目指せ最下層
気を取り直してテントを畳んで片付けた俺達は、最下層目指して、また俺と女性二人を真ん中にした守りの布陣で通路を進んで行った。
「とにかく、今回は地下迷宮をマッピングするのが第一目標だからな。このまま最下層まで行くぞ。お宝探しは帰り道ですれば良かろう」
ハスフェルの言葉に皆が頷き、俺はふと思いついて顔を上げた。
「ええと、それなら俺が持ってるマップを共有すれば良いんじゃね?……って、あれ? 元に戻ってるや」
ベリーと一緒に戻ってきた時は、地下迷宮全部どころか、その更に下にあるのだと言う巨大な水中迷宮まで、全部が頭の中に有ったのだが、今の俺が持っているマップは、一階の一部と落ちて来た水路。そして俺とハスフェル達が歩いて来た通路沿いの、ある一定の範囲のみである事に、今更ながら気が付いた。
「ああ、ベリーが持っているマップを共有していたんだな。マップは、同じパーティにいないと共有出来ないぞ。ベリーがお前を置いて先に行った時点でパーティは解除されているんだよ。で、俺が出発の際にケンをパーティに入れたから、今は俺達が持っているマップに加えて、お前が自分で通った場所が記されている筈だ」
「そうみたいだな。へえ、なるほどね。一旦共有したマップは残る訳じゃ無いんだな」
「基本的に、自分で行かないと頭の中にマップは残らない、パーティ内でのマップの共有は、あくまでもそのダンジョン内にいる間のお互いの安全の為だよ」
「了解。じゃあ俺も、頑張って帰りは歩かせてもらうよ」
「もう、落ちないでくれよな」
「それは、俺もやだ」
即答すると、前後から吹き出す音が聞こえて、俺も笑った。
薄暗い通路をどんどん進んでいくと、確かに頭の中に、進んだ分だけマップが広がっているのが分かった。
恐らく周囲の半径10メートルくらいがマッピングされるみたいだ。
「へえ、面白い。歩くと未知のマップが広がるのは、RPGのお約束だったよな」
そんな事を考えながら、ゆっくりと歩いて行った。
ちなみに、ベリーとフランマの気配も、何となくだが感じる事が出来た。予想通り、相当深く潜ってるみたいだ。大丈夫だとは思うけど、やっぱり心配だよ。
二人共、出来れば早く帰って来てくれ。
「ああ、その先に少し広い場所があるな。何か出ているようだが、果たして次は何がいるのかな?」
先頭をいくギイの嬉しそうな言葉に、俺達は立ち止まる。
「ええと、今回はマッピングするだけなんだろう?」
何かいると聞き、完全に腰が引けている俺を見て、先頭の二人は顔を寄せて相談を始めた。
「まあ、気持ちはわかるが今回は先を急ごう。あと二階層だ。とりあえず、マップの枠を全員が拾ってしまおう」
「そうだな。じゃあこのまま進もう」
「ええと、マップの枠を拾うって何?」
漏れ聞こえた彼らの会話の中に知らない言葉を拾って、俺は定位置の肩の上で寛ぐシャムエル様に質問した。
「ああ、今やってるみたいに、本人が各階へ降りてその階層がある事を自分のマップに残す事だよ。そうしておけば、この地下迷宮が何階層迄あるのか分かるでしょう?」
「なるほど、取り敢えず最下層まで行って、そこから昇りながら、マップの空白地帯を埋めていく訳だな」
言ってみれば、ダンジョンの全体図を一旦把握して、細かい場所の確認は、その後歩きながら確認する訳だ。
「この地下迷宮に入って、RPGっぽさが一気に強くなった気がするな」
また歩き出したハスフェル達について行きながら、俺は小さく呟いたのだった。
何と、驚いた事に下に降りる階段っぽいものがある。
恐らく、層になった岩が砕けて段差になったんだろうけど、通路の横に、踊り場っぽい場所があってその先に階段が有れば、普通驚くだろう。ここって前人未到の地なんだよな? 何だかすごい違和感があるよ。
