俺流の仕返しのやり方 その1
「それじゃあ、よろしくな」
「任せて、すぐに連れて来るからね」
得意気に尻尾を立てて走っていくソレイユは、普段の小さくなっているサイズよりも更に小さくなっていて、パッと見た感じちょっと大きくなったくらいの子猫サイズだ。ただし、耳は大きいけどね。
颯爽と走り去る後ろ姿を見送って、俺は小さく深呼吸をした。
「よし、じゃあ俺達も定位置に就くとしよう」
振り返った俺の言葉に、ハスフェル達は揃って無言で頷いた。
プラン7の予定通り、まずはあの襲撃犯どもに売られた喧嘩を倍返しする事にした。
それで、決めた作戦の説明を従魔達にすると、この役をやるのに俺の従魔達全員が立候補して、誰がやるかで大騒ぎになった。
「待て待て、お前ら。気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着け。まずマックスとニニは物理的に一匹で街の中にいると確実に軍部に通報されるから却下。草食チームは……」
「郊外の村と違って街の中では、猛禽類やウサギが飼い主と一緒じゃ無しに街の中を勝手に走っていたら、仮に首輪をしていても、同じく絶対不審に思われて軍部に通報されるのは確実だからこれも却下だ」
俺の言葉を継いで、ハスフェルが真顔で従魔達に言い聞かせてくれた。
おお、軍部に通報されると、さすがにまずいって。
で、話し合いの結果。街の中に一匹だけでいても一番不自然じゃ無い、猫族軍団の誰かに行ってもらう事になった。
「はい、じゃあ私がやります!」
尻尾を立てて宣言したタロンだったが、俺が慌てて止めに入る。
「ダメだって。タロンには別にやってもらいたい事があるんだよ。今回は身軽で体が細くて弱そうに見える……ソレイユに行ってもらうよ」
俺の言葉に、ソレイユが得意気に尻尾を立ててドヤ顔になり、タロンとフォールは不満げだ。
「だから、お前らにもちゃんと出番はあるから待っててくれって」
言い聞かせるようにそう言って、順番におにぎりの刑だ。
物凄い音で鳴らされる喉の音を聞き、小さな鼻先にそっとキスしてやった。
ちなみに、一匹で行ったソレイユには、フランマとシャムエル様が念の為姿を消して付き添ってくれている。
だけどまあ、小さくなったとはいえ一流の冒険者達でさえも恐れる猫科の猛獣。当然だが小さくてもめっちゃ凶暴。
爪と牙の威力は普通のネコの比じゃありません、断言。
万一の場合は、小さいままで本気で相手をするらしい。それは俺でも怖い!
苦笑いした俺は、ハスフェル達と一緒に今回の作戦決行場所に向かった。
この辺りは、いわば再開発の為に古い建物が取り壊された一帯で、そろそろ日が暮れたこの時間になると、周りには人がいなくなるとアーノルドさんに教えてもらった場所だ。
広い空間があって、人目が無いって、まさに今回の作戦にはお誂え向きの場所だよ。
保護したウサギは、アーノルドさんにお願いして一旦ギルドで預かってもらっている。
今ここには、ソレイユ以外の俺がテイムした従魔全員が揃っている。
全員やる気満々だ。
夜目が利く俺達は、すっかり暗くなったその場所で、奴らが誘い出されて来るのを黙って待っていた。
「お、そろそろ始めるみたいだぞ」
お皿を持ったオンハルトの爺さんの言葉に、慌ててお皿を覗き込む。
そこには、見覚えのある顔が映し出されていた。
「よしよし、酒場からこっちの屋台に上手く誘き出してくれたみたいだな」
俺が呟いてみたそれは、以前、厩舎で見たあの俺を襲撃した二人組だ。
その後ろでは、冒険者らしき数人が同じく乾杯しているので、彼らが誘い出してくれたんだろう。
