生きてて良かったね!
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
ああ、起こしてくれてるよ……もう起きないと……。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
あれ? また起こしてくれてる。
そろそろ起きないと、次はソレイユとフォールのザリザリ攻撃が来るぞ……。
「ご主人!」
「ご主人、しっかりしてください!」
「ごしゅじーん!」
「ご主人、死なないでー!」
耳元で、半泣きの声で必死で俺に向かって呼び掛ける従魔達の声が聞こえて、俺はようやく異変に気が付いた。
あれ?
俺、いつの間に寝たんだ??
確か、料理してたんじゃ無かったっけ?
あれ? 寝た記憶が無いぞ??
しかし、頭の中で大混乱するだけで俺の身体は全く動かず、耳は聞こえるものの、声を出す事が全く出来ない。
これって、あのブラウングラスホッパーを駆逐した直後と全く同じじゃんか?
ええ? ちょっと待てよ。俺、何したっけ???
そこまで考えて、ようやく思い出した。
そうだ。確か、超巨大なトリケラトプスが結界に体当たりしてくれやがって、レオとエリゴールが地面に突き刺してた槍が折れたんだよ。
それで……うわあ、思い出した。
トリケラトプスの角に、思いっきり叩かれたんだよ。
ええと……俺って、もしかして……死んだ??
「死んで無いから! まだ大丈夫だから、とにかくこれを飲んで!」
耳元で焦った様なシャムエル様の声が聞こえた直後、俺は誰かに抱き起こされて、口元に多分コップの縁を当てられた。
顎を押さえられて、口を無理やり開けられる。
「飲んで! お願いだからこれを飲んで!」
焦ったシャムエル様の声が聞こえるが、前回と違い、俺の身体は動いてくれない。
口の中に液体が注がれるが、残念ながら全部そのまま外に流れてしまう。
飲ませてくれているのは多分、あの神様が飲んでるってきいた、延命水とか言う水なんだろうけどさ。飲みたいのは山々なんだけど、前回と違って喉が全然動いてくれないんだよ。
「お願いだから飲んで!」
また耳元で、焦った様なシャムエル様の声が聞こえる。
うーん、これは困った。どうすりゃ良いんだ?
割と、ガチでヤバい事になってる様な気がするんだけど、残念ながら、いくら飲めと言われても、俺の身体が全く動かないんだってば!
先にすっかり目が覚めてる脳内でそう呟いた時、不意に俺の口に、何か柔らかいものが押し当てられる感触がした。
直後に口の中に水が入って来る。そのまま顎を上げて喉を伸ばされたら、あら不思議、スルッと水が喉の奥に流れていったよ。
何度も何度も柔らかいそれが押し当てられて、次々に口の中にあの美味しい水が注がれる。
ここまでされて、ようやく理解した。
これはアレだ。
いわゆる、口移しってやつですね!
意味を理解した俺の脳内で、盛大にファンファーレが鳴る。
ここまで柔らかいんだから、そりゃあ誰の唇かなんて……ね?
そして、もう何度目か分からない口移しの時に気が付いた。
時々、妙に口元の辺りがチクチクするんだけど、これは何だ?
あ、髪の毛か!
そうだよな。きっと髪の毛だよな。うんうん。
「うん……」
その時、誰の声だ?ってレベルに、ヘロヘロの弱々しい声が漏れた。
「ご主人!」
「ごしゅじーん!」
「お願いだから、目を開けてくださいー!」
ステレオで聞こえる従魔達の叫ぶ声を聞きながら、何とか目を少しだけ開く。
「お、ようやくお目覚めだな」
頭上から嬉しそうな声が聞こえて、俺はようやく開いた目でその声の主を見上げた。
どうやら、俺を抱えてくれていたのはハスフェルだったらしい。って事は、確実に口移しは彼じゃ無いな。
「ほら、もっと飲んで」
誰かの手に乗ったシャムエル様が、抱えたコップを俺の目の前で渡そうとしてくれている。
ゆっくりと腕を動かすと、案外簡単に腕が動いた。
以前と違って、コップを受け取って自分で飲む事が出来た。
染み渡る美味しさに一気に飲み干すと、視界が鮮明になった気がする。
改めて目を瞬いてから周りを見回す。
俺の右側にオンハルトの爺さん。左側には、シルヴァとグレイが並んで心配そうに俺を見ている。
「よし、もう大丈夫そうだな。起きられるか?」
ハスフェルの言葉に、俺は頷いてゆっくりと起き上がった。
「あれ? 肋骨逝ったと思ったけど、大丈夫だったみたいだな」
そう呟いて自分の体を見た俺は、驚きに絶句した。
今の俺、上半身真っ裸です。
傷の一つも無い綺麗な体だけど、女性二人がすぐ側で思いっきり俺をガン見してます……。
「いやん」
込み上げる羞恥心に思わず、誤魔化す様に両腕を上げて胸元を隠して肩を竦めてそう言うと、それを聞いた全員が、ほぼ同時に思いっきり吹き出した。
