カルーシュの街と冒険者ギルド
「ではまた、いつなりと呼んでくれ」
人数が少なくなった神様達を森の外れまで連れて来てくれた大鷲達が、そう言って飛び去っていく。
同じく俺達を下ろして元の大きさに戻ったファルコの頭を、お礼を言って撫でてやり、左の肩に留まらせてやる。
それからマックスを始めニニ、アクアゴールドと、テイムした順にそれぞれしっかりと抱きしめてやりそれぞれ違ったもふもふを堪能した。セルパンは、もふもふじゃなくてつるつるだったけどね。
皆、喉を鳴らしたり鳴いたり、頭を擦り付けたり甘噛みしたりして俺に甘えてくれた。
「お待たせ。それじゃ行こうか」
振り返ってそう言うと、黙って待っていてくれた三人とシャムエル様が揃って頷いてくれた。
それを見て照れ臭くなった俺は、誤魔化すように一気にマックスの背に飛び乗った。
「そうだな。まずはカルーシュへ行こう。丁度良いからギルドに登録しておけよ」
「あ、そうだな。それなら今夜はギルドの宿泊所に泊まって、明日、少しくらいなら食材の買い出しが出来るかな?」
食糧の備蓄がかなり心細くなってる。四人に減ったとはいえ、ある程度は確保して置かないとな。
「良いんじゃないか。あの街も朝市はかなり大きいぞ。店で売ってるのはどちらかと言うと、携帯食料や保存の効くものが多いが、朝市なら新鮮な野菜も売られてるよ」
「おお、それは見てみたいな」
俺の言葉に頷き、揃って街道目指して走り出した。
「ああ、そうだよ。やっぱりこうなるよな。ここは初めての街だもんな……」
周りを見渡して、俺は久々の扱いに頭を抱えた。
無事に街道に突き当たり植え込みを乗り越えて街道に入った途端に、見事なまでに俺達の周りから人がいなくなった。
所々からハンプールの英雄だとか、早駆け祭りの魔獣使いだなんて囁く声が聞こえるんだけど、やっぱり俺達の周りには見事にポッカリと空間が開いています。
「久し振りの扱いだな。まあ仕方あるまい」
シリウスの背に乗ったハスフェルがそう言いながら笑っている。ブラックラプトルのデネブに乗ったギイの周りに一番空間が開いているのは、まあ仕方ないだろう。
「こんなに可愛いのにな」
マックスの首筋を撫でてやりながら俺がぼやくと、一人だけ馬に乗ったオンハルトの爺さんが素知らぬ顔で笑った。
スライム達は、いまはそれぞれにばらけて従魔達の背中に張り付いている。
しばらく並んで日が暮れる前に街に入ることが出来た。
「ここでも宿泊の割引券だったな」
城門の兵隊からもらった割引券を見ながら、ハスフェル達の案内でひとまず冒険者ギルドへ向かう。
「初めて来た大抵の街で貰えるのは宿泊の割引券だな。後は食事の時に使える金券。まあ、これは冒険者に自分の街に留まってもらうための方策なんだから、泊まる場所か食事の補助が一番喜ばれるんだろうさ」
「確かにそうだな。じゃあ、さっさと登録するとしよう」
石造りのどっしりとした建物に到着した俺は、内心ビビりつつも堂々と中へ入って行った。
扉を潜ったところで、いつもの銀行のような受付カウンターが目に入った。
うん、どこのギルドも基本的な作りは同じだ。
不自然に静まり帰った室内に不安を感じて周りを見ると、ポカンと口を開けて俺達を見ている冒険者達と目が合った。
次の瞬間、物凄いどよ喚きが沸き起こった。
「すげえ! ハンプールの英雄一行だぞ!」
「うわあ、本当に恐竜だよ……」
「あれ、恐竜って二頭じゃ無かったっけ?」
「うわあ、あれをテイムするって有り得ねえよ」
あちこちで交わされる内緒話とは思えない大きさで話す声が聞こえて、俺は小さく笑った。
「イグアノドンに乗っていた、クライン族のクーヘンは、ハンプールの街に家を買って店を出したよ。絆と光って名前の店で、装飾品とジェムの販売をしてるぞ」
ハスフェルの言葉に納得するような声が聞こえて、騒めきが戻る。
おお、ここでもクーヘンの店の宣伝活動だな。
「ハスフェル、それにギイも良く来てくれたな。早駆け祭りの噂はここまで届いているぞ」
