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無くした物と無くさなかったもの

 ぺしぺしぺし……。

 ふみふみふみ……。

 カリカリカリ……。


「ああ、そうそう。これだよやっぱり……」

 無意識にそう呟き、俺の頬を真剣な顔で揉んでいたタロンを捕まえる。

「ああ、幸せのモフモフ……」

 そのまま再び、俺は眠りの国へ再出発して行ったよ。




 ぺしぺしぺし……。

 ふみふみふみ……。

 カリカリカリ……。

 つんつんつん……。


 あれ? 最後のは何だ?


 ようやく目を覚ました俺は、無意識に最後に突っつかれた額を触った。

 なんかさっき、ここをツンツンされたんだけど、あれは誰だ?

 大きな欠伸をして目を開いた時、ニニの横向きに寝転がった腹の上に緑の紐が丸まっているのが見えた。

「あれ? あんな色のロープなんて持っていたっけ?」

 寝ぼけながらそう呟くと、ロープが動いて端っこが持ち上がった。



「ああ、そっか、セルパンだな。おはよう。なんだよ。お前もモーニングコールチームに参加か?」

「ご主人が、私のこと怖がらなくなってくれたみたいで嬉しくて……」

 遠慮がちなその言葉に堪らなくなり、起き上がった俺は、手を伸ばしていつもの首輪に巻き付いているミニサイズのセルパンをそっと撫でてやった。

「ごめんな、寂しい思いさせて。もう平気だからさ」

 うん、もうこのサイズでも全然怖く無いよ。

 笑ってもう一度そっと撫でてやり、それから順番にいつものモーニングコールチームも撫でてやった。



「さてと、起きるとするか」

 大きく伸びをして起き上がり、まずは目覚ましを兼ねて水場へ顔を洗いに行った。

「おはようさん。体調はもう大丈夫か?」

 珍しく、寝起きで寝癖の付いた気の抜けた顔のギイが、同じく顔を洗いに出てきていた。

「おはよう。おかげでもうすっかり元気だよ」

 先に顔を洗ってさっぱりしてから、ついてきたサクラに綺麗にしてもらう。

「じゃあ後でな」

 手を上げて、顔を洗っているギイに声をかけてテントへ戻る。

 ぼんやりとヒカリゴケの光るこの大きな吹き抜けの広場は、薄暗いものの夜目の利く俺達だとランタンが無くても足元は見える程度には明るい。

 テントへ戻り、机の上と天井に架けたランタンに火を入れておく。テントの中は薄暗いからな。

 それから手早く身支度を整えようとして、ふと気が付いた。


「あれ? 何だろう。何か忘れてる気がする……?」

 不意に何か忘れているような気がして、周りを見る。

「変だな。なんでそんな事思ったんだ? 別に何にも忘れてないのに?」

 不思議に思って首を傾げながら胸当てを身に付けた瞬間、異変に気が付いた。


「ああ、無い! 無い! ええっ、ちょっと待って! ええ!」


 慌てて胸当てを外し、自分の体をパンパンと叩き、一気に着ていた服を上半身全部まとめて脱ぐ。

 辺りを見回し、寝ていた場所も確認する。

 分解してソフトボールサイズになったスライム達が、揃って不思議そうに俺を見上げている。



「無い! 無い無い無い! やっぱり無い!」

 一枚ずつ服を振り回しては泣きそうな声で叫ぶ俺に、外にいたハスフェルとギイが慌てて駆け込んできた。



「おい、どうした?」

「どうした? 何が無いんだ?」

 上半身素っ裸になって半泣きで服を振り回す俺に、二人揃ってドン引きしている……。

 だけどごめんよ。今、冗談言って相手してる余裕無いんだ。



「なあ、無いんだ。クーヘンから貰ったあのペンダントが無いんだよ! いつ落としたんだろう……やっぱり滝壺に落っこちた時かなあ……」

 そう言いながら、呆然と服を抱えたまま膝から崩れ落ちてその場に座り込む。


 垂れ幕の隙間から、皆も心配そうに覗き込んでいるが、遠慮しているのか入って来ない。


「クーヘンから貰ったって、あのドラゴンのペンダントか?」

 何度も頷く俺を見て、ハスフェルとギイも困ったように顔を見合わせた。

