予想外の展開
「初めまして。クリスと申します」
目を輝かせて挨拶をするクリス少年は、こうして見ると、確かに小柄で痩せた印象を受ける。顔色は悪くは無いようだけどね。
「ケンです。ご覧の通りの魔獣使いです」
差し出された右手は、ふわふわの小さな子供の手だ。
「うわあ。硬いんですね」
握手すると、驚いたようにそんな無邪気な事を言ってる。
「一応、それなりに武器も使いますから」
誤魔化すようにそう言って、腰の剣を見せると二人を連れて厩舎に入った。
公爵について来た執事と、例の暴力執事の二人は厩舎の入り口のところで、立っている。
控えている風だけど、あれは絶対マックス達に近付きたく無いんだよ!って思ってるのが丸わかりだ。
だけどまあ、とりあえずは公爵の相手が先だ。
マックス達も、自分の役割を承知してくれているので、彼らが近寄って来ても知らん顔だ。
ただし、何だか妙に偉そうで、物理的にも精神的にも上から目線だ。
「こ、これはまた、見事な魔獣ですね。これ程の大きな魔獣をテイムなさるとは……」
公爵はそう呟いたきり、半ば呆然とマックスを見上げている。
まあ、小柄な公爵からしたら、マックスは桁違いの大きさに見えるだろうさ。
順番にマックス達を紹介してやる。ただし、背に乗って知らん顔している他の従魔達はスルーだ。
それでも、二人とも揃って目を輝かせてる。
あれ? 何だか拍子抜けだぞ?
予想では、あまりの大きさに怖がって嫌がるか、或いは金を払うから売れと言われるのを予想していたんだが全然そんな様子は無く、ただただ親子揃って感心しているだけだ。
何となく俺達は顔を見合わせて小さく肩を竦めた。
その時、バタバタと足音がしてあの飼育員の男が駆け込んで来た。
「お、遅くなりやした……」
息を切らせながらそう言って厩舎に入ってきた彼は、マックス達を見上げて呆気にとられて口を開けたまま固まってしまった。
奇妙な沈黙が落ちる。
「ええと、この人は?」
俺の言葉に、目を瞬いて我に返って慌てたように深々と頭を下げた。
「大変失礼致しました。厩舎担当のベンと申します。初めまして。魔獣使いの旦那」
「ケンです。初めまして」
握手をしてわかった、彼は働き者だ。
分厚い手は、握った時に丸い形になるように固くなっている。
世話をするために柄の長い棒を持っている証拠だ。
俺の顔を見て何か言いかけたベンさんだったが、俺は小さく頷いて手を離した。
彼も頷き下がる。
ベンさんにも、一通り従魔達を紹介してやった時、それは起こった。
いつものサイズになったタロンが、突然、厩舎の奥からフラフラと出て来たのだ。演技だって分かってても、本気で心配になるくらいの弱りようだ。
明るいところへ出て来たタロンは、ぱったりと倒れてその場に蹲ってしまった。
倒れた場所が、綺麗に干し草が敷いてある場所なのは、まあ当然なんだろう。
「ええ、どうしてタロンがここにいるんだ?」
思いっきり大きな声で叫んで駆け寄る。
「ああ、良かった。誘拐されて何処へ連れて行かれたのか分からなくて、本気で心配していたんだぞ。良かった、良かった!」
そう言って、俺はアクアゴールドが入った鞄から万能薬の入った水を取り出す。
「ほら、飲んで」
左手を皿代わりにして、水を飲ませてやる。
小さなタロンの舌がくすぐったいよ。
「万能薬入りの水はよく効くな」
笑ってそう言い、あっという間に元気になったタロンを抱きしめてやる。
「だけど、どうしてお前がこんなところにいるんだ?」
背中を撫でてやりながら、公爵を振り返る。
「き、君は……万能薬入りの水を従魔に飲ませるのか?」
呆気にとられたような公爵に、俺は平然と頷いて見せた。
「当たり前でしょうが。貴方だって、家族が弱っていれば、それくらいするでしょう?」
「いや……相手は獣だぞ?」
「そりゃあそうですよ。俺は魔獣使いですからね。テイムした子は、全員俺の大切な家族ですよ」
「それはまあ……」
若干、公爵の俺を見る目が変わって来た。
「実は、昨日道を歩いていて、いきなり襲われましてね」
「それはまた、大変でしたな」
平然とそんな事を言う公爵を横目に、俺は厩舎の開いた風取りの窓を見た。
そこには、いつもの大きさになったファルコが留まっている。
「おいで、ファルコ」
俺の声に、甲高い声で一声鳴いたファルコが軽々と滑るように俺の左の肩に飛んできて留まる。
「その際に、こいつとこのファルコを攫われました」
眉を寄せる公爵は、ファルコを見てわざとらしく首を傾げる。
「空を飛ぶ鳥がそう簡単に攫われますか? 単に転んだ拍子に逃げられたのではありませんか?」
