一階層での決意
「では、誰かさんの精神衛生上良くないらしいから、早いところ地上へ上がってやるとするか」
笑ったハスフェルにそう言われて、俺も笑いながら手を合わせて拝む振りをしておいた。
「よろしくお願いします。俺は地上が恋しいです」
「楽しいのにねー!」
「本当よね。ここは本当に楽しい場所なのにね」
シルヴァとグレイの会話を聞きながら、俺は必死で首を振ったよ。
片付けも終わったので、また俺と女性二人を真ん中にした守りの布陣でグリーンスポットから出発した。
ちなみに、あの急遽作った水場は、バケツとスライム達に使わせたタライは回収して、裂け目に突っ込んだあの水が出る筒はそのままにされた。放っておけば、水の落ちた場所に穴が開いて、そのうちに良い水場が出来るらしい。
まあ、これは次にここへ来る誰かのためって事だな。あのグリーンスポットには飲める水場が無かったらしいからな。
そんな事を考えながら、ヒカリゴケが無くなってすっかり暗くなった通路をランタンの明かりを頼りに進んで行く。
途中、見事な百枚皿のある広場を通った時には、巨大なアンキロサウルスがあちこちにいるのを見て、相当びびったよ。
以前の東アポンの洞窟で、クーヘンと一緒に戦ったアンキロサウルスに比べたら、確実に倍以上は余裕であったもんなあ。
一応、襲って来られない限りは、こちらからは手出ししない事にしてくれたらしく、そのままスルーしてまた別の通路を進んで行った。
俺達の少し後ろを、ベリーとフランマがついて来てくれているらしいんだが、どうやら彼らが通った後には……完全なる一面クリアー状態に一瞬でなっているらしい。
まあ、最下層の更に下に嬉々として行くような奴らだもんなあ……。二階層に出るジェムモンスターなんて、彼らにとってはお遊びレベルなんだろうさ。
新たに集められたジェムを考えて、虚無の目になった俺は、間違ってないと思う。
そんな感じでかなりの距離を歩いたところで、先頭の二人が止まる。
「あれ、どうしたんだ?」
前を覗くと、ギイが指差してる少し広くなった通路の横に、上りの階段が見えた。
「あ、もしかして、いよいよ最後の地下一階だな!」
「まあ、そう言う事だ。言っておくがこの地下一階が一番広いんだぞ。外へ出る場所まで相当あるから、まあ用心して行こう」
「もう落ちないでね」
満面の笑みのシルヴァにそんな事を言われて、俺達は全員揃ってほぼ同時に吹き出したのだった。
頭の中のマップを確認すると、確かに出口があるのはぐるっと回った反対側で、まだ相当歩かないと辿り着けない遠い場所になっている。
「あ、これが俺が落ちた例のグリーンスポットだな。うわあ、改めて見るとすげえ距離を落ちたんだな。本当によく生きてたな、俺」
マップで、既に分かっている場所を確認して、思わず小さく呟いた。
本当に、場所によってはほぼ垂直に近い状態で落下してるんだよ。
「まじで、よく生きてたなあ……俺」
ちょっと本気で涙目になったけど、その時、足元にニニの首輪から離れてセルパンが近寄って来た。
「ご主人が無事で良かったです」
そう言って、靴の先に、小さな頭を擦り付けて、そのまま戻ろうとした。
「ここへおいで。今だけだぞ」
笑って左手を差し出し、二の腕に巻き付かせてやる。
以前の俺だったら、この時点で気絶してたと思うけど、もう、全然怖くないよ。
それどころか、可愛いと思えるようになったよ。
「今まで、寂しい思いさせて悪かったな」
指先でセルパンの鼻先を撫でてやりそれから、振り返ってこっちを見ているニニに抱きついた。
「ああ、でもやっぱりこのもふもふが良いよ……」
「お前は相変わらずだな」
呆れたようなハスフェルの声が聞こえて、誤魔化すように笑ってニニのもふもふな首元に顔を埋めた。
