リスもどきの正体と旅の始まり
「あのさあ、ちゃんと色々説明するから、拗ねないでくれる? 一緒の場所に置いた筈だったのに、ずいぶんと離れてたから、必死で探して回収して来たってのにさあ」
呆れたようにそう言われて、俺は何だか悔しくなって舌を出した。
「別に拗ねてない!」
即座に言い返した俺を、リスもどきは気の毒な奴を見るような目で見やがった。
くそっ。拗ねるぞ俺は。
「まあまあ、とにかく落ち着いて話を聞いてください。ご主人」
マックスにとりなすようにそう言われて、俺は改めて座り直した。
俺の右側にはニニが、左側にはマックスがぴったりとくっついて来て、もふもふ具合は最高潮だ。
特にニニは、もうこれ以上ないくらいにもふもふだ。しなやかな身体も長い毛も柔らかく、もたれ掛かっても最高のソファーみたいだ。
それに対してマックスは、硬くてしっかりした身体にみっちりとやや硬めの毛が生えてる。
うん、こっちは言ってみればむくむくだな。
もう俺、一生ここに埋もれていたい。
ふかふかのニニにもたれ掛かって目を閉じる。
ああ、最高かよ……。
「寝るな! とにかく話を聞きなさい!」
思いっきり頭を叩かれた。
何だよ、俺の至福のもふもふタイムを邪魔しやがって。
ってか、お前……ちっこい手してるくせに、今、そこからどうやって俺の頭を叩いた?
めっちゃ痛かったぞ。
驚いて顔を上げると、さっきよりもさらに呆れ顔のリスもどきが俺を見ていた。
とりあえず笑って誤魔化してみたが、鼻で笑われた。
なんだよ。拗ねるぞ俺は!
「ええとね、君が持っていた物を参考に、とりあえずここでの必要な装備を整えたからね。他に必要な物があったら、好きに買い替えてもらっても構わないけど、着ているそれは、かなり良い装備だから安心してね。それからお金もたくさん入れておいたから計画的に使ってね。それ以上欲しかったら自分達で稼いでください」
聞いてみると、銀貨一枚がだいたい千円ぐらいらしい。
うん、ありがとう。確かに大金だね。
「このまま、まっすぐに歩いてると街道に出ます。あの山が見える方に街道を進むと大きな街があるよ。取り敢えずそこに滞在するのがオススメ! 魔獣使いとして冒険者ギルドに登録するのが良いよ。この子達が捕まえたり倒したりした、モンスター達を買い取ってくれるしね」
ほうほう、RPGのお約束、冒険者ギルドですか。それは是非とも登録させていただきましょう。
「待った!その前に質問。俺の言葉って通じるのか? 字は? 読める? 書ける?」
リスもどきは頷いて胸を張る。
「向こうの世界での君の知能に合わせたから、大丈夫だよ。この世界は、基本的に共通言語だからね」
よしよし、それなら大丈夫だな。
営業で培った、俺のコミュニケーション能力舐めるなよ。
「それで、結局俺はこの世界で何すりゃいいのさ?」
「言ったでしょう。君がこの世界に来てくれたおかげで、この世界は救われた。ここは、言ってみれば君の住む世界から少しずれた多重世界なんだよ。分かる?」
おう、出ました!SFの定番。パラレルワールド! うん、良いね。嫌いじゃないよ。
「って事は、一般的な常識は、俺の世界と変わらない?」
「うん、そう思ってくれて良いよ。まあ、どこの世界にも悪人はいるから、絶対この世界は安全だなんて言えないけど……君、かなり鍛えてたからね。この世界では、かなり強い方だと思うよ」
鍛えてた事は無駄にならなかったらしい。うん、ありがたい。
「じゃあ、好きにして良いのか?」
俺の質問に、リスもどきは満面の笑みで頷いた。
「もちろん。何処かに家を買って定住するも良し、放浪の旅を続けるも良し。君の好きにして。この世界は広いからね。飽きる事はまず無いと思うよ」
その言葉を聞いて、心が決まった。
「なら、お言葉通り、まずはこの世界を旅してみる事にするよ。こいつらと一緒にね」
両手でニニとマックスの背中を叩く。
二匹も嬉しそうに俺に頬擦りして来た。
「まあ、後はやってみてのお楽しみ! ってとこかな? しばらくは、君達の事見てるから、何か困ったことがあったら私を呼んでね」
「分かった。それならお前、名前は? いざとなったらなんて言って呼べばいいんだ?」
俺の言葉に、リスもどきは、また嬉しそうに笑った。
「私の名前は、シャムエルディライティア。呼ぶ時はシャムエルって呼んでね」
「へえ、なんかすげえ。うん、神様みたいな名前だな」
感心したように思ったまま呟いた俺に、リスもどきは楽しそうに笑った。
「あながち間違って無いね」
立ち上がりかけていた俺は、その言葉に、思わずリスもどき改めシャムエルを見た。
「だって、私がこの世界の創造主なんだもん」
リスもどき改めシャムエルは、そのちっこい体に余りにも相応しくない自己紹介を最後にしやがった。
「はあ? おまっ……冗談は顔だけにしろよな!」
その瞬間、空気に殴られて意識が飛んだけど、俺は絶対悪くないと思う。
「……ご主人、しっかり……」
