巨大空間と巨大恐竜
再会した従魔達だけで無く、神様軍団からも大歓迎を受けた俺は、落ち着いたところで、最初と同じ並び順で、俺を真ん中に守ってくれた彼らと一緒に彼らが進んできた道を戻って行った。
「この地下迷宮って、俺が落ちたみたいな水路は別にして、人が通れる道は、基本的に一本道なんだな」
頭の中のマップを確認していた俺の呟きに、ハスフェルが振り返る。
「いや、必ずしもそうって訳ではないぞ、だけどまあ、確かに最終的には元の道に戻るな」
「そうそう、いくつかループになってる道は有るけど、基本的には一本道だよ」
俺の右肩に当然のように座っているシャムエル様までが、尻尾の手入れをしつつそう教えてくれた。
ハスフェル達と合流した事で、俺のパーティに神様軍団が全員入った状態になったらしく、彼らもベリーの持っているマップを共有出来る様になった。これでマッピングは完璧になった。
……あれ? って事は、これって俺がリーダーって事になるんじゃね?
一人大混乱している俺を放って、先頭にいるベリーと話をしていたハスフェルとギイが、いきなり手を叩いて笑い出したのだ。
何事かと驚いて見ていると、最下層だと思っていた八階層の下に、まだとんでもなく広い水没した空間があるって例の話をしていたらしい。
それを知った神様軍団の反応は、見事なくらいに同じだった。
要するに、全員揃って『何それ、行きたい!』と叫んだ訳だ。
「絶対無理! そもそも人の姿では水中では息が出来ません!」
顔の前で大きくばつ印を作って必死になって叫ぶ俺に構わず、後ろで手を上げた二人がいる。
「私は大丈夫よ」
「はあい、私も大丈夫でーす」
グレイとシルヴァの二人が、嬉々としてそう言ってドヤ顔になる。
「後二人くらいなら、一緒に空気の泡で包んであげるわよ」
「必要なら、全員空気の泡で包んであげるわよ」
そうだよな、確か君達水と風の神様だって言ってたもんな。そりゃあ、水中くらいちょろいんだろうけどさ。
思わず納得しかけて、我に返って慌てて必死になって首を振った。
「だーかーらー、俺は絶対行かないってば! 頼むからお前ら、人の話を聞けよ。ってか、そのドヤ顔やめて」
必死になってそう言うと、美女二人がとても分かりやすく膨れた。
「ええ、せっかく良い所見せようと思ったのに」
「ねえ。私達がいれば、水の中でも安全よ」
一瞬うっかり頷きかけたんだけど、滝壺にいた首長竜の大きさを思い出して、また必死になって首を振った。
あのデカさが子供だって言うのなら、大人の首長竜はどれだけの大きさになるんだよ。そんなの絶対無理だって。
俺が本気で怖がってるのが分かったらしく、何とか水没地へ行くのは諦めてくれたようだ。
「じゃあ、それは諦めるから、この先の広場へ行きましょうよ。急いでたから通過しただけだけど、すっごく楽しそうな場所だったからね」
「あ、そうね。じゃあそっちへ行きましょうよ」
二人の言葉に当然のように皆が頷き、そのまま一本道をどんどん進んで行った。
当然だが俺に反論の余地は無い……号泣。
「間も無く到着するぞ。さて、どうするかな」
「なあ、なあ、なあって。ここに何がいるのか聞いて良い?」
心配になって俺がそう言うと、先頭にいたベリーが振り返った。
「さっきお話しした場所ですよ。五階層が完全に吹き抜けになってる大きな空間です。二階層部分から下が、広範囲に渡って崩落した空間なんですが、どうも妙な事になっているんですよね」
「俺達は、この空間を迂回して降りてきたので、ここまで来るのに苦労したんだよ」
ハスフェルの言葉に、思わず謝ってから、俺は首を傾げた。
「あれ? 確かここって五階層だって言ってたよな。それで二階層から崩れてるってどう言う事だ? それならこの下の六階層まで無いとおかしいじゃん」
俺の疑問に、彼らは揃って苦笑いしている。
「まあ、どうなってるかは、お前さんの目で見て確認してくれ。ちなみに、ヒカリゴケが壁中に大繁殖しているから、俺達ならランタン無しでも充分見えるぞ」
「おお、そうなんだ。まあ、確かにランタン無しで歩けるのは有難いよな」
