翼竜退治とようやくの再会
「ええと、これは返すから……」
手にしていた巨大なアンモナイトの貝殻を返そうとしたが、ベリーは笑って首を振ると、アクアゴールドを見て笑って頷いてからさっさと進んでしまった。
「ああ、待って置いてかないでください! アクア、これ持っててくれ。アンモナイトの化石……じゃなくて、アンモナイトの貝殻だよ」
「はあい、了解!」
アクアゴールドが、俺が差し出した巨大なアンモナイトをパクッと飲み込んでくれた。
セルパンが待っていてくれたので、慌ててベリーとフランマの後を追って、俺は通路を走って行った。
「アンモナイトは、先ほど貴方にお見せした平べったい形の他には、こんなのも有りましたね」
前を歩いているベリーが、次に取り出して見せてくれたのは、先がとんがった細長い縦長の渦巻模様の貝殻だった。これも長さが1メートル以上あるよ。
「まさかこれも……?」
「これはそこまで大きなのは有りませんでしたね。一番大きくて、3メルト程度でしたよ」
直径20メートルの貝殻と聞くと、長さ3メートルの筒型の貝殻は小さい様に感じるが、比較対象がおかしいだけで、これも絶対小さいとは言わないと思う。
とりあえず、これもアクアゴールドに飲み込んでもらい、ヒカリゴケが照らす薄明るい通路を、俺達はゆっくりと進んで行った。
しばらく進むと、不意に視界が開けた。
「あ、これって三階層分吹き抜けになってる場所だな」
通路から出た所で、現在位置を確認した俺は、思った以上に明るい空間を見上げて悲鳴を上げて通路に駆け戻った。
「何あれ! 翼竜じゃんか! しかもあの大きさ。絶対おかしいだろう!」
ドーム球場なんかよりもはるかに広く、頭上に広がる空間は圧巻だった。
そして、俺が悲鳴を上げた原因は、その広い空間を自由自在に飛び回っている巨大な翼を持った恐竜だったのだ。
「うわあ、あれってもしかしてプテラノドン? それともランフォリンクス?」
「両方いますよ。翼竜は初めてですね。これはジェムを確保しないといけませんね」
嬉々としてそう言うと、ベリーは頭上を巨大な翼竜が飛び交う広場へ悠然と出て行ってしまった。
「大丈夫なのか? まあ、俺なんかが賢者の精霊の心配をするのは失礼だな。うう、だけど逆に、置いていかれた俺の方が大丈夫かね?」
うっかりあのデカい翼竜に目の前に降りてこられたりしたら、はっきり言って俺は泣くよ。
でも、俺の両横には巨大化したプティラとセルパンがいてくれるので、大丈夫だろう……多分。
セルパンの影に隠れるように、黙って一歩後ろに下がったよ。
俺の不安をよそに、広場へ出て行ったベリーは上を見て腕を頭上に高く上げて口を開いた。
「風よ切り裂け!」
その途端に、ベリーの手から巨大な竜巻が発生して広場を蹂躙した。
そう、それはまさに一方的な蹂躙。駆逐。駆除ってレベルでした。
もうはっきり言って、賢者の精霊の圧倒的な力を見せつけられるだけの結果になりました。
何の抵抗も出来ずに、竜巻に巻き込まれて次々とジェムになって落ちてくる翼竜達。
有り得ないその光景を通路から呆然と見ていると、あっという間にドームの上空にいた翼竜達、一面クリアーしちゃいました。
見渡す限り、地面にゴロゴロ転がる巨大なジェム……。
「怖っ!」
思わず叫んだ俺は、間違ってないと思う。
「ジェム集めに行ってくるねー!」
アクアゴールドがそう叫んだ瞬間、元のスライム達に分解してボトボトと地面に落ち、嬉々としてジェムの回収に行ったよ。
そっか、あいつら自分の意思でも分解出来るんだ。
「あはは、しかし凄えなんてもんじゃねえなこれ」
近くに落ちていた巨大なジェムを拾った俺は、もう乾いた笑いしか出なかったよ。
「翼竜は、さすがに貴方に戦えとは言いませんよ。でも、せっかく地下迷宮のこんな深いところまで来ているんですから、貴方も少しくらいは戦ってみてはいかがですか?」
からかう様にそう言われて、俺は必死になって首を振った。
「絶対無理です! 俺は、戦うなら草食恐竜限定です!」