「この階は、トライロバイト以外は何が出るんだ?」
ゆっくりと通路を進みながら、思い出すのも怖い、左足を怪我した時の事を考えていてふと思った。
やっぱり、負けっぱなしでここを出るのはなんだか悔しい。
う〜ん。再戦するとしたら絶対にあのトライロバイトだろう。今度こそ、一本角の奴をミスリルの槍でぶっ刺してやる。
「この階は、出るのはほぼあれだけだ。場所によっては亜種が多めの所や、ゴールドだけの場所もあったな。ああ、ここにもいるぞ」
丁度、通路が開けて、大きな百枚皿の段差が目の前に広がった。
先頭の二人が、ランタンの強さを一気に強めてくれたので、全体にかなり明るくなった。
「おお、うじゃうじゃいるな」
苦笑いしながら、思わずそう呟く。
目を凝らしてみると、ここにいるのはシルバートライロバイトとその亜種の一本角のあいつ。それから一際巨大でこれまたデカい角を持っているのもいるから、あれがゴールドトライロバイトなんだろう。って事は、俺が怪我した時と同じで全種類いるわけだな。
「なあ、ハスフェル。俺も、もうちょっとだけ頑張ってみるよ。ここであいつらに再戦だ」
アクアゴールドからミスリルの槍を出してもらいながらそう言うと、全員が驚いた顔で俺を見つめた。
「なんだよ。俺、何か変な事言ったか?」
槍を地面に突き立ててそう言うと、全員が満面の笑みになった。
「よっしゃ! そう来なくちゃな」
「よしよし、それでこそ冒険者だ」
「そうよね。負けっぱなしは悔しいわよね」
皆、妙に嬉しそうにそれぞれの得物を取り出した。
それを聞いて、セルパンが俺の腕から地面に落ちて一気に巨大化する。
それを見て、猫族軍団が一気に巨大化し、ウサギコンビも同じく巨大化した。
モモンガのアヴィは……うん、お前はあの大きな鍾乳石に避難しててくれよな。
やる気満々な全員が、一斉にそれぞれの武器を手にして百枚皿に分かれて展開する。
どうやら今回は、前回見学だったシルヴァとグレイも参加するみたいだ。
俺の横には巨大化したセルパンとプティラ、それからアクアゴールドが付いてくれる。マックスとニニも、すぐ隣のお皿に広がって構えている。ウサギコンビとファルコは反対の皿。つまり、俺の周りは従魔達とハスフェルとギイで取り囲まれた状態だ。
うん、皆気遣いありがとう。今度は、下手しないように気を付けます。
「落っこちた時と同じだな」
小さく笑って左右の二匹を見てそう呟く。
「あそこでは、ご主人の安全が最優先だったから最低限しか戦わなかったけど、実は、もっといっぱい戦ってみたかったんです」
セルパンの嬉しそうな声を聞いて、あれ、あそこで戦闘なんてしたっけ? と考えて、思い出した途端に気が遠くなった。
忘れたかったよ。
あの超デカかった首長竜が……あれが子供だったって……。
いやいや、駄目だ。今はこっちに集中だ。
リベンジしようとして、逆に返り討ちにあってまた怪我でもしたら目も当てられない。
ここは慎重に行こう。
「じゃあ、よろしくお願いします!」
気合を入れるように、大きな声でそう叫ぶ。
「おう、頑張れ!」
俺の頭の上から、ご機嫌なシャムエル様の声が聞こえて来た。
「肩にいないと思ったら、そんな所にいたのかよ。大丈夫か? 戦闘中に落ちて踏んでも知らないぞ」
笑って言ってやると、頭上から笑い声が聞こえて来た。
「ケンの勇気に免じて、私から祝福を贈ってあげよう。しっかり頑張ってね。それじゃあ、後でね!」
頭をポンポンと叩かれる感じがして、すぐにいなくなった。
「あれ? 消えちゃったよ」
左手で頭を触り、いなくなった事を確認する。
「そろそろ来るぞ、構えろ」
ハスフェルの声に、返事をして、俺はミスリルの槍を構えた。
さあ、負けっぱなしで終わってたまるか! リベンジするぞ!