ゴールドスライム達
「ああ! 俺の机が〜!」
振り返った俺の目に映ったのは、哀れ、見事なまでに踏み潰されてぺしゃんこになった、机と椅子の成れの果てだった。
しかも、よく見ると何やら飛び散ってる赤いのは……。
「まあ、本当に大変だったんだよ。角に叩かれて吹っ飛んだお前に、あの巨大なトリケラトプスが、更に突っ込んで来てな。とにかく皆して止めるのに必死だったんだよ。だけど咄嗟に止めきれなくて、一番長い角の先にお前が引っ掛けられて、これまた吹っ飛ばされてな……」
「はっきり言って普通なら確実に致命傷だ。それで皆、そっちに気を取られて必死になってお前さんを確保してとにかく万能薬で治療していたら、その一瞬の間に大暴れする尻尾と後ろ足で踏みまくられてな……で、あっと言う間にこうなった訳だ」
ハスフェルの言葉の後半をギイが申し訳なさそうに言ってくれて、俺はもう一度顔を覆ってしゃがみ込んだ。
「ものすご〜くよく分かりました。もう、生きてたから全部良い事にする。気絶していた間に、とんでもない事になってたって思っておくよ。ああ、だけど机が無いと今後料理するのは辛いなあ……まだ、地上までかなりあるのに」
脳内で、作り置き料理だけで間が持つかリストを確認していると、金色合成したアクアゴールドがパタパタと目の前に飛んで来た。
「ご主人、机が無いと困るの?」
無邪気な問いに、苦笑いして机だったものの残骸を見る。
「ま、何がなんでも無いと駄目ってわけじゃ無いけどさ。料理したりするのに、机が無いのはかなり困るよ。細かい作業は、さすがに地面でするのはきついもんな。それに椅子も無いと、食事する時や、疲れた時なんかはやっぱりちょっと困るよ」
ため息を吐いて肩を竦めた俺を見て、アクアゴールドはその場で振り返って机の残骸を見た。
それから、俺の右肩に座ってるシャムエル様を見る。
何故だかシャムエル様が満面の笑みで頷き、それを見たアクアゴールドが得意気に少し伸び上がってこう言ったのだ。
「分かった。じゃあ、直してあげるね!」
「え? 何を直すんだ?」
意味が分からなくてそう言うと、アクアゴールドはパタパタとはばたいて机の残骸の前に進み出た。
「みんな、手伝ってくれる?」
すると、それぞれの神様達の周りにいた金色合成した羽付きスライム達が、全員アクアゴールドの所に集まってきた。
「じゃあ、アクアとシスゴールドは大きい机ね」
アクアが、シルヴァのところのゴールドスライムにそう言うと、嬉しそうに返事をしてアクアゴールドの横にシスゴールドが並んだ。
「じゃあセットはこの椅子にする!」
グレイの所のゴールドスライムが、俺の背もたれ付きの椅子の残骸の上に留まる。
「じゃあクシーはこれにする!」
「じゃあカイはこれね!」
ハスフェルとギイのところのゴールドスライム達がもう一つの背もたれ付きの椅子と、丸椅子を確保する。
「じゃあゲーは、これね!」
「あ、ちょっと大変でしょう? ペーも手伝うよ〜」
レオとエリゴールのゴールドスライム達が小さい方の机の上に並んで留まる。
「ええと、あ! じゃあユプシロンはこれを直すね!」
そう言ったオンハルトの爺さんゴールドスライムは、転がってぺしゃんこになった俺の携帯コンロを取り出してその上に乗った。
「じゃあ、修理始め!」
アクアゴールドの掛け声に、スライム達が一斉に壊れた椅子やコンロを飲み込み始めた。
机担当の二匹は、いきなりゴールドスライム二匹がくっ付いて合体してしまって、ひと回り大きなゴールドスライムになる。
呆気にとられる俺達を無視して、それぞれの大きさに伸びたスライム達は、飲み込んだ残骸を体の中であっちへやったりこっちへやったりし始めた。
「ええ、もしかして、これって……」
半ば呆然とそう呟くが、視線は目の前で蠢くスライム達から離せない。
透明な体のおかげで、中の様子がよく見えるんだけど、もう驚きのあまり、全員声も無く目の前の光景にただただ魅入ってました。
何しろ、割れた板があっという間にくっ付いたかと思えば、向こうでは折れた椅子の脚が復活しているのだ。
「出来上がり〜!じゃあ次はこれもだね」
