今後の予定とテイムする事の意味
「そんな顔するなって。会いたかったら、またいつでも呼んでやるさ」
「へ? ドユコト?」
ニニの首元に抱きついてもふもふを堪能しながら別れの余韻に浸っていた俺は、ハスフェルの慰めるような言葉に、違和感を感じて顔を上げた。
「ええと、それってどう言う意味か聞いて良い?」
何となく予想は付くが、一応念のため聞いておく。
「言っていただろう? あの身体はそのまま置いておくと。まあ、あまり頻繁に来るのは感心せんが、この前のように何か問題が起きた時には、また彼らにも協力願う事になってる」
「そっか、ハスフェルやギイと違って、彼らがここにいるのはあくまでイレギュラーな訳だ。そりゃあ、用事が済んだら戻らないとな」
鼻をすすってそう言って笑うと、ニニがもっと撫でろとばかりに俺の腕に頭を突っ込んできた。
「慰めてくれてありがとうな。大丈夫だよ。ちょっと寂しいだけだって」
もう一度ニニのもふもふの首元に抱きついて、俺は大きく深呼吸をした。
「死に別れたわけで無し、分かった。じゃあ、寂しがるのはここまでにする」
顔を上げてそう言うと、ハスフェルとギイ、それからオンハルトの爺さんに背中を叩かれたよ。
「それじゃあまずは、ハンプールだな。それなら、転移の扉は必要無いな。このまま大鷲に近くまで行ってもらうか」
そう言いながら、オンハルトの爺さんが転移の扉の出入り口を開いている。
「転移の扉は、使わないんだろう?」
後ろから覗き込むと、笑って地下を指差す。
地下への階段を覗くと、馬達がすぐ下の階段にいて驚いた。
「ほら出てこい」
大きく扉を開くと、次々に馬達が階段を上がって出て来た。
「あ、馬達は置いて行ったんだ」
上がって来た馬は全部で五頭。鞍や手綱もそのままだ。
「俺はそのまま乗るが、こんなにはいらんな。残りは手放すか。よく走ってくれた良き馬達だったな」
笑ったオンハルトの爺さんが、自分の馬を撫でながら残りの子達を見る。
「確かに。それなら。ここならカルーシュの街の方が近い。馬を売るなら、カルーシュが良いぞ」
「それなら一旦カルーシュへ行こう。そこで馬を手放してからハンプールへ行けばいいな」
ハスフェルとギイの会話を聞いて、俺は鞄から地図を取り出して広げた。
「あ、カルーシュって西アポンから北西方面に伸びる街道沿いにある街か。大きな街なのか?」
地図を見ながらそう言うと、隣から地図を覗き込んだギイが教えてくれた。
「街自体はそれ程大きな街ではないよ。ただ、この山越えの街道は、難所なんだが人通りは絶えなくてな。カルーシュの街は、山越えする旅人や商人達にとっては、重要な街だよ」
「成る程、そんな街なら馬の需要も高いわけか」
「まあそう言う事だ。良い馬なら高値を付けてくれるぞ」
「へえ、じゃあまずはそこへ行くんだな」
見上げた空には、大鷲達が現れて舞い降りてくる所だった。
「じゃあ、俺たちはまたファルコに乗せてもらうか」
笑って巨大化したファルコに、俺たちは乗せてもらい、ハスフェル達は大鷲に、それぞれの足には馬を掴んで一気に大空に舞い上がった。
「しかし、これって、地上からうっかり目撃されたら大騒ぎになるレベルじゃね?」
すっかり慣れて、大鷲に運んでもらってても何とも思わなくなってるけど、これって普通の人が見たらどうなんだろう?