「もう、酷いです! ご主人は、この世界の事をまだ何もご存知無いんですから!」
遠くに聞こえる声に、俺は目を開いた。
「ご主人! ようやく目が覚めましたね。ああ良かった。このまま目が覚めなかったらどうしようかと思いましたよ」
嬉しそうにそんな事を言いながら、尻尾をぶん回して俺の顔を舐め回すマックス。
うん、嬉しいのは分かったからとにかく落ち着け。お前の体だけじゃなく舌もデカくなってるから、色々ととんでも無いことになってるぞ。
起き上がった俺に、またしても二匹が左右にくっ付いてくる。
うん、今度は寝ないように……無理。これは無理だ。
俺は立ち上がって二匹の前に座った。マックスの腕のあたりに座り、横を叩いた。
すぐにニニが横に来て、俺の足に鼻先をくっつけて丸くなった。
よしよし、これなら眠くなるのは避けられそうだ。
ドヤ顔でシャムエルを見ると、また呆れ顔の奴と目が合う。
「で、創造主様がどうしたって?」
態とそう言ってやると、思いっきり嫌な顔をされた。
「怖がられるかと思って、可愛い姿にしたのに。そう言う事ならいつもの姿になるもんね!」
そう言ったリスもどきの姿をしたシャムエルは、唐突に消えていなくなった。
「あれ? どこへ行ったんだ?」
そう呟いた瞬間……目の前に現れたそいつに、俺はもう一度気絶しそうになった。
「ド、ドラゴンかよ!」
立ち上がって目を輝かせる俺に、その巨大なドラゴンは鼻息も荒く上を向いて火を吐いて見せた。
「スゲエ! スゲエ! シャムエル、お前さんドラゴンだったのかよ!」
駆け寄ってそう叫んだ俺に、ドラゴンは唐突に消えてまたリスもどきに戻った。
「言ったでしょう。私は実体の無い存在だから、何にでもなれる。こんな事も出来るよ」
リスもどきが飛び跳ねた瞬間、目の前に立っていたのは俺だった。
何だよ、そのドヤ顔。
「おお……目の前に俺がいる……分かりました。ものすごくよく分かりました。俺が悪かったです。お願いだから、ちっちゃくて可愛いお姿に戻って下さい」
必死で謝ると、元のリスもどきに戻ってくれた。
「全くもう、話が全然進まないじゃない。まあ分かってくれたなら良いことにする。それでね。重要な事を教えておきます」
リスもどき改めシャムエル様の言葉に、俺は座り直した。
「この世界には、人だけでなく、様々な種族が暮らしてるよ、まあそれは貴方のその目で見つけてね。それから、ジェムモンスターとか魔獣って呼ばれる存在も多くいます。これは、人にとって有害な存在なので、倒すとギルドから報酬が出ます」
うんうん、この辺りはRPGそのままって感じだな。
「ジェムモンスターを倒すと、ジェムと呼ばれる宝石になります」
驚いて目を瞬く俺に、シャムエルは胸を張った。
「モンスターを作る時に、核にするのが力を持ったジェムなんだよね。だから、モンスターを倒すと元のジェムに戻るんだ」
おお、成る程、そういう事か。
「そのジェムは回収してギルドへ持っていくと買い取ってくれるから、忘れずに回収してね。それとは別に、魔獣って呼ばれる者達がいる。種類は多く無いけど、ジェムモンスターとは違って、実体を持った存在。倒しても死体が残るだけでジェムにはなりません」
おお、それは……ちょっと現代人の俺的には嫌かも。
「でも、それもギルドへ持っていくと買い取ってくれるよ。魔獣からは素材が多く取れるからね。皮や肉、骨。場合によっては内臓も使える」
おお、どんどん生々しい話になってくる……。
「でも、君の世界では死体を見ることなんてあんまり無いんでしょう?」
いや、滅多に無いと思うぞ……。身内が亡くなったときぐらいしか、死体とご対面する機会なんてありません。
「貴方に魔獣使いの能力を与えておいたからね。ジェムモンスターや魔獣を仲間にできるよ。まずはスライムを一匹捕まえて仲間にしてみて。その子が増えすぎる荷物や、魔獣の死体を運んでくれるからね」
「何でスライム?」
「スライムって、弱いけど簡単に作れて自由自在に能力を付け足せるありがたいモンスターなんだよね。だから、まずはスライムと戦って仲間にしてみて」
「分かった。それで言っていたように、このまま進んで街道に出て、街へ行けば良いんだな?」
「うん、それまでに出てくるスライムを貴方がやっつけるんだよ。最初が肝心だから頑張ってね」
満面の笑みでそう言うと、シャムエル様は唐突に消えていなくなった。
「なんかよく分からんが、とにかく進もう。何か出たら頑張って戦えば良いんだよな?」
不安そうな俺に、マックスとニニも立ち上がって側に来てくれた。
「安心して下さい。ご主人は我々がお守りします。スライムごとき、一撃ですよ」
ニニの可愛い声に、俺は笑顔になった。猫だった時も可愛い鳴き声だったけど、今の方が百倍可愛い!
対するマックスは、俺よりおっさんみたいな声をしてる。まあ、誰の声かすぐに分かって良いよな。
ため息を一つ吐いて荷物を担いで歩き出した俺の左右に、マックスとニニが付いてくれる。
俺達は、とにかく進む事にしたのだった。