「それが公爵、ギルドにもその事件の目撃情報が数多く寄せられておりましてね」
すかさず、ギルドマスターのアーノルドさんが口を挟む。
「目撃情報?」
「はい。その襲撃犯は、彼を背後からいきなり突き飛ばして転がし、彼と一緒にいた猫とオオタカを確保の網で捕らえて即座に逃げたそうです」
「たかだか猫と鳥如きに、まさかそんな」
「そのまさかなんです。しかもその襲撃犯が、こちらの警備を担当している者達に、言われる特徴が全てそっくりでしてね」
ギルドマスターの言葉にも、公爵は平然としている。
「閣下は、この子達をご存知でしたよね」
俺の言葉に、公爵は嫌そうに顔を歪めて俺を見る。
「やめろ。言い掛かりも甚だしい」
「言い掛かり? 貴方はここで、彼らを前にしてこいつらを用意していた檻に入れさせ、こいつはいらないから処分しろって仰ったんでしょう?」
ファルコを撫でながら俺がそう言うと、公爵の眉がまるで生きているみたいにピクピクとはねた。
「何の話だ?」
俺は、公爵を正面から睨みつけた。
「ご存知ないみたいなんで、言っておきますけど。魔獣使いは従魔達と話が出来るんです。まあ、魔獣使い自体最近では殆どいないらしいですけどね」
驚きに目を見開く公爵に、俺はさらに畳み掛ける。
「それから、そちらの執事さん。クリスが可愛がってた白いウサギを蹴り飛ばして庭に捨てたでしょう? 猟犬が放し飼いになってる裏庭にね」
坊ちゃんが、悲鳴を上げて執事を見る。
「何を証拠に! 言いがかりはやめてください」
その言葉に、怒ったようにファルコが一声鳴いていきなり舞い上がり、執事の頭上ギリギリを急旋回して戻ってきた。
執事は驚いて床に座り込んで腰を抜かしている。
「それはファルコから聞きましたよ。貴方達が思っている以上に、動物達は、人間のする事を見ていますよ。そして、言葉だって解っている」
その言葉に目を見開いた公爵は、厩舎に繋がれた馬を見ていきなり悲鳴を上げた。
「ま、まさか……そんな事、あり得ん」
その時、シャムエル様が俺の肩に現れて耳を叩いた。
「第三段階を解放する」
神様の声でそう言って、またすぐに消える。
「じゃあ聞いてみましょう。お前は閣下の馬なんだろう? 最近、いつ彼をその背に乗せたんだ?」
アーノルドさんとオンハルトの爺さんの乗って来た馬の奥には、これまた相当大きな馬が繋がれている。
間違い無く、公爵の馬だとひと目でわかるレベルだ。
俺はその馬に優しく話しかけた。
「そうね、六日前にお出掛けしたわ」
俺の質問に、嬉しそうに馬が教えてくれる。
「へえ、六日前に出掛けたのか。どこへ行ったんだ?」
「スヴェン伯爵の所へ行って、待っていたココ夫人と一緒に遠乗りに出かけたのよ」
「スヴェン伯爵の所へ行って、待っていたココ夫人って人と一緒に遠乗りに行ったのか」
俺がそう聞き返すと、アーノルドさんがいきなり吹き出し、公爵は悲鳴を上げて俺に飛びかかって来た。
「分かった、分かったからそれ以上言うな!」
俺の口を必死で押さえる公爵を見て、俺は何と無く事情を察した。
これって、また別の浮気相手かよ。ってか、公爵……まだ懲りてないのか。
何となく気不味い雰囲気になった時、いきなり、あの暴力執事が叫んだのだ。
「貴様は、貴様はあれだけの騒ぎを起こしておいて、奥様を悲しませておいて、まだ懲りないのか!」
今度は俺達が驚きに目を見張る。
「言ったはずだ。次は容赦しないと!」
顔を真っ赤にしてそう叫んだ執事は、何といきなりナイフを抜いて公爵に襲い掛かったのだ。
情けない悲鳴を上げて公爵は逃げようとしたが叶わず、背後から襟元を掴まれて転がる。
何か考えるより先に、体が動いていた。
俺は即座に腰の剣を抜き、一瞬で執事が持っているナイフを弾き飛ばしたのだ。そのまま執事の首筋ギリギリで剣を止める。
「動くな!」
暴力執事は呆気にとられたように固まったまま俺を見て、ようやく自分に向けられた剣を見て震え始めた。
「お、お助けを……」
「人にナイフを抜いて襲い掛かった奴の台詞じゃねえぞ」
呆れたように言いつつ、俺は心底困っていた。
まさかの内輪揉めの展開。しかも刃傷沙汰。
さすがにこれは、予想していたどの展開パターンにも無い。
助けを求めるようにアーノルドさんを振り返ると、何と彼は、今にも吹き出しそうになっているのを、口を両手で押さえて必死になって我慢していた。
「なあ、面白がってないでちょっと助けて欲しいんだけど、これ、どうすればいいと思う?」
心底嫌そうにそう言った俺は……間違ってないよな?