平和な朝のひと時
「いろいろ取ってたら、何だか食べすぎちゃったみたい」
「ご馳走様。色々あって楽しかったし美味しかったわ」
シルヴァとグレイの女性二人に、満面の笑みでそう言われて、苦笑いした俺は、見事に食い尽くされた机の上を眺めた。
彼女達の背後では、男性陣も笑顔で頷いている。
「いやあ、しかしよく食ったな。でもまあ、満足したんなら良かったよ」
肩を竦めてそう言い、スライム達に汚れた食器を綺麗にしてもらう。
「何だか疲れたから、もう今日は休むよ。早く地上に出たいです」
サクラに机の上を綺麗にしてもらいながら俺が愚痴ると、笑ったシャムエル様がよしよしって感じで頭を撫でてくれたよ。
「まあ、元気出して。そのうち良い事もあるよ」
「だな。じゃあ、そう思っておくよ」
大きなため息を吐いて振り返ると、ソフトボールサイズになってそこら辺を転がってたレインボースライム達が、一斉に俺を見てポヨンポヨンと跳ね始めた。
「お疲れのー」
「ご主人をー」
「皆で癒しまーす」
「癒しまーす」
プルンプルンと跳ねて揺れながらそんな健気な事を言ってくれるスライム達に、ちょっと涙腺が緩んだのは内緒な。
今夜も、念の為防具は着たままで寝るよ。グリーンスポットではその方が良いって聞いたもんな。
簡単にサクラに綺麗にしてもらった俺は、水筒の水を少し飲んでから振り返って笑っちゃったよ。
そこには、あっという間にくっ付いて巨大なカラフルウォーターベッドになってくれたスライム達が、プルプル震えながら待ち構えていたのだ。
「さあどうぞ、ご主人!」
得意気に声を揃えてそう言われて、俺は隣にいたニニの首に抱きついた。
「ではお願いします!」
「はあい。それじゃあ、まずは私だね」
嬉しそうにそう言って、ニニが軽々とスライムベッドにひとっ飛びで飛び乗る。
ポヨンと反動があってから、まずはニニが横になって転がる。
「そうそう、やっぱりこれだよな」
そう言いながら、俺がニニの腹の横に上がって潜り込むと、その隣にマックスが上がってきて俺を挟んで横になる。
俺の上半身はニニの腹の上、横を向いて二匹の隙間に伸ばしている足はスライムベッドの上だ。
俺の背中側にウサギコンビが巨大化して並び、直後にコニーの角の上にモモンガのアヴィが飛んで来てしがみ付いた。小さいアヴィは寝ている俺にくっ付くと危ないから、側へ来て寝ているらしい。
そして俺の胸元には、フランマとタロンが並んで潜り込んで来た。
俺の顔の両横にソレイユとフォールの猛獣コンビが場所を確保したら、俺的最高もふもふパラダイス空間の完成だ。
「じゃあ消すねー!」
スライムベッドから触手が伸びて、一瞬で火のついたランタンを回収した。辺りが真っ暗になる。
「ああ、本当に毎晩このもふもふに癒されるよ……お前ら、最高だな……」
フランマとタロンのもふもふコンビをまとめて抱きしめながら小さくそう呟いて、俺は気持ち良く眠りの国へ垂直落下して行ったのだった。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
「おう、今日は起きるぞ……」
何とか眠い目を擦りつつ、腕立ての要領で腹毛の海から起き上がった俺は、大きな欠伸をしてから脇に潜り込んで来たソレイユとフォールを交互に撫でまくってやった。
「ご主人起きちゃった」
「私達の仕事を取らないでください!」
喉を鳴らしながらそんな事を言われて、俺は笑って二匹をおにぎりの刑にしてやった。
「起きて文句を言われる筋合いは無いぞお」
笑いながらそう言い、スライムベッドから降りる。
従魔達も降りると、一瞬で合体してアクアゴールドになったよ。
剣帯を装着してから、テントの垂れ幕をゆっくりと巻き上げる。
幸い、トリケラトプスが目の前にいるような事態も、尻尾の先がテントに突っ込んで来るような事も無かったです。
「お、おはよう」
