旅の予定は計画的に?
「ええと、ここからなら先にカデリーって街に行くべきか? それとも一度ハンプールに戻ってからの方が良いのかな?」
宿泊所に戻って、当然のように全員が俺の部屋に集まってる。
お茶を入れてやり、机に地図を取り出して広げながら、腕を組んで考える。
カデリーに行くと決めたのはいいが、クーヘンにペンダントの件を報告して、ジェムを押し付け……もとい、ジェムの委託と贈呈をしないと駄目だもんな。となると、どう動くかよく考えた方が良さそうだ。
転移の扉のおかげで、移動時間を大幅に短縮出来るから距離はあまり関係無い。となると、転移の扉から近い場所から行く方が良いようにも思える。
「旅の目的地を決める時って、何だか無性にワクワクするんだよな」
そう呟いて、俺は思わず考えた。
「あれ、ちょっと待った……この世界に来てから、今まで俺が決めた目的地ってあったっけ? ええと、まず目覚めてすぐの時に、シャムエル様に教えてもらってレスタムの街へ行った。ここが全ての始まりだな。それで、ハスフェルと出会って、例のナントカ商会のせいで色々あって、成り行き上行こうとしていたチェスターをスルーして東アポンへ、そこでクーヘンと会って、何やかやでクーヘンの目的地だったハンプールへ。その後も、神様軍団に頼まれるままにスライム集めに走り回り、誘われるままに地下迷宮へ行き、死にかけたっと……うん、俺が自分で決定した行き場所って、よく考えてみたらまだ一つも無いじゃん」
改めて今までの移動を数えてみて、辿り着いた答えに俺はちょっと笑っちまったよ。
かなり最初の頃からずっと目的地だって言い続けているバイゼンは、まだ遥か遠くて辿り着けてないし。
まあ、元々流されやすい性格だっていわれてたから、周りにいた神様仲間達の顔ぶれを考えたら仕方がない気もするけどな。
それに確か、ハスフェルに会う前の最初の頃って……従魔達に、何処へ狩りに行くとか、その日の行動を決定されてたもんな。
思わず遠い目になった俺は、首を振って気を取り直して改めて地図を見つめた。
「どうした、地図なんぞ出してきて」
オンハルトの爺さんが、不思議そうに向かい側から覗き込んでくる。
「いや、ハンプールとカデリーって街と、どちらを先に行くべきかと思ってさ」
俺の声に、ハスフェルとギイも後ろから地図を覗きこんで来た。
「それなら、先にカデリーへ行くべきだな。ここカルーシュの近くには7番の転移の扉が、カデリーの近くには6番の扉があるから移動は容易だ。しかし、ハンプールの近くにはすぐに行ける転移の扉が無いんだよ。川向いにある8番の扉からはかなりの距離があるからな」
ハスフェルの言葉に改めて地図を見てみると、確かにハンプールの近くには転移の扉が無い。
「なあ、どうしてハンプールの近くには作らなかったんだ?」
机の上に座って、一緒に地図を見ているシャムエル様の尻尾を突っついてやる。
「おお、この良きモフモフ……撫で回したい衝動に駆られるよ」
思わすそう呟くと、嫌そうに尻尾を取り返された。
「駄目です。私の大事な尻尾を弄ばないで」
「何それ、人聞きの悪い」
文句を言って、顔を見合わせて同時に笑った。
「転移の扉を作った時ってまだこの世界を作った初期の頃だったからさ。ハンプールは、旧市街のあの場所に小さな村があるだけだったんだよね。川沿いの街なら、移動は船があるから馬で地上を行くより遥かに早いでしょう。だからまあいいかなって思って、無理に川沿いには作らなかったんだよね」
頬を膨らませながらそんな事を言うシャムエル様を見て、もう一度改めて地図を見る。
「成る程な。じゃあ、まずは転移の扉でカデリーへ行って、目的の食材を買い込んで、それからハンプールへ行ってクーヘンの店へ行く。それからバイゼンだな」
「良いんじゃないか。その予定で」
ハスフェルとギイが頷いてくれ、オンハルトの爺さんも頷いている。
「豆腐か。あまり気にして無かったが、確かにそんな白いのがカデリーで売ってるぞ。居酒屋へ行けば、それを使ったメニューもあったぞ」
それを聞いて、テンションが上がる。
「屋台で、揚げ出し豆腐とかあったら最高なんだけどなあ。でも湯豆腐は、もうちょっと気温が下がってからかな」
そう言いながら頭の中では、豆腐を使った料理を必死になって思い出していた。
「豆腐ステーキはよく作ったな。サラダにしても美味いし。まあ、冷奴と味噌汁に入れるだけでもかなり使えるだろうからな。買えるだけ買うぞ。うん、それから産地みたいだし、米も追加で買っておこう」
残っていたお茶を飲み干して、地図を畳んだ。
