ようやく全部の状況を把握したよ
「おう、ちょうど良かった。悪いが奥へ来てくれ」
ギルドマスターのアーノルドさんが、建物に入ってきた俺達を見て立ち上がった。
「ええと、こいつらも一緒で……」
「もちろん、一緒に来てくれて構わないよ」
急いでいるかのようにそう言って頷き、足早に奥にある別室へ通してくれる。
大人しく後をついて行き、全員部屋に入ったところでアーノルドさんが自ら扉を閉めて鍵をかける。
「目撃者達から、幾つも報告が来ているぞ。酷い目にあったな、魔獣使い」
「ええと、目撃者って?」
「もちろん、お前さんを襲撃して、そのオオタカと白猫を誘拐した奴の事さ」
そう言って、ファルコを見た。
ちなみに、ファルコはいつものように俺の左肩に留まっている。
そしてタロンは、もう一回り体を小さくして、ラパン達がいつも収まっているマックスの首輪の籠に一緒に潜り込んで隠れている。
「目撃者が……まあ、いるよな。あれだけ人が大勢いた場所だったんだし」
ため息を吐く俺に、ギルドマスターは苦笑いして椅子を指差す。
「まあ座ってくれ。面白い事実も見つかったからな。こうなると、逆にギルドも、一口噛ませてもらうぞ」
「どういう事だ?」
ハスフェルの言葉に、アーノルドさんは持っていた書類の束を机に置いた。
「何かあるのか?」
「どうにもきな臭い噂があるんだ」
「きな臭いって……」
「まあ、ちょっと前置きというか、ケンは知らないみたいだから先に説明しておこう。王都では少し前に貴族間で大きな揉め事があってな。その際に、要は勢力争いに負けて失脚した奴が何人もいて、王都から追放になったりしたんだ」
アーノルドさんの説明に眉を寄せているのは、俺とオンハルトの爺さんだけで、ハスフェル達は、当然とばかりに頷いている。
「通称、二つの台風事件だな」
ギイがそう言って頷き、首を傾げる俺にハスフェルが簡単に説明してくれた。
「要するに、元を正せば二組の貴族の夫婦が、互いに浮気をしていた相手と揉めた訳だ」
「貴族の浮気など、珍しくもあるまいに」
オンハルトの爺さんの言葉に、俺も何となく頷く。
「ところが、その二組ってのが、互いに浮気し合ってた訳だ。判るか?」
にんまりと笑うハスフェルに、俺は机に置いてあった何かの瓶を二組並べて、その片方を入れ替えて見せた。
「ええと、つまりこっちの旦那と、向こうの奥さん、こっちの奥さんと、向こうの旦那が、それぞれの浮気相手だったって事?」
頷く二人に、俺とオンハルトの爺さんは揃ってため息を吐いた。
「当然、ある時ばれて修羅場になった訳だが、互いの旦那の方が、自分はこの女に騙されたと主張して、更に大揉めになった」
苦笑いしながらそう言ったアーノルドさんに、俺と爺さんは揃って顔を覆った。
「うわあ、恥ずかし過ぎる。ってか情けなさ過ぎる」
「その結果、周りを巻き込んで更に騒ぎは大きくなり、それぞれに味方する奴らまで現れて、最後には貴族社会を真っ二つに分断するほどの騒ぎになった。まあ、その二人の旦那ってのが貴族界ではどちらも一大勢力の筆頭だった事から、途中からは浮気云々はもう何処かへ行って、完全に勢力争いの様相を呈していた訳だ」
「うわあ、そんな奴らのいるところには近付きたくねえ!」
思わず叫んだ俺に、ハスフェル達が笑う。
「まあ落ち着け。この騒ぎは、最終的に国王が口を出してもう終結している。その際に、勝利した側の旦那ってのが、あそこの屋敷の公爵閣下って訳だ」
いきなり話がこっちに飛んできて、俺は目を見開く。
「だが、騒ぎ自体は収まったとは言え、表面化して見えた敵も当然多い。王都では、まだこの事件以降言い掛かりとも取れるような揉め事や、誘拐騒ぎが絶えない。この街へ療養している息子の見舞いの名目で、年に数回あの公爵が来ているのも、どうやらそんな騒ぎから逃げてきているみたいなんだ」
アーノルドさんの言葉に、俺は無言になる。