その時、カウンターの中から、いかにも元冒険者ですって感じの大柄なおっさんが出て来た。
「ギルドマスターをやってるアーノルドだ。よろしくな魔獣使い」
グローブみたいな分厚くて大きな右手を差し出されて、俺は笑って握り返した。
「ケンです、よろしく。ええと、登録をお願いしたいんですけど」
「もちろん喜んで手続きするよ。まあ座ってくれ」
笑顔でそう言われて、ひとまずカウンターの登録と書かれた場所に向かった。
登録カウンターに座って自分のカードを出す。受付の人が例の謎の箱にペロッとカードを飲み込ませて、出て来た時にはもうカルーシュの街の名前が書き加えられていた。
「これってどう言う仕組みなんだろうな。箱の中を見てみたいよ」
返してもらったカードを見ながらそう呟くと、ハスフェルが笑ってカードを突っついた。
「この仕組みもバイゼンで作られてる。だけど、どう言うからくりなのかは俺も知らんな」
「へえ、これもバイゼン製なんだ」
「以前も言ったが、お前さんがバイゼンへ行ったら楽しいだろうな」
オンハルトの爺さんにそう言われて、俺はますます楽しみになった。
「次の目的地だもんな。どんな街なのか気になるよ」
話をしながら立ち上がりかけて、慌てたギルドマスターに呼び止められて座り直す。
「待て待て。噂は聞いてるぞ。どんなジェムでも買い取るから、好きなだけ出してくれ!」
バンバンとカウンターを満面の笑みで叩くギルドマスターに、思わず笑ったね。
「もちろんです、ええと、ここでいいですか?」
背後から覗き込む冒険者たちの視線を感じる。衆人環視の中でアイテムの出し入れはあまりしたくないよ。
「それなら奥へ行こう」
なんとなく俺が言いたい事を察してくれたらしく、ギルドマスターは苦笑いして立ち上がった。
そのままカウンターの奥にある個室へ案内された。当然のようにスタッフらしき人達もついて来る。
相談の結果、ブラウングラスホッパーのジェムを俺が大量に持っていると言うと、大喜びでなんと1万個買い取ってくれたよ。そして亜種も五千個。
おお、ちょっと在庫が減ったぞ。
密かに喜んだが、買取り金額が幾らになるのか考えて虚無の目になったけどね。
うん、口座に入れておけば少なくともギルドが運用してくれるよ。
買取り金は口座に入金してもらうように頼み、そのまま行こうとしたらハスフェルに肩を叩かれた。
「アーノルド、知り合いから頼まれてな、彼が馬を売りたいんだが頼んでも良いか?」
そう言って、横に立ったギイがオンハルトの爺さんの背中を叩いて前に押し出した。
おお、別の所へ行くのかと思ってたら、ギルドで馬も買い取ってくれるんだ。
「もちろんだよ。馬は何処にいるんだ?」
立ち上がったアーノルドさんは、身を乗り出すようにして頷いている。
「外に繋いである。このまま見てくれるか」
「了解だ。じゃあ専門の係員を連れて行くよ」
そんなわけでそのまま馬の鑑定もしてもらう事になり、全員揃って外へ移動した。
俺は、大人しく後ろで見学していたんだが、話を聞く限りどうやらかなりの高値で買い取ってくれたみたいだ。
うん、良い馬だって言ってたもんな。
「良い取り引きをさせてもらったよ。それじゃあな」
笑顔のギルドマスターがそう言うのを聞いて、俺は慌てた。
「ああそうだ。あの、一泊だけですけど宿泊所って借りられますか?」
「ああもちろんだよ。じゃあそれはこっちで手続きしてくれ」
って事でもう一度中に戻り、促されてカウンターに並んで座る。
「ええと……従魔とご一緒でしたら、庭付きの一階の部屋になりますね」
受付に座った職員の人が申込書を取り出しながら、ノートを確認している。空き部屋を確認してくれてるみたいだ。
「はい、それでお願いします」
それぞれに渡された申込書に記入して割引券を渡して手続きをしてもらい、宿泊代を払ってから案内の職員の人と一緒に宿泊所へ向かった。
そろそろ腹が減ってきたけど、晩飯はどうするかな。
俺はのんびりそんな事を考えながら、すっかり暗くなっても人通りが絶えない賑やかな街並みを眺めていた。