「この奥に、この洞窟最大級の五階層からなる巨大空間が有るんですけれど、そこには草食恐竜が沢山いますよ」
「ええと、どんなのがいるか聞いて良い?」
「ブラキオサウルスやディプロドクス、アパトサウルスなどですね」
しばらく沈黙した俺は必死になって首を振った。
「いや、そもそもそれって人が狩れる大きさじゃ無いでしょうが! 首の長いでっかい奴でしょう?」
「まあ、確かに大きいですけど、あれは草食ですし、狩るのは容易でしたよ」
「いや、それは基準がおかしいだけだからさ!」
必死になって首を振り、俺は行かないアピールをする。
「まあ、確かにケンなら……ヘラクレスオオカブトの剣を作ってもらってからの方が良いでしょうね」
にっこり笑ってそんな事を言われてしまい、これまた必死で首を振り続けました。
「回収完了だよ。亜種の素材は鉤爪だったね」
アクアが取り出して見せてくれたのは俺の指よりもはるかにデカい鉤爪で、翼の関節部分にある爪らしい。
「うわあ、もうこれを見ただけで怖さしかねえよ」
アクアに返して上を見ると、ポツリポツリとまた翼竜が飛び始めていた。
「じゃあ行きましょう」
当たり前のようにそう言われても不安しか無い。頭上にあれが飛んでる場所に、俺なんかがノコノコ出て行って本当に大丈夫か?
しかし、不安そうに上を見る俺に、ベリーは笑って肩を竦めた。
「大丈夫ですよ、簡単な姿隠しを使っていますから、上空の彼らに我々は見えていません」
ベリーの隣では、フランマも当然とばかりに頷いている。
「分かったよ、じゃあ信じて行きます」
そう言って大きく深呼吸をしてから、俺は恐る恐る足を踏み出して広場に入って行った。
確かに、ベリーの言った通りで上空の翼竜達は俺達に見向きもしない。
どうなってるのか考えたところで分かるわけもないので、これもまとめて明後日の方向にぶん投げておく。
広場を通り抜けた先にあった別の通路へ駆け込んだ時には、俺は本気で安堵のため息を吐いたよ。
そのまま、またほんのり明るい通路を歩いていくと、通路の先に不意にハスフェル達の強い気配を感じた。
「ああ、ようやく降りてきたようですね。じゃあ、せっかくですから、皆で言っていた巨大空間へ行きましょうか」
嬉々としてそんな恐ろしい事を言うベリーに、俺はまたしても必死になって首を振ったのだった。
「絶対無理だってば! 俺が行っても、踏み潰される未来しか見えねよ!」
思わず力一杯叫んだ瞬間、前方から吹き出す音が聞こえた。
「お前は、全く相変わらずだな。心配する必要は無かったようだな」
呆れたような声と共に、通路の先に懐かしい顔ぶれが見えて、俺はちょっと本気で泣きそうになった。
「ご主人!」
「ご主人!」
いきなりマックスとニニが同時にそう叫んで、狭い通路を一気に走り出そうとして、二匹並んでふん詰まる。
「もう、進めないじゃない!」
怒ったようにニニがそう言い、身体をくねらせてするりと抜けて飛び出してきた。
初めて合流した時のように、思いっきり地面に押し倒されて俺はニニの腹毛の海に撃沈した。
直後に俺の足にマックスが頭を擦り付けてきて、もう俺は揉みくちゃにされてしまった。
「待て、こら、お前ら、ちょっと、お、ち、つけって!」
物凄い音で喉を鳴らしながら頭を擦り付けてくるニニの頭を抱えて、右手で突進してくるマックスの頭を抑える。
「待て、マックス、ステイ!」
俺の叫びに我に返ったマックスがお座りするのを見て、俺は自力で笑って起き上がって、まずニニの額にキスをしてやり、それからマックスに飛びついた。背中からまたニニが飛びついてくる。
その直後にタロンとソレイユとフォールが、マックスの足の間をすり抜けて俺に飛びついて来た。
順番に抱きしめてやり、順番に顔をにぎにぎと握ってやりおにぎりの刑に処する。
それから出遅れてすっ飛んで来た草食チームも、同じように順番に揉みくちゃにしてやったよ。
たった一晩振りの再会だったけど、俺にとっては本当に涙が出るくらいに嬉しかった。
ああ、やっぱりモフモフは俺の癒しだね