牡丹鍋とおやすみなさい
「そんな事言うから、嫌われてるんじゃない?」
地上が恋しいって言ったら、にんまり笑ったシャムエル様にそんな事を言われてしまい、俺は頭を抱えて机に突っ伏した。
「じゃあええと……ここへ来れて嬉しいです! レアアイテムも頂いたし、後は無事に地上へ帰るまで楽しませてください!」
顔を上げてそう言ってみたら、シャムエル様に妙な顔で覗き込まれた。
「今のは、誰への意見?」
「えっと、現状の地下迷宮に対する俺の意見……かな? 誰へって言われても……誰だろう?」
「何でそこで疑問形なんだよ」
横で聞いていた笑ったハスフェルに突っ込まれて、俺も誤魔化す様に笑った。
「とにかく、もうこれ以上酷い目に遭いませんように!」
取り敢えず、目の前の創造主様に手を合わせておくことにした。
うん、この行動は多分……間違ってないよな?
「何してるの?ケン。まあ良いや。とりあえず食べようよ。鍋が煮上がってるよ」
シャムエル様がそう言って、嬉しそうに頬を膨らませながらレオが面倒見てくれている鍋を指さす。
「そうだな。取り敢えず食おう」
確かに腹が減っている。俺は笑って頷き、サクラにいつもの携帯用の鍋セットを取り出してもらった。
汁物の時には、この鍋に取るのが良いんだよ。
肉も野菜もたっぷりと小鍋に取る。皆も順番にそれぞれの小鍋に山盛りに取るのを見て、俺は自分の鍋を見た。
「……うん、俺はこれで充分だよ。足りなかったらまた貰えば良いって」
席に戻ると、小さくため息を吐いて、まずは水筒から普通の水を飲んだ。
「まあ、まだちょっとフラフラするけど、取り敢えず体調はいつも通りだ。よし、食おう」
マイ箸を取り出して、別の小皿に適当に取り分ける。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜っじみ!」
シャムエル様が俺の右手にもふもふ尻尾を叩きつけながら、妙なリズムのもふもふダンスを踊っている。
手にしているのは、前回の牡丹鍋の時に使った小さなお椀だ。
「はいはい、これだね」
俺の小鍋から猪肉の小さいのと、鶏肉のつみれ、野菜いろいろ、それから小さな小餅も一つ入れてやってから、スプーンで味噌汁をたっぷり入れてやった。
「はいどうぞ。あ、ご飯は? いるならよそって来るぞ」
「それはお代わりでもらうよ」
嬉しそうに目を細めたシャムエル様は、勢いよくお椀に顔を突っ込んだ。お代わり前提になってる。
「熱くないか?」
「大丈夫です!」
そう答えたシャムエル様は、味噌汁でべったり濡れた顔で野菜を齧りながらドヤ顔だ。
「そこで、何でドヤ顔になるんだよ。全く、ここは作った俺がドヤるところじゃね?」
「はいはい、わかったわかった」
軽くあしらわれて悔しくなった俺は、夢中で食べているので無防備なもふもふ尻尾を背後から突っついてやった。
「何これ!ネバネバ!」
いきなりシャムエル様がそう叫んで、小餅を手に俺を振り返った。
「あれ? 好みじゃなかった? それはお餅、ええと米を蒸して潰して団子状にしてあるんだ。伸びるから、喉に詰まらせないようにな」
「ああ、聞いた事がある。へえ、これがそうなんだね」
餅を手に、少し噛み付いて引っ張るが、意外によく伸びる。
「はい、これで食べられるだろう?」
黙って見ていたが、噛みきれなくて苦労しているみたいなので、伸びている餅を横から箸で切ってやった。
「へえ、面白い食材だね」
しばらくもぐもぐしていたが、どうやら飲み込めたらしい。半分ほどになったそれも、口に放り込んでもぐもぐしている。
だから何その膨れた頬っぺた。
ああ、ツンツンしたい!!