「じゃあ、明日の朝、ここを引き払ったら朝市に行ってそのまま屋台で朝飯だな。で、そのまま出発して転移の扉でカデリーヘ。とりあえず、カデリーで食材を買って、ちょっとくらいは料理もしておくか。それで、段取りがついたらハンプールのクーヘンのところだな」
「了解だ。それじゃあもう休ませてもらうよ」
「ああそうだな。おやすみ」
ハスフェルとギイが立ち上がり、オンハルトの爺さんもカップを片付けて立ち上がった。
「それじゃあまた明日。おやすみ」
出て行く三人を見送って、机の上を手早く片付けた。
「それじゃあ、おやすみ前のモフモフタイム〜」
そう言って、俺の後ろでずっと座っていたニニに抱きつく。
巨大化したウサギコンビも突撃してきたので、順番に抱きしめてモフモフな手触りを満喫する。
タロンと姿を現したフランマが俺の左右の脇に頭を突っ込んでくる。これも順番に抱きしめてモフモフを楽しむ。
他の子達も、順番に撫でたりモフったりしてやる。
「おお、この大きさだと、やっぱりフランマのモフモフっぷりが最強だな」
また突進してきたフランマの尻尾を握りながらそう言うと、嬉しそうに笑ったフランマはいきなり巨大化した。
「どう? ご主人。こうすればもっとモフモフよ」
俺の体よりも大きな尻尾で叩かれて、俺は撃沈した。
「巨大フランマキター!」
叫んでそのまま体に飛びつく。
「おお、体ごと沈んだぞ……何これ、最高のモフモフ……」
俺の大きな身体が埋もれるほどのモフモフの海に沈みかけたが、しばしの沈黙の後大きく深呼吸をして俺は起き上がった。
「駄目だこれ、暑いぞー!」
そう、夜になって若干気温が下がっているとは言え、部屋は妙に蒸し暑いのだ。この温度でこれは無理。
笑って立ち上がり、元の大きさに戻ってもらうように頼む。
うん、これは冬場の楽しみにしておこう。
「なんだか蒸し暑い。冷風扇つけよう」
深呼吸をして、部屋の隅に置かれていた四角い箱を引っ張ってくる。
水場から水を汲んできて中に入れ、ジェムが入っているのを確認してからスイッチをいれようとして考えた。
「あ、これ、出来るんじゃね? ええと、ロックアイス」
そう呟き、握り拳くらいの大きさの氷を作る。それをタンクの大きさを考えて三個作り、水のタンクに放り込んだ。
それからスイッチを入れる。
「ああ、良い感じに冷たい風が来るじゃん。よしよし、これなら大丈夫だな」
少し離して冷風扇を置き、しばらく冷たい風を楽しんだ。
「クーラーみたいに冷たい風じゃないんだけど、やっぱりあると涼しいよな。あ、そう言えば、冷蔵庫を買おうと思ってすっかり忘れてるな。よし、今度どこかで見かけたら買ってみよう」
ひんやりした風を楽しんでいてふと思いついた。
「なあ、スライムのジェムをここに入れたらどうなる?」
冷風扇の前で、冷たい風を楽しんでいたシャムエル様は、俺の質問に首を傾げた。
「そこにスライムのジェム入れるの? そんなのすぐに無くなると思うけど?」
「すぐって、どれくらい?」
「……鐘が一回鳴る間くらいかな?」
この世界では、一時間毎に街にある教会みたいな所の鐘が鳴ってる。なので、一回鐘が鳴るまでとは、だいたい一時間くらいだ。
「で、無くなったら止まる?」
「もちろん燃料が無くなれば、道具は動かないよ」
「って事は、一時間のタイマーじゃん。よし、そうしよう」
そう呟くと、一旦冷風扇を止めて後ろ側にあるジェム入れの蓋を開く。
中に入っていたジェムを取り出して机の上に置いておき、アクアにスライムのジェムを一つ取り出してもらう。
「で、これをここに入れてスイッチオン!」
先程よりも、やや弱い風が吹いてきた。
「おお、微風って感じで良いじゃん。それでこれをちょっと上にする」
前側部分の風向きを調整する羽根を動かして、少し上向きにしてベッドのほうに向ける。
「よし、これで、良い感じだ。それじゃあ皆、もう寝ようか」
胸当てを外して、籠手や脛当ても外す。靴と靴下を脱ぐと、サクラが一瞬で綺麗にしてくれた。
ニニがベッドに横になるのを見て、俺はいつもの如くニニの腹毛の海に潜り込んだ。
マックスがその横に来て俺を挟む。ウサギコンビは背中側、小さくなったフランマとタロンが俺の腕の中に潜り込んできて並んで収まった。
ソレイユとフォールはそれを見て、ベリーのところへ行ったみたいだ。
「じゃあ消すね」
アクアの声が聞こえて、ニュルンと伸びた触手がランタンを一瞬で消してくれた。
「ありがとうな。それじゃあおやすみ。明日も、移動だ……」
小さく呟き、気持ちよく眠りの国へ旅立って行ったのだった。
ああ、和食三昧……出来るかなあ……。