しかし、変だと思っているのは俺だけらしく、当然のように階段を降りていく。仕方がないのでついていったら、何と本当に下の階に出たよ。
マジか、階段のある洞窟って、ナニソレ。
「ええ、どこもこんな風になってるよ。そんなに驚くような事? ああそっか、東アポンの洞窟は、一階層だけだったから、階段が無かったんだね」
右肩に座ったシャムエル様が、当たり前の事のように言うのを聞き、俺は遠い目になったよ。
確かに、東アポンの洞窟は、すぐ上が地上だったね。
七階層に降りた俺達は、取り敢えず、一本道を進んで行った。
すると、すぐ近くにまたしても下へ降りる階段があったのだ。
「おお、この階層は階段の位置が近いんだな。こりゃあ有難い」
笑ったハスフェルの言葉に、ギイも笑って頷いている。
「なあ、この階段ってシャムエル様が作ったのか?」
ふと思いついたら気になって仕方がなくて、俺はシャムエル様に聞いてみる。
「細かい設定はしていないよ。私がやったのは、この間見せた洞窟の核になる石をここに埋めただけ。後は石自体が状況に応じて展開して地下洞窟を作っていくんだ。だから、完全に出来上がって結界が緩むまでは私もどんな風になってるのか分からないんだよね。まあ、各階の行き来は、階段もしくは歩いて登り下りができる坂道である事って、最初に決めてあるから、その決まりに従って地下洞窟は作られるんだよ」
成る程。うん、全く分からん。聞いた俺が悪かったよ。
って事でいつもの如く、俺の疑問と一緒に全部まとめて明後日の方向に放り投げておく。
苦笑いして肩を竦めると、階段を降りていくハスフェル達の後を追った。
さて、最下層はどんな風になってるんだろうね。
先ほどとは違い、階段はかなりの段数があった。恐らく百段以上はあったんじゃないだろうか。
延々と続く階段に膝が笑いそうになった頃、ようやく突き当たりに地面が見えて来た。
「お、いよいよ最下層だな」
嬉しそうなハスフェルの言葉に、皆頷いている。
だから何だよ。その期待に満ち満ちた目は。
しかしビビっているのは俺だけのようで、それ以外は従魔達まで、全員いますぐ駆け出さんばかりに身を乗り出してやる気満々だ。
「うわあ、なんか広くなってる。ちょっと、めちゃめちゃ怖いんだけど」
思わず、俺の横にいたニニの首元に抱きつく。
「大丈夫よ。今度は絶対守るからね」
手を離すと喉を鳴らしながら大きな頭を擦り付けられて、危うく降りていた階段を踏み外しそうになり、慌てた俺はもう一度ニニに縋り付いた。
「頼りにしてるよ。だけど危ないから階段ではやめてくれって。ここまで来て階段落ちるとか絶対嫌だからな。水路に落ちて滝壺に落ちて、今度は階段から落ちるなんて、絶対嫌だからな!」
「二度ある事は三度あるっていうじゃないか」
俺の言葉に振り返ったエリゴールが、にんまり笑って下からそんな恐ろしい事を言う。
「言っとくけど、今、俺が落ちたら下にいるお前らも巻き添えだからな」
悔しくてそう言ってやると、吹き出した前列組が揃って振り返った。
「抱きとめてやるから落ちてこいよ」
「絶対嫌です!」
ニニにしがみついたまま叫んだ俺の言葉に、全員揃って大爆笑になったよ。
「全く、お前は相変わらずだな。言っておくがお前が落ちて来たら俺は避けるぞ」
笑ったハスフェルに言われて、俺は両手を広げた。
「ええ、抱きとめてくれるんじゃないのかよ」
「分かった。じゃあ抱きとめてそのまま下へ放り投げてやろう」
大真面目にそう言われて、またしても俺たちは最下層を前にして大爆笑になったのだった。
「はあ、笑い過ぎでお腹痛い。で、最下層はどうなってるのかな?」
ようやく笑いのおさまった俺達は、ゆっくりと階段を降りて最下層に降り立った。
しかし俺達はそこで、全員揃って前を見たまま絶句して立ち尽くしてしまう事になった。
全員揃って目にした光景は、それくらいに有り得ない光景だったのだ。