へ行き、そのもふもふの首に抱きついてやる。
大きな音で鳴らされる喉の音を聞いてから目を開くと、呆気にとられて俺を見上げる暴力執事と目が合った。
「暴力は駄目だけど、あの公爵は確かに誰かに首根っこを押さえておいてもらわないと、またフラフラと何処かへ飛んで行きそうだな」
肩を竦めてそう言ってやると、ため息を吐いた暴力執事はようやく立ち上がった。
「分かりました。もう少し私も冷静になります。約束します。暴力は振るいません。それから奥様に連絡して、旦那様の監視の人数を増やしていただきます」
ゆっくりと起き上がった暴力執事は、改めて頭を下げてそう言った。
ここで普通の夫婦なら、別れてやる! ってなるんだろうけど、どうやら別れる気は無いみたいだ。
まあ、そこまで俺は介入する気は無いから、後は好きにやってください。
「帰ろう。腹が減ったよ」
ため息を吐いて振り返った俺の言葉に、ハスフェル達もうんざりしたように頷いてくれた。