トライロバイト退治と超レアの出現
「来るぞ!」
オンハルトの爺さんの声に、俺は持っていたミスリルの槍を大きく振りかぶる。
気配を感じて、トライロバイト達が、一斉に跳ねる。
「うおりゃ〜!」
巨大な一本角目掛けて槍を繰り出し、次々にジェムへ変えていく。
常にしっかりと周りを確認しながら、ひたすら目の前のトライロバイトをぶっ刺し続けた。
正直、怖くて体が動かなかったらどうしようかと内心では相当ビビっていたのだが、実際に戦ってみると拍子抜けするぐらいにいつも通りに体が動く。
これがシャムエル様の祝福の効果なのか、それとも、案外自分で思っていたほどには怖くなかったのか分からないけど、ちゃんと体が動く事に俺は密かに安心した。
「だけど油断は禁物だよっと」
跳ね飛んできた巨大な三本角のやつを叩き落とした直後、背後で守ってくれていたアクアゴールドの声が聞こえた。
「ご主人、気を付けて! 左後ろから大きいのが来るよ!」
あの時と違い、どこから来るのかちゃんと言ってくれる気遣いに感謝だよ。
「おう、ありがとうな」
そう言って、左側から飛んできた一際大きな一本角の奴を思い切り突き刺してジェムに変えた。
「油断は禁物!」
そう言って、今度は右から飛んできたヘラクレスオオカブトみたいな二本角の大きなのを叩き落とした。
息が切れ始めた頃、目に見えてトライロバイトの数が減ってきた。
「そろそろ一面クリアーかなっと」
落ち着いて相手をすれば、まあこれくらいなら俺でも何とかなる。
常に周りに気を配る。前だけを見ない。
どれも、ハスフェルと出会った最初の頃に、彼から何度も言われた事だ。
「何だよ。結局は、基本に忠実にするのが一番良いって事かよ」
目に付いた最後の一匹をジェムに変えて、俺はようやく一息ついた。
「はあ、どうやら終わったみたいだな」
周りを見渡して、一面クリアーしたのを確認した。
「じゃあ、ジェムを集めて……」
そう言って、一歩踏み出した途端に、足元が地面ごと大きく動いた。
「どわあ!」
当然、そこに足を置いた俺は、バランスを崩して転ぶ事になる。
「ごしゅじ〜ん!」
すっ飛んで来たアクアゴールドが補助してくれたが、残念ながら勢いは止まらず、俺はアクアゴールドを道連れに水浸しの地面に顔面から見事に素っ転んだ。
「ぶはぁ!」
鼻を強かに打ち付けてしまい、星が散って息が詰まったがそんな事は言ってられない。即座に腕立ての要領で起き上がり、とにかく必死で槍を構える。
「な、な、何が起こったんだ?????」
叫んだ口に、何やら生暖かいものが流れて来たが、とにかく今は、何が起こったのか確認するのが先だ。
「出たよ出たよ! 超レアが出たよ〜!」
いきなり、俺の右肩に現れたシャムエル様が大喜びで手を叩き始めた。
「へ、何が超レア????」
そう言った直後、また足元の百枚皿が動き出した。
「ええええ〜! もしかして、これもトライロバイトなのかよ!」
叫んだ俺は間違って無い。断言。
そう。たった今まで俺が戦っていた直径10メートルを余裕で超す巨大な百枚皿が、一枚丸ごと、そのまま動き出したのだ。
全員が、抜身の得物を手にしたまま、呆気に取られて俺を見ている。
そう、今俺が乗っているそれ自体が、動いているんだから、当然俺はその上で一緒に動いている。
さっき俺が転んだのは、巨大な背中の甲羅の、何枚もずれて重なっている部分のうちの一枚だったのだ。
「上から見たら、ダンゴ虫みたいだな。あ、あれか。某アニメの王蟲みたいなもんか」
ちょっと遠い目になった俺は、とにかく足元に向かって、力一杯体重を乗せてミスリルの槍を突き刺した。
麻痺するように跳ねた後、いきなり暴れ出した。
「うわあ! 暴れるんじゃねえよ!」
そう叫んで、左手で突き立てた槍を掴んだまま必死で踏ん張り、右手で腰に刺した剣を抜く。
「これでどうだ!」
甲羅の重なった部分目掛けて、思いっきり剣を突き刺した。
金属が擦れるような嫌な鳴き声が響き、直後に大きく跳ねてそれっきり動かなくなった。
「ええと、やっつけたのかな?」
ゆっくりと剣を抜いた直後、足元のそれは巨大なジェムになって転がる。咄嗟に、後ろに飛んで別の百枚皿に飛び移った。
「ええ? 赤いジェムって、そんなの有りかよ?」
思わずそう叫んだぐらい、足元に落ちた巨大なジェムは、いつものジェムとは違っていた。
まず色が違う。
完全に透明なのは同じなのだが、その色がルビーのように真っ赤なのだ。
そしてもう一つ。他との決定的な違いはその形だった。
通常のジェムは、大きさの違いこそあれ、基本的に全て六角柱だ。多少歪な形の物もあるが、六角柱である事に変わりは無い。しかも、双晶と呼ばれる上下両方がとんがった形なのも同じだ。
ちなみに割る時は、その六角柱を縦に等分して割る。
しかし、今、目の前に転がっているそれは、直径1メートルはある巨大なルビーの宝石そのものだった。
やや楕円形の丸みを帯びた形で、全面に渡って綺麗なカットがされている。
鍾乳石に打ち込まれた金具に吊るされたランタンの光を受けて、その石は、まさに宝石の如き煌めきを放っていた。
「ええと……これ、なに?」
とにかく拾おうとしたが、余りにも大きくて抱えられない。
右肩にいるシャムエル様にそう尋ねると、笑って頬を叩かれた。
「良かったね。酷い目に遭いまくった地下迷宮だったけど、最後に凄いの見つけたね」
「確かに凄そうだけど……これ何? ジェムじゃねえの?」
「ジェムだよ。だけどこれは燃料にするジェムじゃなくて、装飾品としての価値が高いジェムだね」
まあ確かに、これを燃やせって言われたら、ちょっと勿体無いよな。
「へえ、確かに綺麗だな。装飾品なのか。じゃあ、これはクーヘンの店で……」
クーヘンに押し付ける気満々でそう言ったら、いきなり横から叫び声が聞こえた。
「ちょっと待った〜!」
叫び声の主のオンハルトの爺さんが、真顔でこっちへ向かって凄い勢いで走って来た。
その後ろを、シルヴァとグレイの二人も、同じく血相を変えて走って来る。
レオとエリゴールも、慌てたようにその後ろを走って来た。
結局、全員に取り囲まれてしまい、俺は何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
とにかく、全員が真顔で無言なのだ。
「お、お前さん……これの価値を分かっておらんようだな」
真顔のオンハルトの爺さんの言葉に、俺は困ってしまった。
そんな事を言われても、さすがに、この大きさの宝石は身に付けられない。となれば、俺が持っていても意味が無い。丁度クーヘンの所へ行くつもりだから、彼に頼んで、それこそ王都の商人にでも売ってもらうのが良いと思っただけだ。
しかし、オンハルトの爺さんは、真顔で首を振った。
「これは、一億匹に一匹出るか出ないか、と言われておる。超貴重な宝石ジェムだ。しかもこの大きさ……ふむ、これは素晴らしい。濁りも歪みも全く無い」
腕を組んでしみじみと言うオンハルトの爺さんの言葉に俺は、そう言えばジェムも宝石って意味だよなあ、なんて呑気に考えていたのだった。