最初に吐き出したのは、オンハルトの爺さんのユプシロンゴールドで、吐き出されたコンロは、ぺしゃんこだった先程までとは全く違っていて、すっかり元通りになっていたのだ。
「おお、火がついたぞ」
吐き出したコンロを受け取って、呆然としたまま着火のスイッチを入れて取り出したライターで火をつけたオンハルトの爺さんは、当然のように一瞬で火がついたコンロを見て更に驚く。
「あ、その中のジェムは砕けちゃったみたいだから塊よりも早く無くなるよ。火が弱くなったら早めに入れ替えてね」
ユプシロンゴールドは得意気にそう言い、転がっていたもう一つの歪んだコンロも同じ様に飲み込んでしまった。
俺達はもう、言葉も無くその場で立ち尽くしていた。
「出来たよー! じゃあ、次はお皿を直しまーす」
次に叫んだのは、すっかり元通りになった丸椅子を吐き出したカイゴールドだ。そのまま地面に散らばっている割れたお皿の破片をまとめて飲み込む。
「これは、残念だけど駄目になっちゃったね」
そう言って一旦吐き出したのは、砂の塊だ。
どうやら、机の上に残っていて、踏み潰されて砂塗れになってしまった食材の成れの果てらしい。まあ、さすがにこれはもう廃棄処分だな。
「出来たよ〜!」
背もたれ付きの椅子も、次々と修理されてすっかり元通りになった。
しかし、大小の机は難しかったらしく、どちらもまだバラバラのままだ。
セットゴールドとクシーゴールドがそれを見て、それぞれの所へ行き、また一瞬で合体してしまった。何と、ゴールドスライム三匹合体だ。
体の中の木片の移動の動きが早くなる。
「出来たよー!」
小さい方の机に続き、大きい方の机も完璧に修理されて吐き出された。
「どうですかご主人。これで良いでしょう?」
得意気なアクアゴールドを、俺は震える手で抱きしめてやった。
「お前ら最高すぎる。ありがとうな、ありがとうな」
粉々になったお皿も踏み潰された調理道具も、いつの間にか全部元通りになって机の上に山積みにされている。
「こ、これは凄い……」
いきなりハスフェルが笑い出し、それに釣られて全員が笑い出す。
俺も、アクアゴールドを抱きしめたまま、座り込んで大笑いしてた。
もう最後は全員揃って大爆笑になり、同じ様に側に座って事の成り行きを見ていた従魔達まで、大喜びになった。
「なあ、これもゴールドスライムの隠れた能力なのか?」
右肩の上で大喜びしているシャムエル様にそう言ってやると、目を細めて口元を膨らませて大きく頷いた。
「そうだよ。あ、言っておくけどこれが出来るのは、ゴールドスライムの時だけだからね。修理と復元の能力だよ。出来るのは、机や椅子、コンロやお皿のような道具だけだからね。食糧やジェムのように使うと減る物は戻せません。それから生きているものも駄目だからね。あくまでもこれは、直せる物で現状復帰が原則だからね」
おお、これまた素晴らしい能力頂きました。
しかし何だよその膨れた頬っぺた。ああ、そこを突っつきたい!
思考が脱線しそうになったので無理やり引き戻し、とにかく立ち上がって直してもらった机と椅子を並べた。
皆が、慌てた様に駈け寄って来て手伝ってくれたよ。
「じゃあ、スライム達のおかげで壊れた机も椅子も、コンロにお皿まで元に戻ったんだし、とにかく飯にしよう。俺は腹が減ったよ」
積み上がったお皿を、いったんサクラに飲み込んでもらい、改めて牡丹鍋の入った大鍋を取り出してもらう。
「肉を入れたところで終わったんだよな。確か」
小さく呟いて鍋を覗き込むと、レオが鍋を覗いてから、俺の手から肉の入った皿とお箸を取り上げた。
「鍋の面倒は見るからケンはもう少し休んでてよ。まだ多分貧血状態だから、無理しちゃ駄目だよ」
確かに、ちょっとフラフラしているので、素直にお礼を言っていつもの椅子に座らせてもらった。
「もう少し飲んでおく?」
シャムエル様がコップに水を入れてくれたので、お礼を言って飲ませてもらった。
「ああ、染み渡るよ。しかし本当に、俺ってこの地下迷宮に嫌われてるよな」
小さくため息を吐いてそう言うと、全員が苦笑いしつつも頷いている。
「俺は地上が恋しいです!」
そう叫んだら、また笑われたよ。
でも俺は間違った事言ってないと思う。
いや、本当に早くここから出たいっす。