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朝市での再会と別注品の引き取り

 その朝、俺は初めて自分で目を覚ました。

「……あれ? なんだ、今朝は誰も起こしてくれなかったのか……」

 小さく呟き、寝返りを打った。

「おはようご主人。もうそろそろ起きれば?」

 ニニのデカい舌が、俺の頬を舐める。

「痛い痛い。ニニの舌はトゲトゲなんだから、柔い俺の皮膚には痛いんだって」

 笑いながら押し返して太い首に抱きつく。目の前にセルパンがいたけど、もうこのサイズなら怖くないもんね。

「おはよう。そういえばそろそろ頼んでいた首輪が出来るんじゃないか? 後で行ってみようか」

 セルパンの鼻先を突っつきながら、俺は起き上がった。

「ええと、日が高いな」

 誤魔化すように笑うと、ニニとマックスが揃って笑っている。

 ごめん、かなり寝坊したみたいだな。



 顔を洗って身支度を整えると、まずは食事の為に広場の屋台へ向かった。当然のように全員付いて来る。

 しかし、街の人たちもかなり慣れてきてくれたみたいで、中には笑って手を振ってくれる子供も現れ始めた。

 馴染むの早いな、おい。


 屋台で、ハムっぽいのと野菜をたっぷり挟んだサンドイッチと、コーヒーを買う。うん、意識して野菜も食わないとね。

 立ったまま食べるのも、もうすっかり慣れた。


 それから牧場直営の牛乳屋で、売っていたフレッシュチーズとバターをまた買い込む。

 鞄に隠れてるサクラに物陰に隠れてせっせと飲み込んでもらい、更に雑貨屋を見つけて、大小色んなサイズの袋をまとめて買った。店番をしていた年配のおばさんが、サービスだって言って巾着をいくつか追加で入れてくれた。

「ありがとうございます」

 金を払って受け取り、もらった荷物は鞄に押し込む。


「あ! 大きいにゃんこだ!」

 その時、聞き覚えのある声がして、こっちに向かって手を振る子供の姿に気付いた。

 以前、街道でニニに抱きついたあの子供と母親だ。

 親子がいるのは、広場から少し離れたあまり良いとは言えない場所で、目の前に布を敷いて、畑で取れたらしい土がついたままの葉物の野菜とジャガイモが、お皿に乗せていくつも並べられていた。それから、その横には木彫りの大小のお皿が幾つかと、いかにも手作りって感じの籐の籠が、これも大小幾つも積み上がっていた。母親の後ろには、芋の在庫らしき袋が置いてある。


 うん、売れるものは、持てるだけ全部持って来てますって感じだな。


 見てみると葉物はいかにも新鮮だし、ジャガイモは小振りだがとても美味しそうだ。俺は寝坊して来たのに、まだこれだけ残ってるって……もしかして、売れなかったのかな?

「ここにいたんですね。売れましたか?」

 俺が近寄ってそう言うと、母親は困ったように笑って首を振った。

「ここは場所が悪くてあまり売れないんです。でも、いくつかは売れましたから何とか……」

 言葉を濁す彼女を見て、改めて並べられた野菜を見る。

「これって、残ったらどうなるんですか?」

「芋は明日、また持って来ますが、葉物はそうはいきません。市場の裏に、残り物を買い取ってくれる業者が来ているので、残った葉物はそこにお願いします。でも、それだとここの場所代も出ないような金額なので……」

 俯いて悲しそうにそう言うのを聞いて、俺は頷いた。

「この野菜と芋、後ろの在庫も全部もらうよ。それから、このお皿と籠も。丁度こういう大きさのを探していたんだよね。全部で幾らになる?」

 呆気に取られる二人に、俺は鞄から革の巾着を取り出して見せた。

「ええと、野菜と芋はどれも一皿銅貨一枚です。お皿はどれも銅貨二枚、籠は少し高くて小さい方が銅貨五枚、大きいのが銅貨七枚です。あの……本当によろしいんですか?」


 これだけ丁寧に編まれた籠が、銅貨五枚や七枚って事は五百円とか七百円……。いやいや、安過ぎだろ。


「もちろん。ここへ来て、こいつらの事を怖がらなかったのは貴女の子供さんだけだったんですよ。嬉しかったです。ありがとうな。こいつらと仲良くしてくれて」

 最後は、目を輝かせてこっちを見ている少年に言った。


 計算すると、合計で銀貨で十八枚分あった。だけど、少し考えて、俺は母親に銀貨を二十枚渡した。

「かあさん、すごい! ぜんぶ売れたよ!」

 目を輝かせる子供を抱きしめて、母親は何度も頭を下げてくれた。

 うん、こいつらのおかげで資金は潤沢にあるから、ご恩は返さないとね。


 品物を受け取って、野菜と芋は鞄に突っ込む。

 お皿と籠は、買ったばかりの大きな袋に分けて何とか入れてもらった。

 籠とお皿の入った袋は、マックスの背中に乗せておく。さり気なくアクアがマックスの背中に飛び乗って、袋を落ちないように支えてくれた。

「ありがとうございました!」

 声を揃えて笑顔で見送ってくれたので、俺も笑顔で手を振り返した。


「優しいんだね」

 不意に聞こえた声に、俺は右肩を見る。

 いつものリスもどきの姿のシャムエル様が笑って手を振っていたのだ。

「おはよう。だって、おんなじ買うなら、少しでも知ってる人から買った方が何となく良いだろう」

「これも人助けって? まあ良いや、それで今日は何をするの?」

 鞄に乗って中を覗き込むので、俺は鞄の口を開いて中を見せた。

「サクラに飲み込んでもらってるから、鞄に入ってるのは水筒と金の入った巾着ぐらいだよ、注文してる店に行ってニニの首輪とかの装備をもらったら、一旦宿に帰って荷物の整理かな。それから、ちょっと食材の仕込みをしようと思ってるんだ」