時折意味不明に乾杯しながら、手にした酒瓶を煽っているが、もう殆ど空になっている。
日が暮れてから、まだ間もないってのに、男達はもうすっかり出来上がってるみたいだ。
どうやらこの店は、金と引き換えにカウンターで酒を自分で買って持って行くセルフタイプの店らしく、男二人は横の棚に並んでいた酒瓶を指定して、ポケットから硬貨を取り出してカウンターに置こうとした。
その瞬間、軽々と飛び跳ねたソレイユが、何と男の手からその硬貨を一瞬で奪い取ったのだ。
「あ、なにしやがる、こいつ!」
真っ赤な顔の男が怒鳴り、さっさと逃げ出すソレイユを追いかける。
もう一人の男も、何か叫びながら追いかけて来る。
「うわあ、すっげえ飛んだな、あれ。カウンターまで一瞬だったぞ」
ソレイユのジャンプ力半端ねえ。
密かに感心してると、ソレイユは捕まらないギリギリの距離を保って、こっちへ誘導して来るのが見えた。
時折、後ろに冒険者らしき人が映るのは、彼らが通り過ぎた後の道をこっそり見張って封鎖してくれるためだ。
ギルドの協調力も半端ねえよ。
「来たぞ」
足音がして、ソレイユを追いかけた男達が更地になったこの場所に駆け込んでくる。
さすがに息が切れて足元がふらついてる。
「よし、スライム軍団。行け!」
俺の合図で、平たくなって地面に擬態していたスライム軍団が一気に動き出した。
「うわうわ!」
「うわあ、なんだこれ!」
悲鳴を上げて転がる男達。
そりゃあ当然だろう。ただの地面だと思った場所がいきなり水みたいに一斉に動き出して、自分達を飲み込もうとしたんだからな。
悲鳴を上げて必死になって逃げようとするが、足首から先が完全に埋まっていて逃げられない。
それぞれ転んだ状態のままで、何とか逃げ出そうとジタバタともがいている。
「よし、恐竜チームとファルコとセルパン、行け!」
頃合いを見て、第二弾だ。
巨大化した恐竜、つまり、ブラックラプトルのデネブと、ブラックミニラプトルのプティラがそれぞれ身長5メートルクラスに巨大化して現れたのだ。
すっかり暗くなった中を現れた二頭の恐竜は、はっきり言ってシルエットしか分からないだろう。だけどそれで充分だ。
情けない悲鳴を上げて、男達が更に暴れる。
腰に差した短剣を抜こうとした瞬間、スライムがそれを取り上げて一瞬で溶かしてしまった。
「へえ。スライムって、金属でもその気になれば一瞬で消化するんだな」
思わず呟くと、横で見ていたハスフェルたちが吹き出した。
「お前は相変わらずだな。気にするところはそこか」
「いやあ、あんまり素早かったからさ」
顔を見合わせて苦笑いした俺達は、また男達に目をやる。
巨大化したファルコが、男達を爪の先で引っ掛けて思い切り転がすのが見えて、思わず応援したよ。
そこに巨大化したセルパンが這い寄ってきて、男達の前にあの巨大な鎌首をもたげた。
チロチロと口の隙間から舌が出入りするのを見て、また悲鳴を上げてぶっ倒れる。
一瞬気絶したみたいだが、セルパンが尻尾で叩いて転がすと、奇妙な呻き声を上げてなんとか這うようにして逃げ出した。
「足を離していいぞ。ただし、時々いきなり捕まえてやれ」
俺の指示で、スライム達が捕まえていた男達の足を離した。
意味不明の悲鳴を上げながら、転がるようにして男達が逃げ出す。
更地を逃げ惑って、上空のファルコに引っ掛けられては何度も転んで、違う方向に逃げようとしてまた転ぶ。
そろそろ足元が覚束なくなってきた所で、俺は次の指示を出す。
「よし、ウサギコンビとアヴィ、行ってこい!」