丁度、同じく隣のテントから出てきたギイと目が合って挨拶を交わす。
「あっちに水場があるぞ。顔を洗うなら先にどうぞ」
ギイが指差した場所には、何故か大きな木製のバケツ、じゃなくて桶が置いてあり、岩の隙間に、明らかに人為的に差し込んだであろう筒状の棒が斜めに突っ込まれていて、その棒の先から水がかなりの勢いで流れ出していた。
吹き出す水の勢いは、蛇口全開に近いよ、これ。
桶から溢れた水は、地面に掘られた適当水路を通って、茂みの奥にある大きな水溜りに繋がっていた。
うん、これは中々にワイルドな即席水場だよ。
「ええと、これって……」
流れていく水を見ながらそう言う。
「このグリーンスポットには、直接飲める水場が無かったんでな。それでグレイに綺麗な水を出してくれと頼んだら……こうなった訳だ」
完全に笑った顔のギイの説明に、俺は堪える間も無く吹き出した。
「成る程。しかし何というか、豪快だな」
「ああ、確かに。豪快だな」
顔を見合わせて、ほぼ同時に大きく吹き出し大笑いになったよ。
筒の先から吹き出す水を手で受けて、先に顔を洗わせてもらった。
うん、確かに冷たくて気持ち良いよ。
「ご主人、綺麗にするねー!」
アクアゴールドが一瞬だけ伸びて俺を包んだと思ったら、あっという間に綺麗さっぱり。
「いつもありがとうな」
手を伸ばして撫でてやり、水の溜まった桶を見る。
「ええと、水浴びは……」
「スライム達に水浴びさせるなら、これを使いましょうよ」
不意に後ろから聞こえた声に、俺は飛び上がった。
「ああ、グレイ、シルヴァもおはよう」
「はあい、おはよう」
「おはよう」
笑顔のグレイの手には、置いてある桶よりも平くて浅い大きなタライがある。
見ると、ちょっとした子供用プールくらいの大きさがあるぞ。
単なる疑問だけど、そんなもの、何処から持ってきたんだ?
「これなら、他の子達も水浴び出来るでしょう?」
平然とそう言ってタライを足元に置き、水を受けている桶の横に、また取り出した別の棒をいきなり突き刺したのだ。
「おいおい、木の桶にそんなもの突き刺したって……ええ?」
どういう仕組みか、グレイが突き刺した棒は、見事に木の桶の側面を貫通して、筒の先から水が流れ出した。
「はい、ここは従魔達用ね」
タライを桶の横に並べて置くと、あっという間に水が溜まっていく。
それを見たファルコとプティラが、嬉しそうに飛んで来てタライの縁に留まる。
タライの水を両手ですくって、二匹に勢い良く何度もかけてやった。
一瞬でバラけたスライム達が、大喜びでタライに次々に飛び込んで行く。全員ソフトボールサイズになってるから、あの大きなタライなら、他の子達が来ても大丈夫だろう。
それを見て、ギイやシルヴァやグレイの側にいたスライム達も、一斉にバラけてタライの中に次々と飛び込んで行った。
俺の濡れた手や服は、出て来たサクラが一瞬で綺麗にしてくれたので、お礼を言って、もう一度水の中に放り込んでやる。
あちこちのテントから、皆起き出してきたようで、スライム達が先を争うようにしてタライに飛び込んで行った。
「これまた絶対、勝手に金色合成して出てくるだろう」
笑いながらスライムだらけになったタライを見てそう言うと、まるで聞こえたかのようなタイミングでバラけていたスライム達があちこちで合体してゴールドスライムになっていった。
そのままタライの中で羽ばたいて、互いに水を掛け合って遊んでいるスライム達を見て、笑った俺は自分のテントに一旦戻った。
「あ、サクラが来てくれないと、俺何も出来ないじゃん」
朝飯を出そうと思って、我に返って吹き出したよ。
仕方が無いので、水遊びに満足したアクアゴールドが戻って来るまで、俺はマックスを始めとした従魔達全員を順番に撫でてやり、いつものもふもふパラダイスを満喫したのだった。
さてと、今日中に地上へ出られるように、シャムエル様に祈っておく事にしよう。