和食って良いよな!
「ええと、じゃあもうこれはシルヴァ達に届いたわけ?」
祭壇に置かれたままのミンチカツとハンバーグ各種やご飯は、どれもまだ湯気を立てている。
「うん、もちろん届いてるよ。すごく喜んでるね。あ、もうこれは片付けてくれて良いからね」
シャムエル様にそう言われて、しばらく供えた料理を無言で見つめた俺は、小さく笑って頷いた。
「そっか、仏壇にお供えした様なもんだな。じゃあこれは夕食で頂くことにするよ」
神様からのお下がりだって思えば良いんだよな。うん。
「そう言えば、まだ帰ってこないな」
外を見ると、もうあと少ししたら日が暮れ始める時間だ。
「一致団結してハイランドチキンの生息地へ行ったみたいだね。大喜びで狩りまくってるよ」
小さく切って渡してやったミンチカツを齧りながら、シャムエル様がそんな恐ろしい事を平然と言う。
「ハイランドチキンって……もしかして、例の急斜面のあそこ?」
「あ、また別の高地だよ。そこは亜種が多いんだ。まあ、秘境と言えば秘境かな。普通の冒険者達でも行けなくは無いよ。ただしハスフェル達ぐらいの腕がないと、行ったら絶対無事には帰ってこられないけどね」
それを聞いた俺は、ちょっと気が遠くなったよ。うん、今のは聞かなかった事にしよう。俺はここで料理をするんだ。
おにぎり用の米を洗いながら、あと何を作るか考える。
「スープ類もほぼ壊滅なんだよな。せっかくワカメや鰹節が手に入ったんだから、味噌汁は作っておくか、後は定番の野菜スープとクリームシチューかな。和食が食いたいんだけど……ワカメの酢の物は、俺用に少しだけ作っとくか。後は……肉じゃがは、こんにゃくが手に入ってからだな。じゃあ、ジャガイモの煮物でも作っとくか」
この辺りは、ハスフェル達が食べるかどうか分からないので、主に俺が食べる様に少なめに作っておく。
洗った米を水を計って浸しておき、その間に料理をする。
「じゃあ、これの皮剥きをお願いするよ」
ジャガイモとニンジンと玉ねぎを少しだけ取ってすぐ横で待ち構えているアクアに頼む。
「サクラは、これを一口サイズに切ってくれるか」
取り出してあったグラスランドチキンのもも肉を一枚渡す。
「あ、その前に買った鰹節で出汁を取っておこう」
以前買った昆布を水で浸した出汁はあるので、これを沸かして鰹と昆布の出汁を取る事にする。
「良い出汁は和食の基本だって、いつも定食屋の店長が言ってたもんな」
この出汁を取るのだけは、毎日絶対店長がやっていた。
俺ともう一人のバイトは、野菜を切ったり、ちょっとした煮物や汁物を作ったりするのは教えてもらってやった事もあったけど、出汁を取るのだけは絶対やらせてもらえなかったんだよ。
「まあ、今なら分かるよ。確かにこれは、全部の料理の基本だもんな」
和食を作ろうとしたら絶対お出汁は必要だ。小さな店だったけど、固定客は多かったもんな。
ちょっと思い出に浸ってしまい、懐かしさに目が潤んだのは気のせいだって事にしておく。
まずは煮立った昆布の出汁に、鰹をたっぷり振り入れる。
「で、このまま沈むまで待つっと」
すぐに火から下ろしてそのままにしておく。
「それで、これを濾したのが一番出汁だぞっと」
網目の細かい籠に、料理用に使っている薄い布を敷いて濾す。
「これにもう一度水を入れて煮立たせる。で、沸いたら追い鰹、そのまましばらく煮込んでから濾せば完成だ」
定食屋の店長がやってたやり方だ。これがいわゆる二番出汁。
「この二番出汁で、まずはジャガイモの煮物を作るぞ」
さっき切ってもらった鶏肉をまずはフライパンに軽く油をひいて鶏肉を炒める。焦げ目がついたら大きめに切った玉ねぎを入れて一緒に軽く炒め、一口サイズに切ったジャガイモとニンジンを入れたところに二番出汁と砂糖と醤油とお酒とみりんを計って入れる。よしよし、これはたまに作らせてもらったから覚えてるぞ。
落とし蓋が無いので、スプーンで時々煮汁を回しかけながら、弱火で蓋をして煮込んでいく。じゃがいもがほっくり煮えたら完成だ。
「あ、ちょっと甘めになったか? まあ良いや。これで完成っと」
蓋をしようとしたら、机の上でシャムエル様がお椀を持って飛び跳ねている。
「あ、じ、み! あ、じ、み!あ〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャン!」
片足立ちで見事なポーズをとったシャムエル様に拍手をしてやり、出来上がった煮物を少しずつ取り分けてやる。
「熱いから気をつけてな。久し振りに作ったら、ちょっと甘めになっちゃったよ」
嬉しそうにジャガイモに齧り付くシャムエル様にそう言い、俺も摘んだジャガイモを口に入れた。
「美味しい! 美味しいよケン。これ好き!」
ジャガイモから顔を上げたシャムエル様が、目を輝かせてそう言ってくれる。