今だって、トンネル内の上部にヒカリゴケがあるおかげで、薄暗いが歩く程度なら全く問題無く歩けているんだもんな。いくら夜目が利くと言っても、本当の漆黒の暗闇なら何も見えないんだから、ヒカリゴケに感謝だよ。
「お、到着だな。ほらケン。見てみると良い」
先頭のハスフェルが振り返って手招きするもんだから、仕方なく前に進み出てトンネルの先を覗き込んだ。
「うわっ。これどうなってるんだ? 各階層が横から見えるぞ。うわあ、すっげえ断面図みたいだ」
思わず声を上げるのも無理ないと思う。それくらい、目に飛び込んできたのはすごい光景だった。
トンネルの先は、確かに聞いていたように、遥か上空まで見通せる広い空間になっていた。
遥か遠い突き当たり正面側の壁は、ほぼ垂直に各階層が崩落していて、まるでマンションの断面図を見ているみたいに、各階がきれいに横に層になって見える。各階がどれだけ大きいのかも見えて、ちょっと気が遠くなったよ。
俺が今いる側は、全体に斜めに崩落していて、下に行くほど大きく崩落しているのだ。
崩落は俺がいる階のもう一つ下の階層で止まっていて、ようやくそこが地面になっているのだ。
そして、そこには有り得ない光景が広がっていた。
「うわあ、デカい。デカ過ぎるって!」
長い首をもたげて、悠然と歩いているのは、首の長いブラキオサウルスだろう。あれ、図鑑ではブロントサウルスって呼んだ覚えもあるな。頭の先から尻尾の先まで、30メートル?いやもっと有りそうだ。
まあなんでもいいよ。サイズは有り得ないくらいにデカいって認識で間違ってないよな?
いずれにしても、ここから見てあの大きさなら……うっかり足元へ行ったら、間違い無くプチッと軽く踏み潰されて俺の異世界人生が終わるのは確実だよな。
しかし、ビビっていたのは俺だけだったらしく、巨大な恐竜に、神様軍団は大喜びしている。
「なあ、待ってくれよ。お前ら、どうやってここへ降りて来たんだ?」
いまにも突撃していきそうな神様軍団に、俺はとりあえず質問して足留めをする。
「二階層から三階層へ降りる場所は、すぐ近くにあったんだが、そこから下が無くてな。取り敢えず、この奥まで大回りして、ようやく下へ降りられる場所を見つけたんだが、そこからがもう大変でな。で、結局、三階層からこの下までは、大鷲を呼んで運んで貰ったんだよ」
「へえ……いや待て。今の話はおかしいだろうが! 地下にどうやって大鷲が入って来られるんだよ」
当然の疑問だったが、振り返ったハスフェルは、妙に嬉しそうに自分が持っている剣を見せてくれた。
「ここに赤い石が嵌っているだろう? これは俺の友である大鷲の飼い主が俺にくれた石さ。これがあれば、大鷲は俺が呼べばどこであれ来てくれる。まああの大鷲達も、正確には鳥ではないからな」
おう、言葉の分かるジェムモンスターか魔獣なんだとばかり思っていたけど、まさかの鳥じゃない説。
驚く俺を見て、ハスフェルは持っていた剣を抜いて刃の部分を下に向けて、柄に付いている石の部分を上にして剣を高く上げた。
すると、すぐに羽音がして、あの大鷲たちが何匹も現れたのだ。
「無事に合流出来たようで何よりだ。言っていたように、下まで運べば良いんだな。それとも、もう帰るのか?」
笑った一番大きな大鷲に言われて、ハスフェルも笑顔になる。
「ああ、無事に合流出来たよ。じゃあ下まで頼む」
そう言うと、ハスフェルは大鷲の背に軽々と乗った。
「うわあ、本当に行くのかよ。じゃあファルコ、頼むよ」
俺の左肩に留まっていたファルコに声を掛けると、元気な鳴き声と共にファルコが一気に巨大化する。
俺と俺の従魔達はファルコに乗せてもらい、六階層へ降りていった。
一つの階層の高さが、恐らくマンションの十階分くらいは余裕でありそうだ。
「うわあ、俺って本当にどれだけ落ちたんだよ」
今更だけど、よく生きてたと本気で感心したよ。丈夫な体に作ってくれたシャムエル様に感謝だな。
「しかし、本当にあれを狩るのか? ってかそもそもあいつら、一体どうやってあのデカいのと戦う気なんだろう」
完全に虚無の目になった俺を置いて、ハスフェル達は、遠くに見える巨大な恐竜を指差して、どこから行くのかと嬉々として相談しているのだった。
俺は絶対無理。
そうだ、俺は端っこの安全地帯で料理でもしてようかなあ……。