地上に出るのも大騒ぎ
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
「おう……起きる……」
無意識にそう答えて、俺は被っていたハーフケットを引き上げてニニの腹毛に潜り込んだ。
当然そのまま気持ち良く二度寝する。
「じゃあ、いきますね」
「起きて〜ご主人!」
耳元で可愛い声が聞こえた直後、俺の両耳の後ろを左右同時に二匹に舐められた。
「うひゃあ! 待って待って! 起きます起きます!」
悲鳴を上げて転がって逃げる。
「うわあ!」
一瞬体が浮き上がって、あれ と思ったら、その瞬間ポヨンと跳ねてスライムベッドから転がり落ちたよ。
しかし、瞬時に触手が伸びて来て、俺の身体を地面に激突する前に確保してくれる。
「ご主人、いきなり動いちゃ駄目だよ。落ちるよ〜」
いっそ場違いなほどのんびりしたアクアの声が聞こえて、俺は笑いながら何とか立ち上がった。しかも、俺が起きる時にタイミングを合わせて押し上げてくれる気使いっぷり。
「あはは、ありがとうな。おかげで朝から地面とお友達にならずに済んだよ」
朝から鼻血はまじで勘弁して欲しいって。
振り返って、ソレイユとフォールの猛獣コンビをまずはおにぎりの刑にしてやる。
「いきなり俺を舐めたのは、誰だあ?」
「はあい、それは私で〜す」
「はあい、私もで〜す」
物凄い音で喉を鳴らしながら答える二匹を、もう一度撫で回してやってから、覗き込んでいたマックスとニニにも抱きついてもふもふを満喫した。
案外小さな水場へ行って、とりあえず顔を洗って口をゆすぐ。
「ご主人、綺麗にするね」
アクアゴールドが俺のすぐ側まで飛んできて、あっという間に綺麗にしてくれる。
「おう、ありがとうな。じゃあ朝飯の支度だな。あ、水浴びは?」
「やる〜!」
嬉しそうに羽ばたいてそう言うので、笑って空中キャッチしてやり、そのまま水に放り込んでやった。
「おはよう」
「おはよう、お腹空いた〜!」
グレイとシルヴァが、笑いながら当然のように俺のテントに入ってくる。
「おう、おはようさん。サクラが水浴び中だから、もうちょっと待ってくれよな」
歪んだ机の位置を戻しながらそう言うと、二人の肩に留まっていたゴールドスライム達も水場に飛んで行った。
交代したみたいで、アクアゴールドが戻って来る。
「おはようさん」
そう言ってハスフェル達もそれぞれのテントから起き出して来て、水場で顔を洗ってから俺のテントに集まった。
「今朝は何を出しますか?」
俺の顔の周りを飛んでいたアクアゴールドが、ふわりと机に降りて俺を見上げる。
「とりあえず、ホットのコーヒーを頼むよ。後は、いつものサンドイッチかな?」
「はあい。じゃあ色々出しまーす」
「作り置きも、かなり減って来たな。ここを出たら、また仕込みをしないといけないな。ああ、ベリー達に果物を出してやってくれるか。それでこっちにも果物を少し出してくれ。俺が食べたい」
籠に盛ったりんごを出してもらったので、ナイフで手早く切って皮を剥いておく。
振り返って足元に並ぶ猫族軍団に、グラスランドチキンの胸肉を切って出してやったよ。
「お前らは大丈夫か?」
揃って並んでいるセルパンやプティラ、ファルコにも、それぞれ生卵と胸肉を出してやる。
机の上に並んだサンドイッチの種類が少なくなっているのに気付き、サクラに料理の在庫を確認すると、やっぱり朝と昼に手軽に食べられるサンドイッチが一番減ってるみたいだ。
カツサンド無し。クラブハウスサンドとBLTサンドも残り僅か。チキンカツサンドと鶏ハムのサンドも少なくなってるし、タマゴサンドの在庫もかなり減って来てる。これは外へ出てハンプールに行ったら、何でもいいから色々作らないとまずい事になりそうだ。主に俺が。
頭の中で買い出しと仕込みの段取りを考えつつ、いつものタマゴサンドと野菜サンドを取る。マイカップにコーヒーを入れて席に戻ると、お皿を手にしたシャムエル様が嬉しそうに尻尾を振り回して早くもステップを踏んでいる。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみっ!」
