喧嘩売ってる地下迷宮?
「無事に出られたようですね」
「おお、とりあえず……無事みたいだよ」
岩盤崩落のショックでちょっとパニックになりかけていた俺は、背後から聞こえた落ち着いたベリーの声に思い切り振り返った。
いつもの大小のゆらぎが消えて、ベリーとフランマが姿を表す。
「おいおい、こんな所で姿を見せても大丈夫か?」
もしも誰かに見られたらどうしようと、また別の意味でパニックになりかけた俺だったが、二人は笑って首を振った。
「大丈夫ですよ。この辺りには、人の気配が全くありませんからご安心を。しかし地下道部分が見事に落ちましたね、中の迷宮は再生までにはしばらくかかるようですよ。次はどうなるのか、ちょっと楽しみですね」
完全に塞がってしまった洞窟の入り口を見て、ベリーが不思議な事を言う。
「へ? 再生ってどう言う意味だ?」
首を傾げる俺に、ベリーは嬉しそうに笑って塞がれた洞窟の入り口を指さした。
「とても面白い構造ですよ。どうやらここは、定期的に再生する洞窟のようですね。引き金は、最下層のお宝の採集。それが終わって、地下洞窟から人の気配が無くなれば、それで一旦入り口が塞がり、今まさに新たな洞窟が再生しているようです。貴方達には聞こえていないでしょうが、さっきからもの凄い音が、地下から聞こえてきていますよ」
「ええと、ドユコト?」
こういう時の神様だよな。
俺は右肩に座るシャムエル様を見た。すると、シャムエル様は、嬉しそうに目を細めて頬をぷっくりと膨らませた。
ああ、その何だよそのぷっくらした頬。可愛過ぎるだろうが……お願いだから、今すぐ俺に突っつかせてください!
無言で悶絶する俺に気付かず、シャムエル様も埋まってしまった洞窟を見ている。
「いやあ、私もびっくりだよ。以前酔っ払った時にね、完全攻略する度に、中のマップが変わる洞窟なんて面白そうじゃん。って、単に言っただけなのにさあ。まさかこんなに早く対応するなんて、ほんと〜〜〜〜〜〜〜〜〜に、私が一番びっくりです!」
聞き逃せない言葉に、俺も埋もれた洞窟を振り返る。
「なんだよそれ、まんま不思議のダンジョンじゃん!」
「不思議のダンジョンって?」
「ええと、俺の世界にあった遊びで、地下迷宮を攻略するゲームだよ。特徴は、一度入って出ると、中の地図が変わるんだよ」
「それはつまり、マッピングの意味が無いって事か?」
いきなり、真顔のハスフェルから質問されて、俺は肩を竦めた。
「中にいる間は、もちろんマッピングは有効だよ。だけど、一度外に出たら……あ、消えてる」
説明しながら、半ば無意識で頭の中の地下迷宮のマップを確認しようとしたが、あれほど明確に頭の中にあったはずのマップが、見事なまでに跡形もなく消え失せていたよ。
「やだー! せっかくマッピングしたのに!」
「苦労したあれが、全部無駄足だったって事? ちょっと、そんなの酷すぎるわ!」
俺の言葉を聞いて、悲鳴を上げるシルヴァとグレイの声が辺りに響き渡る。
どうやら、彼女達が持ってたマップも消滅したらしい。その奥ではオンハルトの爺さんとレオとエリゴールも膝から崩れ落ちてる。
まあそうなるよな。
あれだけ楽しんで何度も下調べして、ようやく最下層まで行ってひとまず戻って来たってのに、それが一瞬で全部消え失せたんだもんなあ。
俺の隣では、珍しく金銀コンビが揃って呆然としてるよ。
「なあハスフェル、ギイ。やっぱりお前らのマップも消えてる?」
無言で頷いたハスフェルとギイは、他の皆と同じように顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。
「これは酷過ぎる…絶対、冒険者全員に喧嘩売ってるだろう、これ……」
顔を覆ったギイが、呻くようにそう呟いてる。
うんうん、その気持ちはものすごくよく分かるよ。
あれだけ苦労して集めたマップが一瞬で消え失せたら、そりゃあ文句の一つも言いたくもなるよな。
「シャムエル……お前、この世界を作る時に、やっていい事と悪い事の区別は付けろって、言ったよな。俺は」
おう、これは怖い。
ちょっと本気で逃げて良い? って、聞きたくなるレベルにマジでハスフェルが怒ってるよ。声聞いただけで、もう駄目。完敗っす。
「ええ、ちょっと待ってよ。どうして私が責められるんだよ。これは私だって驚きなのに!」
慌てたように文句を言ったシャムエル様だったが、しかし、全員からの無言の注目を浴びて、大きなため息を吐いて俺を見た。
「ちなみに、ケンが言ってるその不思議の何とかってのでは、ジェムモンスターはどうなるの? それも変わるの?」
「いや、出てくるモンスターは変わらないよ。基本的に変わるのはマップだけ……だったはずだよ。少なくとも俺の知ってるやつは」
「ちょっと見てくる。すぐに戻るから、待っててね」
そう言うと、いきなりシャムエル様は消えてしまった。
「相変わらず神出鬼没だな。まあ、神様なんだから当然か」
苦笑いして周りを見た。空を見ると、よく晴れて太陽はやや頂点から傾き始めた所だ。
「なあ、腹減ったけどどうする? ここで食うか?」
気分を変えるように軽く言ってやると、俺の声に大きなため息を吐いてハスフェルが立ち上がる。
「ここは足場が悪過ぎる。どうするかな」
「あ、それなら前回野営した、綺麗な泉がある森の横に行くか?」
すぐそばの森を指差すと、草地との境界を流れる小川沿いに小さな泉がある。
地下迷宮に入る前に使った場所だ。
「いや、大鷲達が来てくれたからいったん転移の扉まで行こう。そこで食事にしよう」
振り返ると、大きな影がいくつも舞い降りてくる所だった。
「無事に出て来たな。しかし、また妙な事になっておるようだな。まあ、馬達のところに戻れ」
笑ったような先頭の大鷲の言葉に笑って、それぞれ背中に上がった。
「じゃあ、俺達はファルコに乗せてもらうか」
大きくなったファルコの背中に上がり、左右にマックスとニニが飛び上がる。
バラけたスライム達がそれぞれの体を落ちないように確保してくれた。
「じゃあ行きますね。しっかり掴まっててくださいね」
ファルコがそう言って、一気に羽ばたいて舞い上がる。大鷲達と一緒に転移の扉の前まで一気に飛んだ。
「じゃあ、何にするかな。せっかく無事に外に出たんだから、景気付けに肉でも焼くか。レオ、手伝ってくれるか」
何だか疲れたから、昼からがっつりステーキにしてやる。
「じゃあ手伝うよ」
嬉しそうに来てくれたレオに手伝ってもらって、俺は全部で八人分の分厚いグラスランドブラウンブルのステーキを準備して、手分けして手早く焼いていった。
ハスフェル達は、それぞれパンを焼いたり野菜をお皿に盛ったりしてくれている。
うん、ちょっとでも手伝ってくれると、俺は楽で良いよ。
アクアにすり下ろしてもらった玉ねぎでステーキソースを作りながら、ハスフェルが出してくれた赤ワインをフライングで飲んでました。
だって、ちゃんと無事地上に生きて戻って来たんだもんな。
これは、昼から乾杯しても許されるよな?