ハンバーグとミンチカツと謎の手?
「マジか〜何だよ、本当に届けられるんだったら、もっと沢山用意したのに」
消えてしまったシャムエル様を呆然と見送り、俺はもう笑いを堪えられなかった。
「あれは絶対足りないよな……足りなかったらごめんよ。作ったらまた供えるからさ」
必死で笑いを堪えて、空になった祭壇にそう言ってもう一度手を合わせる。
その時、不意に誰かに頭を撫でられる感じがして、目を閉じて手を合わせていた俺は驚いて顔を上げた。
だけど、見回した部屋には従魔達以外は誰もいない。
シャムエル様はまだ戻っていないし、俺以外で唯一手があるベリーは、フランマと一緒に今は庭に出て日向ぼっこしているから、恐らく違うだろう。
「なあ、今、ここに誰かいた?」
側にいたラパンにそう尋ねると、黙って首を振る。コニーとアヴィも首を振っているって事は、少なくとも不審者が侵入したわけではないみたいだ。
「まあ、あんなのでも一応神様なわけだもんな。もしかしたら何かしてくれたのかもな。うん、気にしない事にしよう」
そう呟き、疑問をまとめて明後日の方向にぶん投げておき、すっかり冷めてしまった残りのお茶を飲んで、作業を再開した。
「じゃあ、これとこれを全部ミンチにしてくれるか」
大きなお椀に、グラスランドブラウンブルとブラウンボアの肉の塊を取り出してサクラとアクアに渡す。それから普通の豚肉と牛肉も取り出して種類別にそれぞれ渡した。
「はあい、すぐにするね」
得意気に答えた二匹が、ぺろっと肉の塊を二組飲み込んでもぐもぐやり始める。
足元では、ソフトボールサイズになったレインボースライム達が羨まし気に手伝いをする二匹を見ていた。
「気にしなくて良いぞ。あ、じゃあお前らもやってみるか?」
スライム達が、自分だけ手伝えなくて拗ねてる子供みたいに見えてきて、ちょっと可哀想になってきた。
「やるやる!」
ポンポンと飛び跳ねて答えた全員が、一斉に机の上に飛び上がって来た。
「あはは、そんなにやりたかったのかよ。でも、準備をするからもう少し待ってくれるか」
手を伸ばして順番に全員を撫でてやり、俺は足元に置いた食材の入った箱にしゃがみ込んだ。
今、作業をしているのは、宿泊所の台所に作り付けられた大きなテーブルだ。
サクラにいつものテーブルも両方取り出してもらい、組み立てて並べてからまずは玉ねぎを取り出した。
「みじん切りはサクラとアクアにやってもらうから、見ててくれよな」
並んでこっちを見ているレインボースライム達にそう言って、取り出した玉ねぎを、ミンチを吐き出したアクアにみじん切りにしてもらう。
「炒めるのは危ないから、今は離れて見ててくれよな」
コンロに火をつけて、まずはみじん切りの玉ねぎを炒めていく。飴茶色になるまでしっかり炒めたら、冷ますために火から下ろしておいておく。
二種類の、山盛りになった大量のミンチを見て、俺はちょっと思い出し笑いをしていた。
「ミンチカツか、メンチカツかで、大盛り上がりしたんだよな」
大学の時、仲良くなった友人と、たまたま入った店で意見が食い違った事があった。
メニューには、メンチカツセット、と書かれていた。
だけど、俺の認識では、それはミンチカツ。
少なくとも、俺の母親も、高校時代にお世話になったおばさんもそう呼んでいた。スーパーの惣菜コーナーで売っていたのもミンチカツって書いてあった。
それで思った。
メンチカツとミンチカツって違うのか?
