夕食と知りたくなかった真実
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
はい、スッキリ目が覚めました。
だけど、まだ死んだフリしておく。
だって、いくらなんでもあれは無い。ちょっと我ながら感心するレベルに間抜け過ぎる。
いやあ、我ながらちょっと本気で穴があったら入りたい気分だよ。いやマジで。
いくら初心者とはいえ、突き刺した槍を回収するつもりが、まさかの目標の恐竜ごと吹っ飛んで一緒に帰ってくるって、いったいなんの冗談だよってな。
それでノックアウトされてたら、本当に世話無いよ。
「こら、気が付いてるのは分かってるんだから、死んだ振りしていないで起きなさい! 今すぐに起きなきゃ、ここに置いて行くよ」
耳元で聞こえたシャムエル様の声に俺は飛び起きた。
「うわあ、それは勘弁して! 起きます起きます!」
慌てて必死になってそう叫ぶと、同時にあちこちから吹き出す音が聞こえた。
「あはは、ケンったらもう最高ね」
「やだもう、置いて行くわけないじゃ無い」
側では、シルヴァとグレイが大笑いしている。
見ると、二人の横にはオンハルトの爺さんが座っていて、手には俺が使っていたミスリルの槍を持っている。
「ほれ、お主の槍だ。アクアに返しておけば良いのか?」
その言葉に、俺が寝かされていたスライムベッドが笑ったようにゆさゆさと揺れた。
「ああ、お前らがベッドになってくれたんだな。ありがとうな」
冷んやり冷たいスライムベッドは、夏の必需品になりそうだ。
地下洞窟は冷んやりしてるけど、地上に戻ったらまだまだ暑そうだもんな。
オンハルトの爺さんから槍を受け取って、アクアに飲み込んでもらった。
起き上がって周りを見ると、どうやらさっきとはまた違った場所である事に気が付いた。
「あれ? ここってさっきのパラサウロロフスのいた場所じゃ無いよな?」
周りを見回すと、どうやらグリーンスポットのようで、茂みの奥に大きなステゴザウルスの背板が見えて、ちょっとびびったよ。
「大丈夫だよ、ここは安全だから安心しなさい」
ドヤ顔のシャムエル様にそう言われて、苦笑いしつつ俺は皆に頭を下げた。
「へたれでどうもすみません。それで、もしかしてもしかしなくても、誰かがここまで運んでくれたんだよな」
最期は俺の肩の定位置に収まったシャムエル様にそう尋ねる。
「まあね。とにかくあの時、ベリーが恐竜を確保して片付けてくれて、すぐに駆け付けたオンハルトとハスフェルがケンを確保したの。それで、マックスに意識の無い君を乗せてもらって、ここまで来たんだよ。しかし本当に、ここまで頑丈だと感心しちゃうね。あんなデカいのに当たられたのに、骨も折れてないし死んで無いし。我ながらグッジョブだよ」
そんな恐ろしい事を笑顔で言って無邪気に喜ぶシャムエル様を見て、気が遠くなった俺は悪く無いよな。
「もうやだ……早く地上に帰りたいよ」
半泣きで顔を覆ってそう言うと、苦笑いしたオンハルトの爺さんに背中を叩かれた。
「まあ、今回はすぐに目が覚めて良かったではないか。もしもあのまま目が覚めなければ、また延命水を飲ませてやらねばならんかと思って、心配しておったんだぞ」
その言葉に何か引っかかりを感じて、俺は無言でオンハルトの爺さんを見た。
正確にはその口元を。
……あれ?
オンハルトの爺さん、なんだか歳の割に妙にプルプル肉厚な唇だね……?
しかも、口元の髭が……あの角度だと、チクチク……チクチク当たりますよね。
あれ?
あれれ??????????
これってまさかのもしかして??????????
「なあ、ちょっと聞くけど……もしかしてこの前、俺が死にかけた時に水を飲ませてくれたのって……」
「ああ、別に礼など要らんぞ。なんだ、それともまた飲ませて欲しいのか?」
にんまりと笑ったオンハルトの爺さんの妙に若々しい口元を見て、俺は声無き悲鳴を上げてスライムベッドに身を投げたのだった。
嘘だあ……俺の夢を返してくれ。いやその前に。俺のファーストキスがああああああ……号泣。
しかし、俺は不意に思いついて顔を上げた。
いや、あれは人工呼吸と一緒だよな。ノーカンだ、ノーカン!