「いつから無いんだ?」

「分からないけど、水路に落ちた日の朝には間違いなく有った。胸当てを身に付ける時に、ちょっと当たるからこうやって中に入れてたんだ」

 首元に手をやって触りながら、本気で悲しくなってきた。

「ああ、しかも何ですぐに気付かなかったんだろう……せっかくクーヘンが作ってくれたのに」

 半泣きになりながら、とにかく、いつまでも裸でいるのは情けないので、急いで脱いでいた服を着る。

 胸当てを身に付けながら、やっぱり無い事を確認してまた悲しくなった。




「おはようさん、大丈夫か?」

 オンハルトの爺さんの心配そうな声に、振り返った俺は胸元を指差して、クーヘンから貰ったペンダントが無くなっていた事を話した。

「何と。確かにそう言えば、首に掛かっていた革紐が無くなっておるな」

「気に入っていたのになあ……」

 肩を落としつつ、入って来た皆に挨拶をして、急いでサンドイッチ色々とコーヒーを出してやる。

 俺もタマゴサンドと野菜サンドを取って、コーヒーをマイカップに入れて椅子に座る。

 心配そうに机の上に現れたシャムエル様に、とにかくタマゴサンドを切ってやり、いつもの盃にコーヒーも入れてやる。

「ああ、大ショックだよ。気に入ってたのになあ……」

 モソモソとタマゴサンドを齧りながら、ため息を吐く。



「ねえケン、元気出してよ」

 タマゴサンドを食べ終えたシャムエル様が、右肩に現れて優しく頬を叩いてくれた。

「うん。失くしたものは仕方ないけど、すぐに気付かなかった自分に腹が立ってさ」

 野菜サンドの最後の一切れを口に入れ、しばらく無言で咀嚼してから飲み込む。


 何となく、皆静かに食べながら俺を気にしている。


「ごめんよ。朝から一人で大騒ぎして」

 何だか大騒ぎした自分が恥ずかしくなって、そう言って頭を下げる。

 すると、食べ終えていたオンハルトの爺さんが立ち上がって、俺の側に来て背中を叩いてこう言ってくれた。

「そう落ち込むな。贈られた装飾品が無くなる時は、厄災を持っていってくれた時だと言われておると。クーヘンがそう言っておったのを覚えておらんか?」

 言われてみれば、確かにそんな事を言っていた気がする。

「ああ、確かにそんな事言ってたような……」

「な、そう思えば腹も立つまい? それに、あれだけの距離を何の準備もなくいきなり落ちておきながら、怪我の一つも無く無事に仲間と合流出来たのだからな。本当にペンダントが身代わりになってくれたのやも知れぬぞ? ならば其方がすることはただ一つだ。最悪の厄災を遠ざけてくれた贈り物に感謝して、地上へ戻ったら改めてクーヘンに感謝の言葉を届けてやるが良い。ペンダントは失くしたが、代わりに命は失くさなかったとな」

 にっこり笑ってそう言われた言葉は、俺の心にストンと入って来て納得する事が出来た。

「有難うございます。そんな風に考えたら……失くした物に感謝出来そうです」

 ようやく笑う事が出来た俺に、オンハルトの爺さんはもう一度にっこり笑って大きく頷いた。

「丁度良いでは無いか。ここで集めたジェムを届けてやろう」

 その言葉に、俺はちょっと気が遠くなった。



 ごめんよクーヘン。あの巨大なジェムを渡すって、もはや罰ゲーム状態だぞ。

 第一、あれ……地下室に入るかなあ。

 あのジェムを、仮に引き出しか金庫に入れるとしても、地下室で作業するのはそもそも物理的に場所が足りないぞ、絶対。

 うん、あれを地下室に入れるって、高難易度クエストな気がする。



 槍の向こうに転がっていた巨大な六角柱を思い出して、遠い目になった俺は心の底からクーヘンに謝ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、クーヘンの作った装飾品がケンの厄災の身代わりになってくれたんだって、考えはいいですね。でも、お礼の品があの巨大草食恐竜の巨大ジェム…((((;゜Д゜)))地下室の保管庫に入るんで…
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