湖底にて
「ああ、俺の異世界人生……楽しくも儚い日々だったなあ…せめて、もふもふに埋もれて逝きたいです……」
泡が弾けるのを見た俺は、観念してそう呟き、前に倒れ込んでもふもふのフランマの背中に抱きついた。
「……あれ?」
しかし、覚悟を決めて抱きついて必死になって目を閉じていたのだが、いつまで経ってもびしょ濡れになる事も、水が一気に押し寄せてきて窒息する事もなく、しばらくそのまま固まっていたが、呆れた様なフランマの声が聞こえた。
「ご主人、ここで寝るのは感心しないわよ。私は別に構わないけど、シャムエル様に叱られるんじゃない?」
頭上から聞こえるその声に、俺は恐る恐る目を開いた。
落ち着いてよく見ると、俺とフランマの周囲には先程と全く変わらず丸い泡があり、あの巨大なアンモナイトの化石……じゃなくて貝殻も、泡に張り付いたままだ。
「あれ?……さっき、アンモナイトが当たって泡が弾けたんじゃないのか?」
「ああ、それは一番外側に張った私の泡ね。私は火と風の術は得意なんだけど、水の術はイマイチなのよね。泡を作るのは水の術の中でも上位の術なの。だから、今みたいに衝撃を受けると簡単に弾けちゃうの、ごめんね」
悔しそうなフランマの言葉を聞き、俺は改めて周囲の泡をよく見てみる。
「あれ? これって……泡が二重、いや、三重になってるのか?」
鑑識眼のおかげか、じっと見つめていると、不意に泡が何重にも重なっている様に見えたのだ。
「ああ、ケン。貴方のその泡は、内側から私、グレイ、シルヴァが三人掛かりで念入りに作っていますから、例え首長竜の襲撃を受けても弾ける心配は有りませんよ。ご安心を」
笑ったベリーの声に、俺は驚いて振り返った。
おお、ベリーのドヤ顔頂きました。
「さ、三重の泡って事?」
「ええ、そうですよ。まあ、本当は四重だったんですが、フランマの泡は残念ながら今の衝撃で弾けてしまった様ですね」
ベリーの言葉に、フランマが悔しそうに首を振った。
「だから言ったでしょう。私は水の術は苦手なんだって」
そう言って耳をピクピクさせるフランマを、体を起こした俺はそっと撫でてやった。
「で、これどうすれば良い?」
泡に張り付いたアンモナイトを見て、困った様に俺が言うと、笑ったベリーが手を伸ばしてあっという間にアンモナイトを収納してくれた。
「地上へ出たらお返ししますね。ああ、あそこにも有りますよ。もう少し、引き寄せる時に優しくやってみましょう」
平然とそう言い、鍾乳石の欠片の横に倒れた1メートルくらいの小さなアンモナイトを指差す。
「分かりました。もう一度やってみます」
深呼吸をして、頭の中でまた布を絞るイメージをする。
「これをそっと投げて、軽く引っ張る」
そう呟いて頭の中でイメージした通りに、軽くひっぱってみると、さっきとは違ってごく軽い衝撃があって、足に何かが当たる感触があった。
目を開くと、目標のアンモナイトが泡の中にちゃんと入っていた。
「上手く出来ましたね。今度は目を開けてやってみてください。大丈夫ですよ、もう出来ると思います」
笑顔のベリーに言われて、俺は周りを見廻し、2メートルくらいのアンモナイトの貝殻を発見した。
「じゃあ、あれにします」
そう言って、深呼吸をしてアンモナイトを見つめながら、頭の中でまた布を絞るイメージを思い浮かべる。
「えいっと!」
右手で軽く投げてから、引き寄せる動きをする。
何となく、体を動かした方がイメージしやすい事に気が付いたからだ。
いきなり、目標のアンモナイトがこっちに向かって吹っ飛んできた。
「うわっと!」
縄を外す感じで軽く手を払うと、少し減速したアンモナイトは、そのまま俺の手の中に飛び込んできた。
「おお、上手くいった」
振り返ってベリーを見ると、彼も笑って手を叩いてくれた。
うん、何となくだけど、今のはかなり分かった様な気がする。
「地上へ出たら、今度は上で練習しましょう。地上はもっと勢いが付きますから、注意が必要ですよ」
ベリーの言葉に返事をして、頷き、取ったアンモナイトは、アクアゴールドが一瞬で飲み込んでくれた。
「これで引き寄せられるのは、目に見える位置にあるもの一つだけです。複数を一気に集める事は出来ませんから気を付けてください。それから、生きている人や動物には使えません。これで集められるのは、素材やジェムなどのアイテムだけです」
「了解、生きている人や動物には使えないけど、素材やジェム、あるいはアイテムなんかは集められるんだな。ただし、一度で引き寄せられるのは見えている物一つだけ」
頷きながら復唱する。
制限はあるみたいだけど、これをもっと使いこなせる様になれば、かなり有効な手段になると思う。
うん頑張って使いこなせる様になろう。
密かに俺が決心していると、頭の中でハスフェルの呼ぶ声が聞こえた。
『おおい、訓練を切り上げてベリーと一緒にこっちへ来てくれ』