「食材の仕込み?」

 不思議そうに首を傾げているので、頷いた俺は鞄を持ち直した。

「外で料理をするのに、例えば葉物を洗ったり芋の皮を剥いたりするのって時間がかかるし水が勿体ないだろ。だからそういう下拵えをしておけば、すぐに料理が出来るかと思ってさ。せっかく水が豊富な宿に泊まってるんだから、洗ったり皮を剥いたりはしておいた方が良いかなって。後は、手早く食べたい時の為に、肉をまとめて焼いておくよ。お皿もたくさん買ったしね。サクラは熱いのも平気らしいからさ」

 俺の答えに、シャムエル様は感心したように頷いた。

「成る程ね。時間停止だと、確かにそんな事も出来るね。じゃあ今日はもう出掛けないの?」

 残念そうなシャムエル様に、俺は思わず吹き出した。

「午前中は、言ったように作業するから宿泊所にいるよ。午後からは、こいつらの食事の為に、いつも通りに狩りに出掛けるつもりだよ」

「じゃあその時にまた来るね。それじゃあ!」

 そう言うとシャムエル様は消えてしまった。

「何だか忙しそうだな。まあ、あれでも一応創造主様だからね。俺達には分からないお仕事とかあるんじゃない?」

 笑ってニニの首筋を撫でてやり、俺達は別注を頼んだ革工房へ向かった。



「おお、いらっしゃい。出来てるぞ」

 店の前に座っていたおっさんが、俺達を見て笑顔になる。

 店に入ると、奥から大きな箱を持って来た。

「ほれ、まずはその子の首輪だ」

 差し出された赤い革の首輪を受け取る。

「おお良い感じだな。早速つけてみて良いですか?」

「もちろん。不具合があれば直すから遠慮無く言ってくれよな」

 セルパンには一旦離れてもらい、首に巻いた紐を解いてやる。この紐は鞄の中のアクアに預けておく。

 首輪を長さを確認してから巻きつけてやると、ニニは嬉しそうに目を細めた。

「軽くて全然負担が無いです。素敵!」

 嬉しそうなその言葉に、俺はおっさんを振り返った。

「大丈夫みたいですね。ニニも喜んでるみたいですよ」

「おお、それなら良かった。じゃあ次はこいつだな。すまんがそいつの首輪を外してくれるか」

 言われた通りに、マックスの大きな首輪を外して渡した。

 おっさんが手にしているのは、不思議な形の革細工で。両側に飛び出している部分の先は輪っかになっていて、そこにマックスの首輪を通した。丁度ブランコみたいになった真ん中部分は少し広がった丸い形になっていて、この部分にラパンが乗れるようになっているようだ。

「成る程。マックスにその首輪を付けると、背中側にこれが来るから、真ん中にラパンが乗るわけだね」

「これならそれ程邪魔にならないだろう? かなり考えて作ったんだぞ」

 ドヤ顔のおっさんに笑って、受け取った首輪をマックスに装着させてみる。確認の為に背中に登って見てみると、丁度良い具合に、背中に籠の部分が乗るようになっている。

 それを見たラパンが、ポンと跳ねてマックスの背中に飛び乗り籠に潜り込んだ。

「ご主人。これ、素晴らしいです。すごく乗り心地が良いです!」

 嬉しそうな声に、俺も笑顔になった。しかも、籠の上側に折りたたみ式になった網みたいなのが出てくるようになっていて、落下防止の役割をはたしている。

「おっさん、完璧!」

 親指を立てて言うと。おっさんはまたしてもドヤ顔になった。

「それで最後がこれだ、悪いがお前さんの胸当ても一度脱いでくれるか」

 マックスの背中から降りて、胸当てを脱いでおっさんに渡す。

 箱から見覚えのある形のものを取り出して、俺の左肩側に嵌めるのを、俺とファルコは目を輝かせて見ていた。

「ほれ、これで良いぞ」

 返してもらった胸当てを俺が改めて身に付けると、それを見ていたファルコが羽ばたいて左の肩に留まった。

「すごくしっかりしていますね。ありがとうございますご主人。とても良い、嬉しいです」

 ファルコも嬉しそうにそう言うので、俺はおっさんを見た。

「ありがとうな、どれも完璧だよ、後いくら払えば良い?」

 鞄から、サクラに預けていた木札を取り出して渡す。

「案外手間が掛かっちまったからな。すまんが後、金貨四枚になるよ」

 頷いた俺が当然のように巾着から金貨を取り出すのを、おっさんは黙って見ていた。

「値切られると思って高めに言ったのに、そのまま払ってくれるのかよ。さすがはそれ程の従魔を従える魔獣使いだな。金に不自由はしてないってか?」

 苦笑いしながらからかうようなおっさんの言葉に、俺は笑って首を振った。

「だってこれは、おっさんの仕事に対する正当な報酬なんだから、何も出来ない俺がつべこべ言うようなもんじゃ無いだろう? あんたは良い仕事をしてくれたよ。払うのは当然だろう? ありがとうな」

 俺の言葉に目を瞬かせたおっさんは、泣きそうな顔で金を受け取った。

「あんたみたいな奴に俺の作った道具を使ってもらえるなんて、俺は幸せ者だよ。また何かあったら、いつでも言ってくれよな」

 俺達は手を叩き合って笑い合い、笑顔のおっさんに見送られて店を後にした。


 うん、良い買い物したね。

 皆も喜んでるし、また頑張って稼ごう。芋虫退治はしないけどね!

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