決戦の朝
「お疲れさん。とにかく戻ろう」
馬鹿二人を従魔達に協力してもらって叩きのめした俺達は、顔を見合わせて頷き合い、意気揚々と宿に戻った。
先に報告のためにギルドの本部に顔を出すと、事情を分かっている冒険者達が何人も、無言でサムズアップしてくれている。笑顔で返して、もう一度俺達もサムズアップ。
うん、本当に皆の協力に感謝だよ。
「おう、戻ったな。いやあ予想以上に上手くやってくれたな。こっちまでスカッとした良い気分になったぞ」
満面の笑みのアーノルドさんにそう言われて俺は誤魔化すように頭を下げた。
カウンター越しのアーノルドさんの言葉に、広間に笑いが起こる。どうやらあの二人組は、かなりあちこちで揉め事を起こしていたみたいだ。
「で、あいつら……どうなりました?」
思わず顔を寄せて尋ねると、アーノルドさんは俺達を見ていきなり笑い始めた。
「いやもう最高だったな。第一発見者は、地元の商店街の役員でな。再開発地域へ用心の為に夜間の見回りに行こうとしていたところで奴らと遭遇。素っ裸で酒にまみれてびしょ濡れになって転がってたあいつらは、さっぱりわけがわからないまま軍部の兵士に連行されて行ったよ。野次馬が集まって来て、指差して笑われてた。そりゃあもう大騒ぎだったんだぞ」
その言葉に、またしても広間は大爆笑になった。
ひとしきり笑ってから、皆に挨拶をして宿泊所に戻った。
宿に戻ったら当然のように全員が俺の部屋に集まって、まずは夕食だ。
「今夜は、景気付けにステーキにします!」
フライパンを取り出してそう言うと、大喜びで拍手してくれたよ。付け合わせにジャガイモを軽く茹でて粉吹き芋にしたのを大急ぎで用意した。後は味噌汁とトマトがあれば良いだろう。
サクラにブラウンブルの一番良い部分を分厚く豪快に切ってもらって、順番に焼いていく。
アクアには玉ねぎのすり下ろしを作ってもらい、肉を焼いている間に、別の鍋で手早く即席ステーキソースを作る。肉が焼けたら完成だ。
俺はご飯、ハスフェル達はパンを焼いて席に着いた。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜っじみ!」
もふもふダンスの後、これまた見事に回転したシャムエル様はお皿を頭上に差し出したポーズで止まった。尻尾がクルッと巻き込まれて、シャムエル様のもふもふ具合が更にパワーアップ。
掴んでおにぎりにしたい欲求と、俺は必死になって戦ったよ。
落ち着く為に深呼吸をしてからステーキの真ん中の良いところを切ってやり、粉吹き芋と一緒にお皿に乗せてやる。それからご飯を少し、軽くお箸で固めてから粉吹き芋の横に入れてやり、わかめの味噌汁は盃に入れてやる。
「はいどうぞ、厚切りステーキだよ」
「うう、これは美味しそう」
頬をぷっくらさせて嬉しそうに目を細めたシャムエル様は、両手に持ったお皿に顔面からダイブしていった。
「おお、相変わらず豪快にいくなあ」
感心してしばらく食べる様子を眺めていたが、我に返って自分の分を食べ始めた。
「うん、がっつり分厚いステーキは、やっぱり美味しいよな。そう言えば、まだ料理の仕込みも途中だったよな。付け合わせのサラダやなんかも作らないといけないし、サンドイッチは壊滅だもんな。はあ……明日で決着がつくかなあ」
小さくため息を吐いて、大きなステーキを口に放り込んだ。
うん、どんな時でも飯が旨いって大事だよな。
大満足の食事を終えて、果物を少しだけ食べて片付ける。
その後は、酒を出してもらって飲むことにした。
まあ、正直なところ、飲まないとやってられるか! ……ってのが、今の一番の気分だ。
そしてアーノルドさんが途中から訪ねて来てそのまま酒盛りに参加している。彼の前には、持参してきたウイスキーの瓶が並んでいる。
三人が喜んでいたから、どうやら良い酒らしい。よし、後で飲ませてもらおう。
「それで、明日はどうするんだ?」
二杯目のグラスを傾けながら、アーノルドさんが俺を見る。
「さすがに、公爵相手にあんな実力行使はしませんよ」
入れてもらった水割りを飲みながら首を振る俺に、ハスフェル達は何か言いたげだ。
「なんだよ、言いたい事があるなら言ってくれて良いんだぞ」
顔を見合わせたギイが口を開いた。
「お前がそれで良いって言うなら、まあ構わないが、個人的には生温いと思うがな」
隣では、ハスフェルとオンハルトの爺さんだけでなく、アーノルドさんまで頷いている。