思考が脱線しかけたので、取り敢えず視線を鍋に戻してせっせと食べる。
「うん、赤味噌じゃなくて、今回は麦味噌で作ったけど、これもいけるな」
やや甘めの味噌が、濃厚な猪肉と相まってこれまた良い味わいになってる。
「生姜風味のつみれも良い味だしてる」
自分の仕事に満足して、俺はつみれを食べた。
「ねえ、このお団子美味しい。もう一個ください!」
俺がつみれを箸で摘んだのを見て、シャムエル様がいきなりそう叫んでお椀を差し出した。
「あ、これね。はいどうぞ」
神様に欲しいと言われたら断れないよな。苦笑いして持っていたつみれをお椀に入れてやる。
残りの野菜を平らげてから、もうちょっと食べたくて小鍋を持っていった。
「おお、つみれが駆逐されてる」
鍋一面にぎっしり浮かんでいた鶏肉のつみれは、見事に駆逐されててかけらも残っていませんでした。おう、出遅れたよ……。
「よし、次回は倍量仕込もう」
そう呟き、追加で入れてくれていた猪肉をもらった。
猪肉と野菜はもう何巡目か分からない。サクラが追加の肉を切っているのを見て、ちょっと遠い目になったのは内緒な。
「ご馳走様。美味かったよ」
すっかり空になった鍋を見て、皆が口々にそう言って喜んでくれた。
特に、リクエストしてくれたシルヴァの食べっぷりは凄かったよ。
俺が見ただけでも、お代わり四回は取ってたぞ。本気で腹は大丈夫か心配になるレベルだ。
ってかあれだけ食ってもほとんど見かけが変わらない、その腹の中がどうなってるのか、マジで気になるんですけど!
本当なら猪鍋には吟醸酒が欲しいんだけど、さすがにここで飲むのは色々とまずい。
諦めて、食後には大人しく緑茶を入れて飲む事にした。
「そう言えば、ベリー達はまだ戻ってきてないんだな」
起きた時には戻って来てたけど、またすぐに居なくなってしまった。
気配を探って見たら、また最下層の下にいるみたいなので、まあ気が済んだら戻って来るだろうと放置しておく。賢者の精霊を俺が心配するなんて、おこがましいにも程があるよな。うんうん。
「じゃあもう今日は休むか。ケンも無事だったし、腹もいっぱいになったしな」
からかうようなハスフェルの言葉に、俺とレオとエリゴールがほぼ同時に謝って、また皆で顔を見合わせて笑い合った。
「もう、生きてるから全部良い事にするよ。だからもう気にしないでくれよなって」
笑ってレオとエリゴールの背中を叩いてやり、俺はちょっと考えた。
俺の意識では、猪鍋は昼飯になってたはずなんだけど。ハスフェル達はもうここで休むつもりらしい。
彼らが手早くテントを出し始めるのを見て、今更だけどここが俺のテントの中だった事に気が付いた。確か、料理をしていた時は、机と椅子しか出してなかったはずだから、恐らくシャムエル様がサクラから出してくれて、誰かが組み立ててくれたんだろう。
あれ? って事は、半日分ほど俺が知らないうちに時間が過ぎたみたいだ。
そっか、一食抜いたから皆あんなにバクバク食ってたんだな。
なんか色々すまん。
状況を理解した俺は、内心で密かに皆にもう一度謝っておいた。
「ええと、グリーンスポットに行かなくて大丈夫か?」
一応ここは通常のフィールドのはずだ。あちこちに例の巨大なトリケラトプスの頭が見えてるもんな。
だけど、俺の心配を他所に、シャムエル様が自信ありげに胸を張った。
「だから言ったでしょう? ここは私が念入りに結界を張って保存しているから、これ以上安全な場所は無いよ。安心して休んでね」
「そっか、確かそんな事言ってたな。じゃあ俺ももう休ませてもらうよ」
分解したスライム達が、あっという間に散らかったお鍋や残っていた食材の残りを片付けてくれた。
机と椅子は端に寄せておき、スライム達が作ってくれたウォーターベッドにニニやマックス達と一緒に飛び乗った。
「アクア達がこれをしてるのを見て、他の子達もベッドになってるんだよ。ハスフェル達も大喜びしてたんだよ」
足元のアクアがそう言って、得意気にビヨンビヨンと伸びたり縮んだりしている。
「そっか、確かにこのベッドの寝心地は最高だからな」
笑ってそう言って撫でてやると、他のスライム達までビヨンビヨンしだしたので、俺は慌てて落ちないようにマックスにしがみついたのだった。
この地下迷宮の中は、案外ひんやりしていて肌寒いくらいだ。
なので寝る時は、上から薄いハーフケットを使っている。いつものように毛布を羽織ってニニの腹に潜り込むとマックスが間に挟んでくれる。背中側には大きくなった兎コンビがくっ付き、胸元にはタロン。顔の両横に小さいソレイユとフォールという、いつもの俺的もふもふパラダイス空間の出来上がりだ。
スライムベッドから触手が伸びて、火が付いたランタンをまるっと飲み込んでくれた。
「それって熱くないのか?」
「大丈夫だから安心してねー!」
サクラの元気な声が聞こえて、笑った俺は手を伸ばして足元のスライムベッドを撫でてやった。
「じゃあ、おやすみ……明日はどうなるかなあ……」
もふもふの暖かさに包まれて、俺は気持ち良く眠りの国へ旅立って行ったのだった。
うん、よく覚えてないけどマジで死にかけた事とか……取り敢えず、寝て忘れる事にします。