「あはは、お口に合ったのなら良かったよ。まあちょっと甘いけど許容範囲だな。あ、だし巻き卵が食べたい。よし、次はだし巻き卵を焼くぞ」
米の入った鍋を火にかけながら、だし巻き卵の用意をする。
「ええと、玉子を割ってくれるか」
大きなお椀を手に取り、玉子を持って振り返ると、アクアと一緒にアルファとベータが飛んで来た。
「じゃあお願いな、これだけ割ってくれるか」
ちなみに玉子を割る時は、小皿に一つずつ割ってからお椀に入れるんだって最初の時に俺が教えたら、ちゃんとアクアがそれを教えてくれる。すごいぞアクア。
全部で二十個の玉子を割ったお椀が戻って来る。
お箸で溶きながら、一番出汁をすくってたっぷりと入れる。醤油とお砂糖、それからちょっとだけみりんっと。卵液を混ぜながら味を付けていく。
卵焼き器は無いので、大きめのフライパンにまずは油を入れて熱し、そこへ卵液をたっぷり入れてお箸で一気にかき混ぜる。スクランブルエッグを作る要領だ。
奥側に寄せて、手前側にまた油を入れて卵液を薄く全体に伸ばす。奥から手前に転がす様にして、何度も巻いていく。オムレツみたいな形になるけど、まあ店に出すわけじゃ無いんだから別に良いだろう。
「よし、出来上がりっと」
大きなだし巻き卵が三つ出来た所で、丁度ハスフェル達が戻って来た。
「何処まで行ってたのか知らないけど、こんなに早く戻って来たって事は、また大鷲達の世話になったんだな」
そう言いながら、小さく笑って振り返る。
「おかえり、何処まで行って来たんだ?」
マックス達が先を争う様に駆け寄って来るので、出来上がった出汁巻き卵を慌ててサクラに預ける。
順番に撫でまくってやった後、マックスとニニが、並んで得意げに胸を張った。
「お土産をハスフェル様に預けてあるから、受け取ってくださいね」
ドヤ顔のマックスにそう言われて、俺はハスフェルを振り返った。
「アクアに渡しておいたから、後でギルドに持って行って捌いてもらってくれ。俺も食べたいからな」
横で、ギイとオンハルトの爺さんも笑って頷いている。
「ええと、何を獲って来たのか、聞いても良い?」
恐る恐るアクアを振り返ると、これまた得意気に伸び上がって嬉々として答えてくれた。
「えっとね、ハイランドチキンの亜種が百六十九匹と、普通のが三百四十八匹だよ。それから、今回は卵も沢山あったから少し取ってきたよ」
そう言って、ソフトボールくらいはありそうな巨大な卵を一つ出して見せてくれた。
「これは濃厚で味も良いぞ。滅多に手に入らない一品だからな。そのまま焼くだけでも良いぞ」
ギイが嬉しそうに教えてくれる。
「だし巻き卵作った所なのに。でもこれでも作ってみたら美味そうだな。じゃあ今度やってみよう」
一旦アクアに卵を返して、座った三人を振り返る。
「ええと……俺はまだ、ご飯を炊いてる途中だから食べないけど、腹が減ってるなら晩飯を先に出すぞ」
まだ散らかっている机を見て、三人は笑って首を振った。
「まあ、そこまで切羽詰まってるわけじゃ無いから、先に作業をしてくれよ。俺達は、先に一杯やらせてもらうからさ」
そう言って、グラスとワインのボトルを取り出す。
「あはは、じゃあこれでも摘みながら待っててくれるか」
唐揚げとナッツ、それからカットしたチーズをサクラに言って出してやり、煮立ったご飯の鍋の火を弱めた。
「お前も飲むか?」
ハスフェルの言葉に、俺は首を振った。
「今はいい。後で米の酒を貰うよ」
「そうか。じゃあお先」
笑った三人が手にしたグラスを上げて乾杯するのを見て、俺はサクラにワカメを出してもらい、手早くシンプルワカメの味噌汁を作った。
それから、炊き立てのご飯を全部おにぎりにする。
中の具は、おかかと塩昆布だ。
「ああ、こうなったら後は梅干が欲しいな」
ぎっしり並んだおにぎりを見て、自分の仕事に満足して振り返った。
「お待たせ、じゃあ夕食にしよう」
お下がりの揚げ物とハンバーグは、俺が順番に食べる事にして、ハスフェル達にはサラダと一緒に作った揚げ物をいろいろと出してやった。
「俺は、今夜は和食だぞ」
味噌汁はハスフェル達も欲しいと言うので入れてやり、俺はご飯、三人にはパンを出してやる。
だし巻き卵を大きく切り、自分のお皿に並べて、横にはニンジンと大根の塩揉みを添えておく。
握りたてのおにぎりと、ワカメの味噌汁、屋台で買った焼き魚を出せば立派な出汁巻き定食の完成だ。
それを一旦、祭壇に全部まとめてお供えする。
手を合わせて祈った後、顔を上げようとした時にまた頭を撫でられる感覚があった。
「そっか、あれも収めの手だったんだな」
小さく笑って、祭壇からお皿を下げてそのまま自分の席に着く。
ハスフェル達は、黙って俺のする事を見ていたが特に何も言わなかったよ。
手を合わせてから食べ始めた。
「ああ、これだよ。俺はこれが食べたかったんだ」
ワカメの味噌汁を飲みながら、ちょっと泣きそうになったのは……内緒な。