「そりゃあ俺だって腹は立ったよ。だけど実際、冷静になって考えてみたら俺達側の被害はごく軽微だよ。結果論でしかないかもしれないけど、少なくともファルコもタロンも無傷で帰って来た。だからさ、一応まずは正面から訪ねて行って、出来れば直接会って本人の為人を知りたい。まあ大体の予想はついてるけどさ。で、それ次第でこっちの態度を決めるよ」
「成る程、直情型で怒りに任せて突撃するかと思っていたが、意外に冷静なんだな」
「基本的に、争い事は嫌いなんでね。だけどまあ、落とし前は付けさせてもらうよ」
肩を竦めてグラスを傾ける。うん、確かに旨い酒だね。
それからもう少し飲んで、お開きになった。
部屋に戻る彼らを見送り、机の上を手早く片付ける。
「それじゃあ明日に備えてもう寝るとするか」
防具はもう脱いであるので、靴と靴下を脱いだ俺は、サクラに綺麗にしてもらってから、ベッドで待ち構えているニニとマックスの隙間に潜り込んだ。
そそくさとウサギコンビが定位置につく。当然のようにタロンが俺の腕の中に潜り込み、ソレイユとフォール、フランマはそれを見てベリーの所へ向かった。スライム達は、サクラとアクアはマックスの背中に、それから他の子達はベリー達のところへ行って、誰かの背中に好きにくっ付いてる。
「お休み、明日もよろしくな……」
もふもふのニニの腹毛の海に顔を埋めて、小さく呟いた俺は、すぐに眠りの国へ旅立っていった。
さあ、決戦は……明日だぞ。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
「おう、今日は起きるぞ」
なんとか起き上がった俺は、座って大きな伸びをしながら欠伸をした。
「ああ、ご主人起きちゃった」
「せっかく張り切って起こす予定だったのにね」
残念そうにそんな文句を言ってるソレイユとフォールをおにぎりの刑にしてやってから、顔を洗いに水場へ向かった。
『おはようさん。もう起きてるか?』
頭の中にハスフェルの声が聞こえる。
「おう、おはようさん。起きてるぞ、今身支度が終わったところだ」
『どうする?もう出るか?』
「屋台でいろいろ買ったのがあるから部屋へ来てくれよ。それで食後に作戦会議だ」
『了解だ、すぐ行くよ』
気配が切れたので、部屋に戻って待つ。
しばらくして三人が揃って来てくれたので、まずは買い置きのサンドイッチや串焼きを出してやる。
コーヒーも入れてもらったピッチャーをそのまま出しておいたよ。
ゆっくりと朝食を食べてから、作戦会議の時間だ。
「昨日、アーノルドに確認したが、早駆け祭りの情報はこの街にも確実に届いているから、公爵も間違いなく知っているとの事だ」
ギイの言葉に、ハスフェルも頷いている。
「おお、聞きたかった情報を有難うな。それじゃあ、このまま正々堂々と正面から突破しても、恐らく中に入れるな」
頷くギイを見て、頭の中で、展開を考えながら、足元にすり寄って来たタロンを抱き上げた。
「なあ、あの厩舎にいた飼育員の男って、どう思った?」
「ファルコを逃したあの男?」
頷く俺に、タロンは小さく首を傾げた。
「粗野な男だったとは思うけど、あの中では一番まともだったわね」
「やっぱりそうか。それじゃあこのやり方で行くか」
その後の展開を考えながら、ファルコを振り返った。
「ファルコはどうだ? もうあの屋敷には近付きたくないか?」
「まあ好きか嫌いかって聞かれたら、確実に嫌いですけど、必要があるのなら、何処へでも行きますよ」
頷いた俺は、ベリーを振り返った。
「なあベリー、あの、最初にタロンとファルコを捕まえたなんとかって魔法の道具。万一あれを出されたら従魔達を守れるか?」
「捕まえた魔法の道具? ああ、確保の網ですか」
「そう、それそれ」
「もちろんですよ。ご希望ならあんな簡単な道具程度、サクっと壊しますよ」
「あはは、さすがだな。じゃ、もし出されたら豪快に壊してやってくれるか。いや、万が一って事があるからさ。ベリーとフランマには、姿を隠して護衛って言うか、裏から守って欲しいんだよ」
情けない俺の頼みを、ベリーとフランマは二つ返事で引き受けてくれた。
「それじゃ、行くとするか」
立ち上がった俺に、ハスフェルが握る拳を突き出す。
笑って拳をぶつけ合い。ギイとオンハルトの爺さんとも同じように拳をぶつけ合った。
「今回は、見栄えも仕事のうちだからさ。頼りにしてるよ」
「任せろ」
短い答えに、俺は頷き、揃って部屋を出て行った。
さあ、待ってろよ公爵。
部下達の不始末の数々と、ファルコへの暴言。命ってものの値打ちと価値を分らせてやる。
きっちり、この落とし前は俺のやり方で付けさせて頂くからな。