直後に、俺も吹き出す。
そのまま全員揃って大爆笑になったよ。
「全くお前は、心配するだけ無駄だったみたいだな」
ようやく笑いのおさまったハスフェルに思い切り背中を叩かれて、俺は態とらしい悲鳴を上げた。
「ほら、とりあえずこれを着て」
シャムエル様が出してくれた新しい服を渡される。
「あれ? さっきまで俺が着ていた服は?」
見ると、足元に置いてある防具も新しいものになっている。
「……見たい?」
シャムエル様の言葉に、俺は何も考えずに頷いたのだが、出されたそれを見て絶句したよ。
どう見ても惨殺死体から剥ぎ取ったとしか思えない、酷く破れた服だった。しかも、血塗れ。
「あの、これって、もしかして……俺の血?」
恐る恐るそう尋ねると、嫌そうな顔をしたシャムエル様が大きく頷いた。
「もしかしなくてもそうだよ。もう本当に、今回ばかりは絶対壊れたと思ったよ。いやあ、本当に頑丈に作ったもんだなって、我ながら感心したよね。私、グッジョブだよ」
ドヤ顔でそんな事を創造神様に言われても、俺はあまりの事に絶句したまま言葉が出てこない。
「ちなみに、こっちが君が身に付けてた胸当てね。これも良い仕事してくれたよね。感謝してよね」
またしても、ドヤ顔で出されたそれを見て、俺はもう無言で顔を覆った。
俺のいつも着ていた胸当ても、確かにこれまたとんでもない状態だった。
あの硬い胸当てが、思いっきり割れてぐしゃぐしゃになってる。
しかも血塗れ……。
うん。上半身真っ裸だった訳が分かったよ。
怪我は、恐らく万能薬が治してくれたんだろう。それで、血塗れの胸当てと服を脱がされて転がされた俺に、体力回復用の延命水を飲ませてくれた訳か。
万能薬だけでは完全に回復しなかったって聞けば、本気でヤバかったんだろう事が理解出来た。
「ありがとうございます。おかげで生きてるみたいです」
本気でお礼を言ったが、シャムエル様は嬉しそうに目を細めて口元ぷっくらさせて笑ってるだけだった。
代わりに、いきなりレオとエリゴールの二人から力いっぱい謝られたよ。
「本当にごめん!」
「本当にごめんなさい!」
二人揃って地面に頭が付きそうどころか、土下座しそうな勢いだ。
「ええ? 何でお前らが謝るんだよ?」
すると、レオとエリゴールは、顔を見合わせて困った様に眉を寄せた。
「だって、俺達が張った結界が破られて、ケンが大怪我したんだし……」
「トリケラトプスの亜種があそこまで強いなんて、正直言って予想外だったんだよね」
「本当に面目ない。俺達が張った結界って、要するに張っている力以上の力で物理的な攻撃を受けたら、場合によっては破壊される事だってあるんだよね」
「トリケラトプスの亜種の力を軽く見た俺達のミスだよ。本当にごめん」
「次はもっと強力なのを張るから!」
涙を浮かべて必死で謝ってくれる二人を見て、俺は遠い目になったよ。
確かに、あのトリケラトプスはデカかったもんなあ……。
これって言ってみれば、普通のガードレールに戦車が正面から突っ込んできたみたいなもんだろう。
そりゃあ壊れるって。
妙な例えで納得した俺は、苦笑いして首を振った。
「もう良いよ。頭を上げてくれって。ほら、俺は死ななかったんだからさ」
何故だか後ろで見ていたギイやオンハルトの爺さん、シルヴァやグレイまでが笑って嬉しそうに何度も頷きながら手を叩いている。
「ほら、言ったであろう? ケンはそんな事で怒ったりせんとな」
オンハルトの爺さんの言葉に、レオとエリゴールの二人が、泣きながら何度も頷いている。
「もうね、君の手当てをしている間中、彼らはずっと泣きながら謝り続けていたんだよ。もう良いって言っても聞かなくてね。生きてて良かったね!」
俺の肩に座ったシャムエル様に言われて、笑った俺は、握った拳を二人に突き出した。
「気にするなって。これからもよろしくな。頼りにしてるよ」
「ケン〜!」
「ありがとう。大好きだからね〜!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔の二人と、俺は泣き笑いで拳をぶつけ合った。
その時、俺の腹が思いっきり大きな音を立てた。
続いて、レオとエリゴールの腹からも、似た様な音が聞こえて、またしても大爆笑になった。
「とりあえず、飯にしようぜ。ええと、ここは安全……なんだよな?」
遠くには、巨大なトリケラトプスの頭が見えているけど、神様達が何の策も取ってない訳は無かろう。
「任せて、ここは私が結界を張ってるからね。物理攻撃には絶対の強さを誇るよ」
ドヤ顔のシャムエル様に笑って、俺は机を振り返った。
「ああ! 俺の机が〜!」
振り返った俺が見たのは、無残にも踏み潰されて哀れ木片と成り果てた、机と椅子だったもの達の成れの果てだった。
そして改めて思った。
本当に、よく生きてたな、俺……。