何となくだけど、呼ばれている方角が分かる。
「ああ、見つかった様ですね。じゃあ行きましょうか」
平然とベリーがそう言い、俺達はハスフェル達のいる方角へ向かった。
「うわあ、あれってシーラカンスだ。泳いでるよ……」
影を感じて見上げると、俺の頭上を2メートルくらいのシーラカンスが、群れになって悠々と泳いでいるのが見えた。
「あれのジェムも高値がつきますからね。少し小さいですが集めておきましょう」
ベリーがそう言って軽く手を振ると、群の周囲が泡立ち、一瞬で群ごと丸々ジェムになった。
ゆっくりと落ちてくるその大量のジェムを、ベリーはほとんど同時と言っても良いほどの手際の良さで、回収してしまった。
「ベリー、凄すぎて参考にならねえよ……」
呆れた様な俺の声に、ベリーは楽しそうに笑っていた。
途中遭遇したシーラカンスやアンモナイトを片付けながら、俺達はようやくハスフェル達がいる場所に辿り着いた。
「お、来たな、じゃあ始めるか」
振り返ったハスフェルが手招きしているので、俺は隣へ行った。
今の彼は湖底に立っていて、泡は半分地面に張り付いてドーム状になっている。そして彼のその足元には、直径1メートル近くある、やや緑がかった銀色の巨大な塊が転がっていた。
「あ、その色って、もしかして……ミスリル?」
俺の言葉に、ハスフェルは嬉しそうに頷いた。
「ああ、しかもこれは純度100パーセントの完全なるミスリル鉱だ。これは凄い」
「純度100パーセント……」
驚いてその塊を見る。これなら全員で分けても相当量があるだろう。
「じゃあ、貰うぞ」
感心していると、笑顔でそう言ったハスフェルが足元の石の塊を掴んで一瞬で収納した。
立ち上がって軽く地面を蹴ると、泡が浮き上がり丸くなってハスフェルを包む、そのまま彼は少し浮き上がって止まった。
「次は俺だ」
ギイがそう言い、さっきの場所へ降り立った。泡が地面に接してドーム状になる。
しばらく待っていると、ボコって感じで地面からまたミスリルの塊が飛び出して来た。
「おお、凄えあれってもしかして、一人一塊?」
笑って頷くベリーを見て、俺はちょっと嬉しくなった。
ギイの次はエリゴール、次はレオ、そしてシルヴァとグレイと、次々にミスリルの塊を回収して行った。
「じゃあ次は俺……」
しかし、ベリーが平然と俺の前に立って、出て来たミスリルを回収してしまった。
次こそは、と思っていると、何とフランマが出て来たミスリルの塊をパクッと咥えて引っ張り、一瞬で収納してしまった。
「おお、フランマも収納の能力持ちだったんだな」
驚いた様に俺が言うと、顔を上げたフランマは照れ臭そうに笑った。
「でも、収納力は大した事はありませんよ」
次こそはと思い手を伸ばしたが、フランマの背の上にいると、どうやっても地面には手が届かない。
まあ当然だな。
「ええと、アクアゴールド。降りてアイテムを収納するから一度離れてくれるか?」
俺の両足を完全ホールドしてくれているアクアゴールドにそう言うと、一瞬でアクアゴールドが離れてくれた。
今のフランマは地面に立っているので、俺が降りても大丈夫だろう。
そう思って、降りようとした時、何と、アクアゴールドが出て来たミスリルの塊をパクッと飲み込んでしまったのだ。
「ああ、俺が回収したかったのに!」
ちょっと悲しくなって地面を見つめていたが、どういう訳か、次のミスリルが出てこない。
「あれ……もしかして、もう終わり?」
数えてみると、今のアクアゴールドので十個目だ。
何となく切りのいいところで終わってもおかしく無いけど……。
とにかく黙って待ってみたが、いつまで経ってもミスリルが出てくる気配がない。
「なあ、これってもしかして……」
振り返って文句を言おうとした時、またボコっと何かが出て来た。
「お、よしよし、出て来たぞ」
しゃがんで嬉々としてそれを取ろうとしたが、先程の半分程の大きさで色も違う。
「ええ、なんか違うのが出たんだけど……」
とにかくそれを掴むと、驚く程に軽い。
「うわあ、やっぱりミスリルじゃない!」
「預かるね。ご主人」
俺の顔の横を飛んでいたアクアゴールドが、ニュルンと触手を伸ばして俺の持っていた鉱石を収納してしまった。
「よし、じゃあ戻ろう」
平然とそう言われて、俺は納得出来ないままフランマの背中によじ登った。
またアクアゴールドが、一瞬で俺の両足をホールドしてくれたが、俺は何だか悲しくなって来た。
「俺だけ、なんかよく分からない違うアイテムだったよ。あれって何だろう? マジで軽石レベルに軽かったぞ。こんな所まで来て、手に入れたのが何だかよく分からない鉱石って……」
小さく呟いてため息を吐いた俺を、何故だか神様軍団だけでなく、フランマやベリー、スライム達までが嬉しそうに見ているのに、その時の俺は全く気がつかなかったのだった。
いや、まさかあの軽石もどきがねえ……。