振り返った俺の言葉に、頷いたウサギコンビはコニーにしがみついたアヴィと一緒に走り出した。
あっという間に逃げた男達に追いつく。
一瞬で巨大化したアヴィが、背後から男達に覆い被さる。
勢い余って見事に素っ転んだ男達が悲鳴を上げてもがいていたが、一瞬で元の大きさに戻ったアヴィを、姿を隠してついて行ってくれたベリーが即座に回収してくれた。アヴィは非戦闘員だからね。
一方のラパンとコニーは、逃げ惑う二人の男をそれぞれ後ろ足で思い切り蹴飛ばしたのだ。
またしても見事にすっ転ぶ男達。
そして転がっていった先で待っていたのは、マックスとシリウス、そしてニニを先頭に、これまた巨大化したソレイユとフォール、スピカとベガの猛獣軍団だったのだ。
巨大な猛獣軍団が、転がってきた男達を取り囲んで、嬉々として前足で転がし始める。
あれって爪は出ていないが、あの大きさの猛獣に取り囲まれて転がされた時点で完全に死亡フラグだ。
男達のかすれた情けない悲鳴が右に左に転がる。
更に追い討ちをかけるように、途中乱入した恐竜達が尻尾で転がってきた男達を叩いて更に転がす。
ゴロゴロと転がる男達はもう、悲鳴も上げられない。
完全に恐怖のあまり硬直して固まってしまった。
「よし、行ってこい」
俺の後ろで出番を待っていた巨大化したタロンの首元を軽く叩いてやる。
小さく鳴いたタロンは、一瞬で男達に上から飛びかかった。そのまま両方の前足で、二人を軽々と押さえつける。
押さえ付けたそこには、人の指なんかよりも遥かに巨大な鉤爪が服に軽くめり込んでいる。
白いタロンは、薄暗がりの中でもよく見える。
男達にも、自分を抑え込む真っ白な巨大猫の姿は見えていただろう。
二人を押さえ込んだまま、目の前でタロンはこれみよがしに口を開けて大きな欠伸をして見せた。
男達の腕ぐらいありそうな巨大な上下の牙が剥き出しになる。
それを目の当たりにした瞬間、男達は悲鳴も上げずに気絶して地面に転がった。
「なんだ、もう終わりなの? 今からいい所なのに」
不満気にそう言って、タロンが前脚で二人の男を軽く叩いて転がしたが、二人とも完全に気絶したみたいで、全く反応無しだ。
「まさかとは思うけど、殺してないよな?」
思わずそう尋ねると、タロンに鼻で笑われた。
「殺すわけないでしょうが。ご主人が殺すなって言ったから、これで我慢してるのに! しかももうお終わりだなんて、全然つまんないの!」
「ああ、ごめんごめん。じゃあこいつらは気絶したからここまでだよ。後はよろしくな」
俺の言葉に、タロンが下がり、また小さくなって下がっていたスライム達が戻ってくる。
「じゃあ、こいつらは予定通りに転がして来るね」
そう言って、あっという間に気絶した二人を取り込んで、着ていたものを全部一瞬で溶かしてしまった。そのまま地面にぺっと吐き出す。
見たくもない、酔っ払いの素っ裸野郎の完成だ。
そのまま男達を担いで、スライム達はスルスルと移動していなくなってしまった。
街に近い、すぐに見つかりそうな場所に、そのまま転がしてきてもらう作戦だ。
一応見張りをしてくれている冒険者達が、適当に時間を開けて見つけてくれる事になってるけど、素っ裸で街の中にいるのがどの程度の問題になるのか。またその後どうなるかなんて、そんなの俺は知らないよ。
「転がしてきたよー! ご主人!」
戻ってきたスライム達が、得意げにそう言って伸びたり縮んだりしている。
「ご苦労様。じゃあ今夜はこれで撤収だな。明日はラスボスのところへ話しつけに行くぞ」
にんまり笑った俺に、今回は観客に徹してくれたハスフェル達も笑って、お互いの手を叩き合った。