地底湖へ!
「いやあ、びっくりしたぞ。ベリー、今の爆発はお前の仕業か?」
ギイの言葉に、ベリーは笑って首を振った。
「今のはフランマですよ。水中で火の術を使うと、どうしてもああなってしまうんですよね」
平然とそう言うと、俺を見てにっこりと笑った。
「はいどうぞ。これがシーラカンスですよ」
ベリーが差し出しているのは、一本の太いロープだ。
当然のようにそれを渡されたが、どうしろって言うんだ?
意味が分からず困っていると、手繰り寄せる仕草をされた。
「ああ、そう言う意味か。網かなんかで捕まえてるんだな」
納得して、勢い良く引っ張る。
「お、案外強い引きだな」
意外に強い抵抗感に、両手でしっかりと握って手繰り寄せる。
どんどん引っ張りしばらくすると……。
「いやいやいや! ちょっと待って! 大きさがおかしいって!」
見えた影に、俺は思わず悲鳴を上げる。
そうだよな、この世界だったら、シーラカンスはこうなるよな。
いい加減学習しろよ、俺……。
岸近くまで何とか引っ張ったそれは、シルエットは紛う事無きシーラカンスだったよ。
だけど、どう見ても大きさがおかしい。
頭の先から尻尾まで、軽く見ても10メートルは下らない。俺の知ってるシーラカンスは大きくても2メートルくらいだったはずだからな。
「無理……さすがにこれは無理……」
せっかく捕まえて来てもらったが、残念ながらどう見ても物理的に引き上げるのは無理な大きさだよ。
途中で引き上げるのを諦めて岸に座り込んだ俺は、隣でドヤ顔でこっちを見てるベリーを見上げた。
「あはは、すっげえデカくてびっくりしたよ。でも確かにシーラカンスだ。ありがとうな」
弱っているものの、まだピクピクと動いているそれを見て、俺はハスフェル達を振り返った。
「ほら、あれがさっき言ってたシーラカンスだよ」
湖を見ていたハスフェル達は、妙に納得したように頷いている。
「これは、バイゼンの地下洞窟の地底湖にいる奴と同じだな。へえ、そんな名前だったんだ」
「俺達はゴンベッサって呼んでたな」
頷く神様達を見て、俺は納得した。
「あ、聞いた事がある。確かにその名前でも呼ばれていたよ」
何となく顔を見合わせて頷き合った。
「これ、もう良いですか?」
ベリーがそう言って水の中に入っていく。
「ああ、姿が見られて嬉しかったよ。ありがとう。だけど、さすがにこれは持って行けないって」
俺が笑って手を顔の前で振りながらそう言うと、笑って手を伸ばしたベリーは、巨大なシーラカンスを一瞬で真っ二つにした。
その瞬間に哀れシーラカンスは巨大なジェムになって転がった。
「おお、これもデカいジェムだな。あれ? そういえばアンモナイトは?」
確か、さっき両方捕まえたって言ってたはずなのにな。
俺の言葉に、見るからにベリーとフランマはしょんぼりと肩を落とした。
「ごめんね。ご主人が見たいって言ってたから、頑張って大きなのを捕まえて来たんだけど、ちょっと途中で暴れられて、危ないからやっつけちゃったの」
申し訳無さそうなフランマの言葉に、俺は無言になる。
「ええと、それって……もしかしてさっきの大爆発の理由だったりする?」
揃って頷く二人を見て、俺の方が申し訳なさに慌てた。
「うああ、ごめんよ。大丈夫だったか?」
「平気よ。だけど、目を覚まして伸ばして来た触手が気持ち悪くってね。つい、やっつけちゃったの」
それを聞いた俺の頭の中では、水族館で見たオウムガイの巨大な奴が、触手を伸ばしてフランマを捕まえようとするところが想像された。
「おう、それは無理だよ。うん、ごめんよ、変な事頼んで」
本気で謝ったよ。まさか、危うくフランマが餌食になるところだったなんてな。
しかし、ベリーの次の言葉で俺はまたしても悲鳴を上げる事になった。
「シーラカンスやアンモナイトは、下にいるのに比べれば小さいですが、この地底湖にもいますからね。中に入れば、ケンも泳いでいるところを見られますよ」
気絶しなかった俺を誰か褒めてくれ……。
地底湖に入る事は確定済みなので、もう考えるのはやめよう。
もう、なるようにしかならないって。
取り敢えず、気を取り直して通路のすぐ横の広い場所で、机と椅子を取り出して食事にした。
食事の時はランタンを灯しておく。食べるなら明るい方が良いもんな。