気になってそう言ったら、ハスフェルは笑ってファルコを見ている。
「そんな事言ったら、お前のファルコはどうなるんだよ。お前は魔獣使いなんだから、まあ初めて見た奴は驚くだろうが、大鷲もテイムしたと思われてるよ」
「あ。そうか、翼のあるやつをテイムしたら、そりゃあ飛ぶよな」
納得していると、肩に座ったシャムエル様がいきなり妙な事を言い出した。
「あ、一時支配なんて方法もあるよね」
「はあ? 一時支配って、なんだよそれ」
「テイムするんじゃなくて、文字通り一時的に支配して言う事を聞かせる方法だよ。魔獣使いの中でも出来る人は少ないね。まあ、ケンなら余裕だと思うけど」
その言葉に、ちょっと考える。
「えっと、それはつまりテイムするのが一時的って事か?」
「そうそう、名前はつけずに、今みたいにどこそこまで運んでくれ。とか、期間限定で従魔になってもらうとかだね」
「期間限定でね。成る程。そんな方法もあるんだ」
「なんだそれ、そんなの俺も知らんぞ」
すぐ近くを飛んでいたハスフェルの言葉に、俺は右肩にいるシャムエル様を見た。
「って言ってるけど?」
「まあ、珍しいから知らなくても当然だね。過去にこれが出来た魔獣使いは、本当にごく僅かだったからさ」
「でもケンなら出来るのか」
「十分可能だね」
ハスフェルの質問にシャムエル様が何故だかドヤ顔で答える。
「それって、具体的にはどうやるんだ?」
「テイムと同じだよ。やっつけて確保して、大人しくなったところでお願いすれば良いだけ。一時的に支配するから何々をしてくれって感じにね」
すると、それを聞いていた従魔達が揃って何やら言いたげに俺に注目した。
飛んでいるファルコまで、甲高い声で鳴いて何か言いたげだ。
「ええと、どうかした?」
手を伸ばして、俺の横で伏せてスライム達に確保されているマックスの前脚を撫でてやる。
すると、マックスは妙に悲しそうな声で鳴いて、俺に頭を擦り付けて来た。
「ご主人、本当の緊急事態ならばいざ知らず。それは可哀想です。出来ればちゃんとテイムしてください」
「可哀想?」
意外な言葉に驚く俺だったが、従魔達全員が何故だか頷いている。
「ええと……ドユコト?」
困った時の神頼み。シャムエル様を見ると、なんとこっちも驚いている。
「ちょっと待って。ねえ、それってどう言う意味?」
シャムエル様の質問に、マックスは困ったようにニニやソレイユ達を見た。
無言の譲り合いの後、ソレイユとフォールが振り返ってシャムエル様を見た。
「シャムエル様。私達は、魔獣使いやテイマーに確保されると、その時に意識が鮮明になり覚悟します。ああ、これから先この人に従うんだなって。つまり、そう理解するだけの知能がその時に備わるんです。それなのに、あくまで一時的なテイムで、用が済んだら放逐されるわけでしょう?」
「そんな事されたら、寂しくて悲しくて泣き崩れると思うわ。私だったら耐えられない。きっと泣き喚いて、どうして連れて行って貰えなかったんだろうって、自分に何が足りなかったんだろうって考えて、ずっと悲しいまま生きる気力を失って、最後には力尽きてしまうと思うわ。何も考えずに存在しているだけの時と違って、自分ってものを理解してから捨てられるんだもの。そんなの絶対に耐えられないわ」
その言葉に、俺は思わず手を伸ばしてマックスを抱きしめようとした。
「ご主人、今は危ないから無理に動いては駄目ですよ」
優しい声でそう言われて、俺は堪らなくなった。
「約束する。俺は絶対そんな事しない」
力を込めて断言する。それから右肩にいるシャムエル様に話しかけた。
「シャムエル様、きっと魔獣使い達が一時支配をしなくなったのは、きっと今の俺のように従魔達から聞いたからだよ。捨てられた子が、その後どんな運命を辿るかをね」
呆気にとられるシャムエル様だったが、次の瞬間、マックスの頭の上に現れた。
「そんな事になるなんて知らなかった。ごめんなさい。分かった、一時支配は消去しておく。全部テイムすれば良いだけだもんね」
そう言ってマックスの頭を何度も撫でてやり、順番にソレイユ達の頭も撫でてから戻って来た。
「まだまだ、行き届いてない事があるね。もっと頑張らないと」
小さな腕を組んでそんな事を言ってるシャムエル様は、ちょっと神様っぽかったよ。