まるでタップダンスを踏むかのように跳ね回ってから、最後に見事に二回転してポーズを決めて止まる。
「おお、新バージョンダンスじゃないか」
笑って見ていると、ドヤ顔でお皿を差し出す。
「はいはい、タマゴサンドだな」
卵のたっぷり入った真ん中のところを切ってやり、杯にはコーヒーもすくって入れてやる。
「はいどうぞ」
「わあい、タマゴサンド大好き」
嬉しそうに両手で持って齧り始めたシャムエル様の尻尾を突っついてから、俺も自分の分を食べ始めた。
「じゃあ、食べたら出発だな。今日こそ外へ出たい」
苦笑いしながら、最後の野菜サンドを口に入れる俺を見て、皆苦笑いしている。
「本当にもう、しばらく地下洞窟は勘弁して欲しいよ。俺はバイゼンヘ早く行きたいよ」
「災難続きだったものね。本当に生きてるのが奇跡に近いわよね」
笑顔のシルヴァが物騒な事を言ってくれる。
「まあ、確かにここで未だかつてないくらいの酷い目にあったのは否定しないけどさ。生きてるから、もうそれで全部良いことにするよ」
ため息を吐いてそう言った俺は、立ち上がって順番に空いた皿を片付けていった。
手早くテントを撤収した俺達は、また俺と女性二人を真ん中にして通路を進んで行った。
途中に一度だけ、通路に迷い込んできたトリケラトプスがいたんだけど、それ程大きな奴じゃなかったため、先頭の金銀コンビに瞬殺されてました。
後列は、正直言って何があったのか気付かないレベルの瞬殺だったよ。
かなり歩いて、そろそろ腹が減って来たなと思い始めた時、急に周りの感じが変わって来た。
「あれ、これってもしかして……」
「はい、ようやくの出口だよ。良かったね何とか無事に外に出られるみたいだね」
右肩に座ったシャムエル様にそんな事を言われて、俺はちょっと泣きそうになったよ。
「確かに、ここだけで何回死にかけたか……俺、もうここには来ないからな!」
そう叫んだ瞬間、頭を掻こうとして上げた左手が、急に低くなってた天井にまともに当たった。
「痛い!」
思わず悲鳴を上げて左手を抱え込む。
ピシッ……。
「ん? 何の音だ?」
僅かに聞こえたひび割れるような音に、俺は思わず足を止める。
ハスフェル達にも聞こえたようで、全員が一斉に立ち止まって天井を見上げた。
従魔達も、同じく動きを止めて上を見ている。
「ご主人、乗ってください!」
従魔達が一斉にそう叫び、猫族軍団が一斉に巨大化する。
その叫び声に、俺以外の全員が即座に動いた。
ハスフェルとギイは、シリウスとデネブに飛び乗り、シルヴァがハスフェルの従魔のスピカに、グレイがギイの従魔のベガにそれぞれ飛び乗る。俺のソレイユとフランマにオンハルトの爺さんとエリゴールが飛び乗り、レオがニニに飛び乗った。
それぞれ、飛び乗った瞬間に弾かれたように走り出す。
「何してるんですか、早く乗ってください!」
マックスの叫ぶような声に慌てて頷き、俺も体を低くしてマックスの背中に飛び乗った。
「走りますよ!」
頭を低くして必死でマックスの背にしがみついた。
一瞬でアクアゴールドが伸びて、俺と草食チームを守るように包んでくれる。
頭上から聞こえるピシピシという不吉な音は、どんどん大きくなっている。
弾かれたように走り出したマックスの背の上で、俺はもう本気で泣きそうになっていた。
ここまで来れば俺でも分かるよ。この天井、今にも崩れそうだって事だよな。
「早く早く!」
シルヴァの悲鳴のような声が聞こえた瞬間、マックスが大きく飛び跳ねて亀裂から飛び出した。
「地上に出たー!」
俺が叫んだのと、背後で物凄い地響きがしたのは、ほぼ同時だった。
慌てて振り返った俺が見たのは、今まさに飛び出して来た亀裂が、落ちて来た岩盤で埋まっていく様だった。
「うわあ、これはシャレにならないわ……」
「本当よね。これは駄目だわ……」
揃って首を振るシルヴァとグレイの呆れたような声を聞きながら、俺は今更ながらに背筋を冷や汗が流れ落ちるのを感じていた。
「さ、最後の最後に落盤事故って、いったい俺に何の恨みがあるって言うんだよおおおおおおお!」
叫んだ俺は、間違ってないよな!