「なあ、それって……逆に考えたら、息子の病気療養そのものが嘘である可能性もある?」
「可能性どころか、はっきり言って、ほぼ確実に嘘だろうな。出入りの商人を通じて調べてもらったんだが、屋敷内部でも揉め事や問題が出るわ出るわ。要するに、誘拐などの危険があるが、そもそもの理由など言えるわけも無い。で、自分は元気なのに屋敷から出してもらえなくて癇癪を起こす子供に、使用人達が不機嫌になり、そいつらが下働きの者に八つ当たりする。毎回八つ当たりされるあの男達も相当鬱憤がたまっているらしく、何度も酒場で騒ぎを起こしたりもしているんだ」
聞けば聞くほど、嫌になってくるよ。本気で全部焼き払ってもらうのが、一番平和的解決な気がしてきた。
「じゃあ、無関係な俺を襲ったのは?」
「要するに憂さ晴らしだろうな。ケンがこの街へ来た時から、ハンプールの英雄も大した事ないって酒場で口汚く罵っていたらしいぞ」
呆れたようにそう言われて、俺はもう本気で帰りたくなった。
……帰るって何処へ? って自分で突っ込んでちょっと泣きたくなったよ。
「坊ちゃんの命令だって名目にすれば、ある程度、屋敷にある装備も自由に使える。目撃情報から推察するに、そのオオタカと白猫を捕まえた際、確保の網、と呼ばれる本来街中での使用が禁じられている魔法道具を使ったようだしな」
「何それ?」
「確保の網。本来、それこそマックスやニニ、シリウスのような大型の魔獣を生け捕る際に使われる、魔術で編んだ特殊な捕獲用の網だよ。目標を一瞬で確保出来る。ただし、下手に使うと対象に怪我をさせたり締め殺したり、周辺を巻き込んで怪我をさせる危険が高いので、使う際の条件が色々と決められている特殊な魔法道具だよ。当然だが、普通の冒険者が簡単に入手できるような道具では無い」
「そんな危険な道具を、タロンとファルコに使ったってのか!」
思わずそう叫んで机を叩いて立ち上がる。
「お前さんの怒りは最もだ。魔獣使いにとっては、従魔は家族同然だと聞く」
「家族同然じゃなくて、俺にとっては大事な家族だよ」
アーノルドさんの言葉に、ため息を吐いて座った俺はそう答えた。
「失礼した。なので、この件に関しては、軍部からも調査隊が動いているはずだ」
「使用が証明されたらどうなるんだ?」
「罰金、又は強制労働辺りだが、まあ公爵家の使用人なら、厳重注意で終わるだろう」
苦々しげなアーノルドさんに、俺はまたため息を吐く。
「つまり、あいつらの行動は、それを見越しての行動って訳か。何だか更に腹が立ってきたぞ」
腕を組んで、どうするべきか考える。
全員黙って俺を見つめている。
「ギルドとしては、はっきり言って表立っては協力は出来ないが、逆に言えば、裏ではどんな協力もしてやるぞ」
にんまりと笑うアーノルドさんは、はっきり言って一体何処の極悪人だよ! って言いたくなるような笑顔だ。
「じゃあ、例えば俺達が街の中でそいつらとガチでやり合ったら、見ない振りしてくれるか?」
「喜んで周辺の道を塞いでやるぞ」
その言葉に、俺は堪える間も無く吹き出した。
「よし、じゃあやっぱり最終プランの7で行くぞ」
「だな。じゃあ今夜のうちに済ませるか?」
嬉々として身を乗り出すハスフェル達に俺も頷く。
「あの男達なら、丁度今、酒場で飲んだくれてるぞ」
また極悪人の笑みでにんまりと笑ったアーノルドさんが俺を見る。
「言えよ。俺達に何をして欲しい?」
「じゃあ、人目につかない場所に、そいつらを追い込んで貰えるか? あとは俺達でやるからさ」
「了解だ。じゃあまずはそいつらからだな」
握った拳を突き出されて、笑った俺も拳を突き出して突き合わせた。
「売られた喧嘩は、買ってやるさ。でもって、倍にして返品してやる」
俺の言葉に、アーノルドさんだけで無くハスフェル達が大喜びで手を叩き、マックスを筆頭に、従魔達が揃って嬉しそうに鳴き声をあげたのだった。