神様軍団にはいつものサンドイッチと揚げ物を色々出してやり、俺は自分が食べたかったのでおにぎりと卵焼き、それから唐揚げと味噌汁を出した。茹で野菜とトマトも取り出しておく。
うん、意識して野菜も食わないとな。
それからベリーとフランマ、それから草食チームには果物を出してやった。
「ええと、お前らはまだ大丈夫か?」
肉食チームは、まだ大丈夫みたいなので、好きに寛いで待っててもらった。
食後に入れた緑茶を飲みながら、俺は湖を振り返る。
今は静かな湖面だが、あの中に、巨大なアンモナイトやシーラカンスが泳いでいる光景を思い浮かべてちょっと泣きそうになった。
「うう、本当に行くのか?」
「もちろんだよ。じゃあそろそろ行くか」
嬉々としたハスフェルの答えに、俺は頭を抱えた。
その時、フランマが俺の足元に来て頭を擦り付けた。
「ご主人、それなら私と一緒に行きましょうよ。それなら一人で入るよりずっと安全よ」
「ああ、それは確かに良いですね。じゃあフランマ。ケンの事をお願いしますね」
当然のようにベリーがそう言い、フランマは嬉しそうに飛び跳ねた。
「じゃあ大きくなるから乗ってくれるかしら。首元の毛を掴んでくれて構わないからね」
確かに、一人で行くよりフランマが一緒にいてくれるなら、安心度は全然違う。
「じゃあ乗せてくれるか。よろしくな」
頷いた俺がそう言ってフランマを撫でた時、真顔のハスフェルが慌てたように止めた。
「待て、それならせめて首輪と手綱を付けろ。万一背から落ちたら大惨事だぞ」
「ええと……」
戸惑う俺を放置して、ハスフェルはマックスの首輪を外して持って来た。
「フランマ、お前の首ってどれ位の太さがある?」
もふもふの毛のおかげで、確かに体の大きさは全く分からない。
「それを嵌めるの? 別に良いけど、今の私には大きいわね。合わせるから、そのまま嵌めてくれる?」
頷いたハスフェルが、マックスの首輪をフランマの首に巻いた。確かにゆるゆるだ。
「こんなもんかしら」
そう言った次の瞬間、足元にいたフランマがニニサイズに巨大化した。
超もふもふ、巨大フランマキター!
俺の頭の中は、一瞬で幸せになったよ。
「ああ、最高……何このもふもふ……」
大きくなった首元に抱きついて、もふもふを堪能する。
「そうだよ。最近もふもふが不足してたから……何、この突然のご褒美は……」
もふ毛に埋もれて満喫していると、笑ったフランマの声が聞こえた。
俺も笑って顔を上げたが、目の前はピンクのもふ毛一色だったよ……。
「ご主人、じゃあ乗ってみてくれる?」
ドヤ顔のフランマにそう言われて、俺は頷いて巨大フランマの背中に飛び乗った。
おお、足がもふもふの毛に埋もれる……。
乗り心地はふわふわで最高だ。
手綱を持ってみると、案外安定していて感心した。
確かに、前屈みになって毛を掴むより楽だし安定している。
「大丈夫そうだな。それじゃあスライム達はケンと一緒にいて、体を確保してやってくれるか」
ハスフェルの声に、俺は左肩に留まっているファルコを見た。
「ええと、他の従魔達はどうする? さすがに水中では戦えないだろう?」
「従魔達には、ここで留守番してもらうよ。大鷲に来てもらうから、何かあってもすぐに分かる」
ハスフェルがそう言って合図すると、いつもの大鷲達が現れた。
「地底湖へ行くのか。ならば従魔達は無理だな。我らがいてやる故、行ってくるが良い」
俺の側に、マックスとニニが近寄って来た。
「残念ですが、さすがに水中ではお役に立てそうもありません。ここで待っていますので、どうぞ行って来てください」
悲しそうに鼻で鳴きながら、マックスがそんな事を言ってくれた。
「フランマ、それにアクアにサクラ、皆もご主人をよろしくね」
ニニもそう言って、アクアゴールドをそっと舐めた。
「大丈夫だから任せてね」
フランマはそう言って、マックスとニニをそっと舐めた。
「じゃあいってらっしゃい!」
従魔達が勢揃いして見送ってくれる中、俺達はベリーを先頭に何とそのまま湖の中へ入っていったのだ。
「ええ、大丈夫なのか?」
大きく伸びたアクアゴールドが俺の下半身をしっかりホールドしてくれているから、その点は安心なのだが、この後のことを考えたら不安しかない。
どんどん進んで行き、胸元まで水が来た時点で俺は思わず目を閉じた。
「溺れませんように。怖い思いをしませんように……」
思わずそう呟いたけど、俺は間違ってないよな?