うん、俺は間違ってないよな。断言!
「ほら、起きろよ。そろそろ俺達は腹が減ってるんだけど、作り置きでいいから何か出してくれるか」
スライムベッドに突っ伏して一人で悶絶していると、笑ったハスフェルに背中を叩かれた。
「あ、ごめん、もうそんな時間なんだ」
慌てて手をついて腕立ての要領で起き上がり振り返ると、皆それぞれにテントを張っていて、笑って俺を見て手を振っている。
「ごめんよ、すぐに用意するからな」
そして、今更ながらここが自分のテントの中である事に気が付いた。
「なんか最近、毎回テントを張ってもらってる気がするぞ」
「あはは。だって最近のケンったら気絶率高いもんね」
「なんだよ、気絶率って。ってか、痛いって。そのちっこい手で頬を叩くなってば」
笑ったシャムエル様に頬をバシバシ叩かれて、俺は笑いながら悲鳴を上げてシャムエル様を捕まえて、思いっきり頬擦りしてやった。
「ああ、この最高のもふもふ尻尾。ううん、たまらん」
「だから、私の大事な尻尾に鼻水をなすり付けるんじゃありません!」
空気に殴られた俺は、シャムエル様を抱いたまま、スライムベッドに逆戻りしたのだった。
「鼻水は付けてないぞ!」
笑いながら叫んだ俺は、ポヨンポヨンのスライムベッドに転がって大笑いになった。
「おお、この弾力。最高のスプリングより寝心地良いぞ」
笑ってシャムエル様を抱いたまま腹筋で起き上がり、とにかく肩の定位置に戻してやった。
「予定とメニューが違って悪いな。それじゃあ作り置きを色々出すから、好きなのを取ってくれよな。グラスランドチキンのレモンバター焼きは、明日な」
笑って頷くグレイに手を振り、一瞬でバラけて足元に跳ね飛んできたサクラを抱きとめた。
「じゃあまずは、机と椅子を出してくれるか。作り置きは何を出すかな?」
って事で、作り置きアーンド半端な残り物大放出。
いつもの揚げ物各種。卵料理も適当に出しておく。蒸し鶏や燻製肉を並べ、サラダ各種やスープも適当に鍋にとって火にかけておく。あと中途半端に残っているのも適当に出しておいた。
ガンガン取り出す俺の横に来て、レオが並べるのを手伝ってくれたよ。
「あ、オムライスももう少しあるから出しておくか。ご飯は、俺が食いたいから出しておこう」
そう呟き、オムライスセットも並べておく。
それから俺は、自分用の皿に蒸し鶏をまとめて取り、おにぎりを幾つかとだし巻き卵を横に並べる。それからお椀に味噌汁をよそった。
「あ、以前屋台村で買った焼き魚があったな。あれも食べよう」
切り身の焼き魚は、ちょっとサバの塩焼きっぽい感じで美味しかったんだよ。
「おお、なんだか豪華な和食になったぞ」
味噌汁の具は、玉ねぎとじゃがいもだ。
「これで豆腐とワカメがあれば、もう完璧なんだけどな」
そう呟いて、席に着いた。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜っじみ!」
いつもよりも一回転多く回って、最後の決めポーズでドヤ顔になるシャムエル様。
「はいはい。格好良いよ。今日は和食だぞ」
そう言って、差し出したお皿に、俺の皿から一通りちょっとずつ取り分けてやる。
「わあい、色々あって豪華だね!」
そう言って、だし巻き卵を掴んでもぐもぐやってるシャムエル様は、最高に可愛かったよ。
ああ、そのふっくらな頬を、俺に突かせてくれ!
嬉しそうにおにぎりのかけらを齧るシャムエル様を見ながら、俺も食べる事に専念した。
だって、どうやったって、思考は例の事件に戻る。
「知りたくなかったなあ……知らなければ、夢見ていられたのに……」
情けなくため息を吐くと、顔を上げたシャムエル様が、驚いたように俺を見た。
「何か言った? これ美味しいね」
「なんでも無いよ。気にしないでくれるか。まだ食べるなら、もう一切れどうぞ」
鶏ハムをもう一切れお皿に乗せてやり、もう一度俺は大きなため息を吐いたのだった。
……泣いても良いですか?