巨大対決……またの名を俺の悪夢
「無理無理無理無理、絶対無理ー!」
顔を覆って俺は叫んだ。
はい、すみません。俺、芋虫とか毛虫って本当に駄目なんです。はっきり言って、蛇より無理。
春の桜は、確かに綺麗だと思うし俺も大好きだけどさあ。桜の木って……花が散った後、葉っぱにどれだけ毛虫がつくか知ってる?
今思い出しても、身の毛もよだつ……そう、あれは子供の頃の出来事だよ。
当時、家で飼っていた犬の散歩で、初夏のよく晴れた日に川沿いの桜並木の道を歩いてたらさ、上からボトボト落ちてきたんだぜよ。毛虫がさ!
その時は、帽子をかぶっていたから髪の毛には被害無し。服についたのを慌てて払って済んだんだよ。ところが帰って着替えようとしたら、パーカーのフードの中にゴロゴロ入っていたんだよ。小指ぐらいある真っ黒な毛虫が何匹も!
悪夢より恐ろしい現実に、本気で近所中に轟くような声で叫んだよ。いやあ、あれは本気でトラウマになるレベルだったわ。
ああ、いかんいかん。思い出したら、また鳥肌が……。
しかし、目の前にいるのは、その悪夢の元よりも、はるかに大きな芋虫だったのだ。
「いや、こいつは毛が生えてないだけまだマシだ。うん、大丈夫だ。やっつけたらジェムになるんだ」
必死で自分に言い聞かせて自己暗示をかける。
「大丈夫、これは毛が生えてない。これは高く売れるジェムの元なんだ……」
必死で言い聞かせて剣を手にして目を開いた瞬間、俺はもう一度叫んだ。
「絶対無理ー! 毛が生えたの出て来たー!」
本気で走って逃げたら、肩に現れたシャムエル様に冷たい目で見られた。
「ごめん、本当に無理です。あれは駄目……」
立ち止まって顔を覆って必死で首を振っていると、同じく呆れて見ていたマックスがいきなり動いた。
大きな口で、枝にいた芋虫に飛びかかったのだ。
「うわあ、あれに噛み付いたよ」
ドン引きする俺に構わず、嬉々として大暴れするマックス。
そして、大型化したラパンも同じく嬉々として大暴れ。あのでかい後ろ足で、木を思い切り蹴って、ボトボト毛虫や芋虫を木から叩き落としてる。
届くところの高さを駆逐したマックスは、ラパンが叩き落とした芋虫や毛虫を次々とジェムに変えている。
そして、足元では飛び散るジェムを確保しているスライム達。うん、実はあいつらも凄えな。あれだけ暴れまわってる二匹の足元を、器用にすり抜けて、踏まれそうで全然踏まれていないのには、本気で感心したね。
「何だよ君にやらせようと思って連れて来たのに」
俺の右肩に座って呆れたようにそういうシャムエル様に、俺はもう一度手を合わせて頭を下げた。
「いや、やっぱ人には向き不向きってもんがあるんだって。俺、大抵のことは平気だけど、このジェムモンスターは無理。うん、今日の俺は空気だと思ってください。あれはマジで無理っす」
「贅沢だなぁ。旅していたら、芋虫や毛虫なんてふつうにそこら中にいるよ」
「まあ、一匹や二匹なら、たとえ落ちて来ても振り払えば済むじゃん。だけど、あのたくさんいるのが駄目。マジで駄目。俺には無理」
「まあいいや。苦手なものだってあるよね」
呆れたようにそう言って、シャムエル様は笑った。
「しかし、毛虫って、あの毛に毒があるんじゃないのか?」
離れた場所で、見学を決め込んでいた俺は、思わず呟いた。
子供の頃に、椿の木についていたトゲのある芋虫に刺されてめっちゃ腫れた覚えがある。
「毛虫で毒持ちはいないね。この世界では、毒を持ってるのは蛇と蛙ぐらいだね。あとはドラゴンぐらいかな?」
「最後の一つは聞かなかったことにするよ。蛙は割と平気だけど、毒持ちがいるんだ?」
「まあ、見るからに毒々しい色をしているからね。赤と青とか、紫とか」
笑ってそう言うシャムエル様に、俺も笑った。
「俺がいた世界にも、ヤドクガエルっていう、赤とか青の極彩色で毒を持った蛙がいたな」
「まあ、この世界は多重世界だからね。ある意味、ケンがいた世界とは繋がってるから、近い生き物がいるのは当たり前だよ」
「まあ、全く違う世界にいきなり来るよりは、助かるけどな。少なくとも、食べ物はふつうに食べ物だからね。いやしかし……あれは無理だな」
ようやく数が減って来て、二匹の動きがゆっくりになり、スライム達もそれほど走り回らなくなった。
「お疲れさん。もうそろそろいいんじゃないか?」
「駄目ですよ、ご主人。ジェムは必要なんでしょう?」
マックスの言葉に、俺は笑って首を振る。
「大丈夫だよ。蓄えはおかげでかなり出来てるからさ」
そんな話をしていると、ニニが戻って来た。あ、ファルコも戻って来た。
「お先、行ってきて良いわよ」
ニニの言葉に、マックスとラパンは大喜びで走って行った。
俺の足元に座って身繕いを始めるニニと、手近な木に留まって同じく身繕いを始めるファルコ。見ると、セルパンはもうニニの首輪のいつもの定位置に戻っている。
「あ、また出て来た!」
ファルコの声に、丸くなって眠りかけていたニニが顔を上げる。
待て、何が出たって?
恐る恐る顔を上げた俺が見たのは、木の枝や茂みに、またしても大量発生している、巨大芋虫アーンド巨大毛虫の団体様ご一行だったのだ。
「何で! 駆逐したんじゃなかったのかよ!」
思わず叫んだ俺は間違ってないよな?
「行くわよ!セルパン!」
「はーい!ニニ。行くわよ!」
女の子コンビが、妙に張り切った声でそう言って走り出した。その直後、ニニの首輪から飛び出したのは巨大化したセルパンだった。
もう駄目、今日は色々無理すぎる……。
ようやくセルパンを見慣れて来たのに、あの巨体で、嬉々として巨大芋虫や巨大毛虫を叩き潰すセルパンを見て、俺は本気で気が遠くなったね。
何この恐ろしい絵面は。
空からは、これはそのままの大きさのファルコが次々と芋虫達をやっつけている。うん、これはこれでシュールな光景だわ。
遠い目になった俺は、もう全てを見なかった事にしてカバンから水筒を取り出した。
うん、喉が渇いたんだよ俺。
この水、美味しいなあ……。