その時の友人は、逆にミンチカツなんて言わないと言い、俺はメンチカツなんて言わないと言い平行線。
それで、他の友人達にも聞いて回って皆で盛り上がったんだよ。
その結果分かった。
メンチカツって言うのは、だいたいが関東出身。ミンチカツは関西出身だってな。
しかも、合い挽き肉か、牛肉かの違いがある事も分かり、最後にはレポートにまとめて教授に提出したら、面白がって大喜びされたのは楽しい思い出だ。
「これは合い挽き肉だから、本当ならメンチカツなんだろうけど、俺はミンチカツと呼ぶぞ」
笑ってそう言い、大きなお椀に、両方のミンチを入れて混ぜていく。牛7豚3の割合だ。
「混ざったら玉ねぎを入れて更に混ぜる。あ、繋ぎにパンも入れないとな」
ちょっとだけ、パンの耳をちぎって牛乳に浸してから軽く絞って投入。
「よし、じゃあ混ぜてみるか?」
伸び上がって覗き込んでいたレインボースライム達に大きなボウルを渡し、まずは、アルファ、ベータ、ガンマの三匹に、混ぜるのを任せる。
伸びて出てきた触手が、ミンチを捏ねるみたいにして一生懸命混ぜてくれている。
揚げ物用の中火のコンロを取り出し、大きなフライパンに油を入れて用意しておく。
その間に、他の子達にはサクラが出してくれた卵を割ったり、小麦粉をトレーに出したりするのをやってもらった。
アクアは、一生懸命卵を割ろうとしているデルタ達の面倒を見てくれている。
「サクラは、これをパン粉にしてくれよな」
食パンを渡して、いつもの生パン粉を追加で作ってもらう。
「ああ、もう良いぞ」
良い感じに混ざったところで、お椀を返してもらい、まずは一塊取って形を整えて見せる。
「こんな感じに、そこにあるのを作ってここに入れます」
小麦粉をまぶして溶き卵につけ、パン粉の海に投入。軽くまとめて用意してあったトレーに並べた。
「出来るかな?」
アクアとサクラはいつも手伝ってくれているから出来るので、無理なら頼もうと思っていたんだが、全員が俄然やる気になった模様。
さっきタネを捏ねてくれていた三匹が、タネを丸めて小麦粉に入れる。イプシロンとアクアが小麦粉をまぶして溶き卵に入れると、ゼータとエータがパン粉に入れてくれる。おお、見事なまでの流れ作業だ。
最後に俺がパン粉をまぶせば完成だ。
「おお、これは良いぞ。よしよし、どんどん作ってくれ」
元気な声が聞こえて、あっという間に作った分が全部終わってしまった。
「ありがとうな。助かったよ」
サクラに綺麗にしてもらった手で、順番に全員を撫でてから、大きなフライパンでじっくり揚げていった。
どうやら、中に取り込んで切ったり捏ねたりするのはまだ出来ないけど、一度見た作業を再現するのは教えてやれば出来るみたいだ、うん、それだけでも充分有り難いよな。
「じゃあ、同じやり方で、今度はまとめて焼くだけのハンバーグを作るから、また手伝ってくれるか」
「するー!」
「お手伝いするー!」
ポンポン飛び跳ねて嬉しそうに返事をするスライム達を見て、何だかとっても癒されたよ。
って事で、さっきと同じ要領でまずは玉ねぎを炒めてミンチと混ぜ合わせ、半分はそのまままとめて焼き、半分は蕩けるチーズ入りを作る。これも一度作って見せたらあっと言う間に覚えてくれた。
スライム達……どの子も優秀すぎるよ。
チーズ入りハンバーグの最後の一つをお皿に取り分けていた時、机の上にシャムエル様が現れた。
「あ、おかえり」
フライパンを置いてそう言うと、嬉しそうに笑ったシャムエル様は、持って行ったはずの揚げ物が盛り付けられたお皿やご飯をよそったお椀などを取り出した。
「じゃあ、これは返すね。皆、すっごく喜んでたよ」
俺は無言で山盛りのまま、まだ暖かいそれを見つめた。
「あれ、食べなかったのか?」
絶対足りないと思ったのに、そのまま戻ってきている。
もしかしたら、神様になったらもう食べられないのだろうか?
ちょっと残念に思ってそう聞くと、慌てたようにシャムエル様は首を振った。
「あのね、彼らが今いる世界では、さっきみたいに捧げてくれたものはちゃんと届くよ。だけど、この世界との一番の違いは、今の彼らには実体が無いって事」
「実体が無い?」
「そう。だから、こんなふうに捧げられたものは、その中にあるマナの成分だけを移してから貰うんだよ。でも、この中に元々あるマナは減ってないから心配しないでね」
目を輝かせて説明してくれるんだけど、よく分からない。
マナってあれだよな。最初の頃に聞いた、見えないけど存在している命の源ってやつだよな。
「ええとつまり……届くことは届くけど、ここにいた時みたいに、口に入れて実際に食べるわけじゃ無い?」
「まあそうだね。だけど、もらったって事はちゃんと分かるし、このお料理にはケンの想いが込められていたから、相当美味しかったみたいだよ」
無言で返された料理を見る。
「そっか、なんだかよく分からないけど、ちゃんと届いたんならいい事にするよ。あ、じゃあこれもお供えしとこう」
さっき作ったばかりのミンチカツとハンバーグとチーズ入りハンバーグも、それぞれお皿に入れたのを取り出して置いた。
「せっかくだから、ご飯もな」
新しいお椀に、もう一度ご飯をよそってから手を合わせて目を閉じた。
そして目を開いて顔を上げた時、俺はもうちょっとで悲鳴を上げるところだった。
何も無い空間から、突然スルッと手が出てきて、料理を撫でるみたいにしてすぐに消えてしまったのだ。
「なあ、なあ、なあ! 今の何? 今、半透明な手が出てきて料理を撫でて行ったぞ!」
そう叫んだ俺は、悪く無いよな?
「ああ、あれは『収めの手』って呼ばれる存在で、この物質界から彼らがいる世界に贈り物を届けてくれる聖なる手だよ。へえ、あれが見えたんだ。やっぱり、ケンは私達に近いんだね」
嬉しそうに頬をぷっくりさせながらそんな事を言われて、俺は絶句した。
「うん、今のは聞かなかった事にするよ。じゃあ見えてても害はないんだな?」
「ないない、あれは神聖な存在だからね」
当然のように言われて、俺はもう一度疑問を全部まとめて、明々後日の方角に向かって全力でぶん投げておいた。